仕事を続けながら、家事や育児、介護などもきちんとこなしたい。そう考えること自体は決して悪いことではありません。
問題は、すべてを自分で、しかも高い水準でこなそうとすることです。
仕事では成果を出す。家では料理や掃除をする。子どもの世話もしっかりする。周囲には迷惑をかけない。できるだけ人には頼らない。
こうした状態が長く続けば、時間だけでなく精神的な余裕も失われていきます。
これから長く働き続けるために重要になるのは、頑張る能力だけではありません。
むしろ、自分がやらなくてもよいことを見極めて、意識的に手放す能力が重要になってきます。
長く働くことと毎日頑張り続けることは違う
働き続けることを考えるとき、私たちはどうしても現在の仕事をどう乗り切るかを考えがちです。
しかし、キャリアは長期間続きます。
20代や30代だけでなく、40代、50代、さらに60代以降も働く時代になっています。
その間には結婚、出産、育児、親の介護、自分自身の体力低下など、さまざまな変化が起こります。
そのたびに以前と同じ働き方を維持しようとすると、どこかで無理が生じます。
例えば、独身時代に毎日10時間仕事ができた人でも、子育てが始まれば同じ時間を仕事に使えるとは限りません。
50代や60代になれば、若い頃と同じような体力を前提とした働き方が難しくなることもあります。
長く働くためには、その時々の環境に合わせて働き方を変える必要があります。
つまり、持続可能なキャリアとは、同じ働き方を続けることではありません。
働き方を変えながら仕事そのものを続けることなのです。
完璧主義がキャリアを苦しくすることがある
仕事と生活の両立を難しくする原因の一つが完璧主義です。
仕事も100点、家事も100点、育児も100点を目指してしまうと、必要な時間とエネルギーは非常に大きくなります。
ところが、人が使える時間は1日24時間しかありません。
どこかに時間を増やせば、別のところから時間を減らさなければなりません。
例えば、仕事に10時間、睡眠に7時間使えば残りは7時間です。
その中で通勤、食事、買い物、料理、洗濯、掃除、育児などを行うことになります。
すべてを完璧にしようとすれば、最後に削られやすいのが休息です。
睡眠時間を減らしたり、自分の時間をなくしたりして帳尻を合わせるようになります。
短期間ならできても、何年も続けるのは難しくなります。
だからこそ、長期的なキャリアでは完璧さより持続可能性を優先する発想が必要なのです。
手放すとは何もしないことではない
ここで重要なのが、何を手放すかという考え方です。
手放すというと、仕事や家事を放棄するように感じるかもしれません。
しかし、そうではありません。
自分がやる必要のないことを、自分以外の人や仕組みに任せるという意味です。
例えば家事なら、家事代行サービスを利用する方法があります。
料理についても、毎日すべて手作りする必要はありません。総菜や冷凍食品、宅配サービスを組み合わせることもできます。
育児でも、保育サービスやベビーシッターなどを利用する方法があります。
仕事でも同じです。
部下に任せられる仕事を管理職が抱え込んでいないか、定型業務をシステム化できないか、外部へ委託できないかを考えます。
つまり手放すとは、仕事を減らすことだけではありません。
自分の時間をどこへ配分するのかを見直すことなのです。
人に頼ることを能力の不足と考えない
日本では、人に迷惑をかけてはいけないという意識が比較的強いといわれます。
そのため、人に仕事を頼んだり、家事を外部へ任せたりすることに心理的な抵抗を感じる人もいます。
自分でできることをお金を払って他人に頼むのはもったいない、と考えることもあります。
しかし、自分ですべて行うことにもコストがあります。
最も重要なのが時間です。
例えば家事代行を利用して2時間の家事を減らせれば、その2時間を休息や家族との時間、仕事、勉強などに使うことができます。
サービス料金だけを見れば支出ですが、時間を買っていると考えることもできます。
