最低賃金が上がるほど勤務時間が減るという逆説

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最低賃金の引き上げが続いています。

2026年度の最低賃金の全国加重平均は1,177円となり、前年度から56円上昇します。

働く人にとって時給が上がることは、本来であれば収入の増加につながります。

企業にとっても、人手不足のなかで賃金を引き上げることは人材を確保するための重要な手段です。

ところが、パートなど短時間労働者の一部では、時給が上がるほど勤務時間を減らすという逆の動きが起きています。

背景にあるのが年収の壁です。

時給が上がれば同じ時間でも年収は増える

仕組みは単純です。

例えば時給1,000円で年間1,000時間働けば、年収は100万円です。

時給が1,200円になり、同じ1,000時間働けば年収は120万円になります。

通常なら20万円の収入増です。

しかし、配偶者の社会保険の扶養に入ることなどを前提として、年収を一定額以内に抑えたい人の場合は事情が異なります。

時給が上がっても年間収入を増やしたくなければ、勤務時間を減らす必要があります。

賃上げがそのまま収入増につながらず、労働時間の短縮につながるわけです。

130万円以内で働ける時間は短くなる

130万円を1つの目安として考えてみます。

時給1,000円なら、単純計算では年間1,300時間働くと130万円になります。

時給1,100円なら約1,182時間です。

時給1,177円なら約1,104時間です。

時給1,300円なら1,000時間です。

時給が300円上昇すると、同じ130万円以内に収めるために働ける時間は年間300時間も少なくなります。

月平均にすると25時間です。

時給が高くなるほど、年収の壁までの距離が時間ベースでは短くなっていくことが分かります。

最低賃金1,177円で何時間働けるのか

2026年度の最低賃金の全国加重平均である1,177円を使って考えてみます。

年収130万円を時給1,177円で割ると、年間で働ける時間は単純計算で約1,104時間です。

52週で割れば週平均約21時間になります。

もちろん、実際の社会保険の扶養判定は単純な年間収入だけで決まるものではありません。

それでも、最低賃金に近い水準で働いていても、週20時間程度の勤務で130万円という金額が視野に入ることは重要です。

賃金上昇によって、130万円の壁と週20時間という社会保険加入に関係する労働時間基準が接近しているからです。

賃上げが勤務時間削減につながる

企業から見ると難しい問題です。

人手不足なので時給を引き上げる。

働く人の収入が増える。

ところが一部の人は年収の壁に早く到達する。

壁を超えないため勤務時間を減らす。

結果として企業が確保できる労働時間が減る。

このような流れが起こり得ます。

本来、人材を確保するための賃上げが、逆に労働時間を減らす方向に作用する可能性があります。

これは企業が賃金を引き上げること自体に問題があるのではありません。

一定の年収や労働時間を境に社会保険などの扱いが変わる制度と、賃金上昇が組み合わさることで生じる問題です。

実際に労働時間は減っている

厚生労働省によると、短時間労働者1人当たりの総実労働時間は2025年に月79.1時間でした。

2019年と比べると7%減少しています。

短時間勤務の高齢者が増えていることなども影響していますが、最低賃金の大幅な引き上げが進んだ2023年以降は3年連続で減少しました。

一方、短時間労働者の人数は2025年に1,614万人となり、2019年と比べて5%増えています。

働く人は増えているのに、1人当たりの勤務時間は減っています。

34.8万人分の労働力が減少

さらに重要なのは、人数と労働時間を掛け合わせた全体の労働供給量です。

短時間労働者全体の労働供給量は2019年と比べて2%減少しています。

減少した労働時間は、短時間労働者約34.8万人分の労働力に相当するとされています。

就業者が増えているから労働力も増えているとは限らないわけです。

日本の人手不足を考える際には、何人働いているのかだけではなく、1人当たり何時間働いているのかを見る必要があります。

小売りや外食への影響は大きい

この問題の影響を受けやすいのが、スーパー、外食、給食などです。

こうした業界では多くのパート労働者が店舗や現場を支えています。

1人当たりの勤務時間が少し減っただけでも、何十人、何百人と積み重なれば大きな労働力減少になります。

企業は不足した時間を補うために新しい人を採用しなければなりません。

しかし、生産年齢人口が減少する日本では、必要な人数を追加採用することも容易ではありません。

既に働いている人が勤務時間を増やせる環境をつくることが、人手不足対策として重要になっています。

年末だけの問題ではなくなっている

かつて働き控えというと、年収が壁を超えそうになる年末にシフトを減らす問題として語られることが多くありました。

しかし、最低賃金や時給が上昇すると、壁に到達する時期そのものが早くなります。

同じ勤務時間を続ければ、以前より早い時期に年収上限が見えてくるからです。

企業にとっては年末だけ勤務調整に対応すればよい問題ではなくなります。

年間を通じたシフト管理や採用計画に影響する問題になっていきます。

賃上げだけでは人手不足を解決できない

人手不足への対応策として、賃上げは極めて重要です。

しかし、時給だけを引き上げれば必要な労働力を確保できるとは限りません。

年収の壁を意識する人にとっては、時給上昇によって勤務時間を減らす余地が生まれるからです。

企業には賃金だけでなく、社会保険加入後の手取りや将来の年金などについて従業員が理解できる環境を整えることも求められます。

働く側も、壁の直前で勤務時間を抑えることだけが選択肢ではありません。

壁を超えてさらに収入を増やすという考え方もあります。

生涯所得で考える視点

年収の壁を考えるときに難しいのは、現在の手取りと長期的な利益が必ずしも一致しないことです。

社会保険に加入すれば保険料負担が発生し、一時的に手取りの伸びが小さくなることがあります。

一方、厚生年金に加入すれば、加入期間と報酬に応じて将来受け取る年金が増えます。

勤務時間を増やして年収そのものを大きく引き上げれば、生涯所得も増える可能性があります。

今月、今年の手取りだけでなく、10年、20年という長い期間で考えることが重要です。

結論

最低賃金の上昇は働く人の所得を増やすために重要です。

しかし、年収の壁が存在するなかでは、時給が上がるほど勤務時間を減らすという逆説的な行動が起こることがあります。

2026年度の最低賃金の全国加重平均1,177円で考えると、年収130万円に相当する労働時間は単純計算で週平均約21時間です。

130万円の壁と週20時間という基準は、賃金上昇によって次第に近づいています。

人手不足が深刻になる日本では、賃上げを進めるだけでなく、賃上げが働き控えにつながりにくい制度をつくることが重要です。

賃金が上がったから勤務時間を減らすのではなく、賃金上昇がそのまま収入増加につながる環境をどう整えるのか。

最低賃金が上昇する時代だからこそ、年収の壁のあり方が改めて問われています。

参考

日本経済新聞 2026年10月1日朝刊 労働臨界「働き控え」なお400万人超 「年収の壁」106万円撤廃

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