特に仕事と家庭の負担が大きい時期には、人に頼ることはぜいたくではなく、キャリアを維持するための投資になる場合があります。
心のOSは環境が変わっても残り続ける
働き方を変えるうえで厄介なのは、自分自身の思い込みです。
例えば、
仕事は最後まで自分でやるべきだ。
家事は家族がするべきだ。
人に頼るのは申し訳ない。
管理職なら部下より長く働くべきだ。
こうした考え方は、本人にとってあまりにも当たり前になっているため、自分がその価値観に縛られていること自体に気づかない場合があります。
参考記事では、このような人の考え方や行動の土台となる無意識の価値観や思い込みを心のOSと表現しています。
パソコンやスマートフォンのOSが古くなれば、新しい環境に対応できなくなることがあります。
人の価値観にも似たところがあります。
20代の頃に適していた働き方が、40代や50代にも適しているとは限りません。
家族構成、役職、体力、仕事内容が変われば、自分自身の働き方に対する考え方も更新する必要があります。
キャリアには足し算だけでなく引き算が必要になる
若い頃のキャリアは足し算になりやすいものです。
資格を取る。
経験を増やす。
仕事を覚える。
人脈を広げる。
役職を上げる。
収入を増やす。
できることを増やすことが成長につながります。
しかし、キャリアが長くなるにつれて、引き算も重要になります。
やらなくてもよい仕事をやめる。
自分でなくてもできる仕事を任せる。
付き合いを減らす。
家事を外注する。
完璧を求めることをやめる。
こうして不要な負担を減らすことで、本当に重要なことへ時間とエネルギーを集中できます。
これは仕事を諦めることではありません。
むしろ、長く仕事を続けるための戦略です。
企業側にも手放せる仕組みが必要になる
もちろん、個人の考え方を変えるだけでは限界があります。
企業側の仕組みも重要です。
特定の社員だけができる仕事を減らす。
業務を標準化する。
ITやAIを利用して定型業務を減らす。
テレワークやフレックスタイムを活用する。
育児や介護などの事情に応じて働き方を変更できるようにする。
こうした仕組みがあれば、社員は仕事を抱え込む必要がなくなります。
逆に、担当者が休むと仕事が止まる会社では、社員は簡単には仕事を手放せません。
長く働ける会社をつくるためには、社員の頑張りに依存しない仕組みをつくることが必要です。
これからは頑張れる人より続けられる人が強くなる
人生100年時代には、職業人生そのものも長くなります。
そこで重要になるのは、短期間にどれだけ頑張れるかだけではありません。
10年、20年、30年と仕事を続けられることです。
そのためには、時には仕事量を減らす必要があります。
人に頼ることも必要です。
外部サービスを使うことも必要です。
そして、完璧にやらなければならないという考え方そのものを手放す必要がある場合もあります。
キャリアというと、何を身につけるかばかりに注目しがちです。
しかし、長く働く時代には何を手放すかも同じくらい重要になります。
結論
長く働き続けるためには、すべてを自分で抱え込まないことが重要です。
仕事、家事、育児などをすべて完璧にこなそうとすれば、時間や体力にはいずれ限界がきます。
必要なのは、努力をやめることではありません。
自分が本当にやるべきことと、人や仕組みに任せられることを区別することです。
若い頃は、できることを増やす足し算のキャリアが重要です。
しかし、年齢や生活環境が変化すれば、やらなくてもよいことを減らす引き算のキャリアも必要になります。
人に頼る。
外部サービスを使う。
仕事を任せる。
完璧を求めない。
こうした選択は、キャリアから逃げることではありません。
むしろ、長く働き続けるためのキャリア戦略なのです。
これからの時代に求められるのは、すべてを頑張れる人ではなく、自分にとって持続可能な働き方をつくれる人なのかもしれません。
参考
日本経済新聞 2026年9月3日朝刊 働き続けるため「手放す」選択も