上場企業の株主総会資料は、すでにインターネットで提供することが基本になっています。
2022年施行の改正会社法によって電子提供制度が導入され、2023年3月以降に開催される株主総会から上場企業に適用されています。
それなら、企業は分厚い株主総会資料を大量に印刷して郵送する必要がなくなったように思えます。
ところが実際には、現在も多くの企業が紙の総会資料を株主へ送っています。
その大きな理由が書面交付請求制度です。
インターネットを利用することが難しい株主に配慮するための制度ですが、企業側から見ると紙の資料を用意する体制を残さなければならない原因にもなっています。
書面交付請求とは何か
書面交付請求とは、株主総会資料がインターネットで電子提供される場合でも、株主が企業に対して紙の資料を交付するよう請求できる仕組みです。
電子提供制度では、企業は事業報告や計算書類、監査報告、株主総会の議案などをインターネット上に掲載します。
株主は企業から届く案内をもとに、スマートフォンやパソコンなどで資料を確認します。
しかし、すべての株主がインターネットを自由に利用できるとは限りません。
そこで希望する株主には紙の資料を提供する仕組みが設けられました。
これが書面交付請求です。
なぜ書面交付請求が設けられたのか
株主総会資料には、株主が議決権を行使するための重要な情報が含まれています。
会社の業績や財務状況だけではありません。
取締役の選任
定款の変更
組織再編
その他の重要な議案
などについて判断するための情報が記載されています。
インターネットを使えないという理由だけで、株主がこうした情報を十分に得られなくなるのは問題です。
特に電子提供制度を導入する際には、高齢株主などデジタル機器の利用が難しい人への配慮が必要でした。
そのため電子化を進めながらも、希望する株主には紙で情報を届ける仕組みが残されました。
電子提供制度と書面交付請求はセットだった
電子提供制度だけを見ると、大幅なペーパーレス化が実現するように見えます。
企業は総会資料をインターネット上に掲載します。
株主全員に100ページを超えるような資料を郵送する必要がなくなれば、印刷費や郵便料金を大きく削減できます。
一方で、書面交付請求制度があります。
株主から請求を受けた企業は、対象となる総会資料を書面で交付する必要があります。
つまり現在の仕組みは、
原則はインターネット
希望者には紙
という構造です。
デジタル化とデジタル機器を利用しにくい株主への配慮を両立させようとした制度といえます。
なぜ一部の株主のために紙の体制を残す必要があるのか
企業側から見ると難しい問題があります。
100万人の株主がいる会社を考えてみます。
仮に99万人がインターネットで資料を見るとしても、残りの株主から書面交付請求を受ける可能性があります。
企業は請求が来てから初めて総会資料を作り始めるわけにはいきません。
期限内に適切な資料を交付できるようにするため、あらかじめ紙で対応できる体制を準備しておく必要があります。
電子提供制度によって紙を減らせても、印刷や発送の仕組みそのものを完全になくすことが難しくなります。
個別対応にもコストがかかる
書面交付請求に応じる場合には、誰が紙の資料を希望しているのかを管理する必要があります。
株主ごとに、
書面交付請求をしているか
どの住所へ送るのか
必要な資料は何か
といった情報を確認して対応します。
株主数の多い企業では、こうした個別管理にも事務負担がかかります。
紙の印刷費や郵便料金だけが問題なのではありません。
紙を希望する株主と電子提供を利用する株主を分けて管理すること自体にもコストが発生します。
最初から全員に紙を送る企業もある
個別対応が必要になるのであれば、最初から全株主に紙を送ったほうが実務上分かりやすいと考える企業もあります。
そのため電子提供制度が導入された後も、紙の総会資料を全株主へ送る企業が多く残っています。
東京証券取引所によると、2026年6月の株主総会でアクセス通知書のみの送付に切り替えた企業は、全上場企業の8.6%にとどまりました。
事業報告や計算書類、監査報告など資料一式を送付した企業は47.4%でした。
アクセス通知書に加えてサマリー資料を送付した企業も44.0%でした。
電子提供制度があるにもかかわらず、何らかの紙資料を送る企業が大半を占めています。
紙の総会資料はどれほどの負担なのか
株主総会関係の郵送物は膨大です。
東京証券取引所の2024年時点の調査によると、上場企業全体の株主総会書類などの郵送物は年間約2.2億件でした。
重量では約1万4000トンに達します。
郵便料金だけでも年間約300億円かかっていました。
これとは別に印刷や封入、発送管理などの費用もあります。
個々の企業では数百万円や数千万円という単位であっても、上場企業全体では巨大な株主管理コストになります。
総会資料を本格的に電子化することには、こうした費用を削減する狙いがあります。
なぜ書面交付請求の廃止が検討されるのか
政府は2027年にも会社法を改正し、株主総会資料の書面交付請求制度を廃止する方向で検討しています。
狙いは総会資料のデジタル化をさらに進め、企業の負担を軽減することです。
書面交付請求制度がなくなれば、企業は一部の株主から紙の資料を請求されることを前提に、現在と同じ発送体制を維持する必要がなくなります。
インターネットによる情報提供を基本とする制度へ、さらに一歩進むことになります。
ただし、会社法改正が成立したからといって、すぐに紙が完全になくなるわけではありません。
高齢株主への配慮が課題になる
書面交付請求制度を廃止するときに最大の課題の一つになるのが、インターネットの利用が難しい株主への対応です。
株主総会資料は投資家が議決権を行使するための重要な情報です。
デジタル化によって情報を受け取りにくい株主が生じれば、株主の権利に影響する可能性があります。
法制審議会の議論でも、高齢株主などへの配慮を求める意見があります。
そのため政府は、制度変更を周知するために法改正から2年から3年程度の経過措置を設けることを検討しています。
企業負担の軽減と株主の情報取得機会をどのように両立させるかが重要になります。
書面交付請求がなくなっても郵便は残る
書面交付請求制度が廃止されたとしても、株主への郵送物がすべてなくなる予定ではありません。
企業が株主総会の2週間前までに、総会資料を閲覧できるURLなどを記載したアクセス通知書を株主へ郵送する仕組みは残る予定です。
つまり今後も、
株主総会が開かれることを郵便で知らせる
詳しい資料はインターネットで見る
という形が基本になります。
100ページを超えることもある資料そのものを送る場合と、アクセス方法などを記載した通知書を送る場合では、紙の量や郵送コストは大きく違います。
書面交付廃止と単元株撤廃はなぜ関係するのか
今回の制度改革には、さらに先の狙いがあります。
単元株制度の見直しです。
現在、日本株は原則として100株単位で取引します。
1株単位で取引できるようになれば最低投資額が大幅に下がり、個人株主が増える可能性があります。
しかし株主が増えるほど、紙の総会資料を郵送する負担も増えます。
1株しか持っていない株主であっても、制度上必要な株主対応を行わなければなりません。
そこで単元株制度の見直しを進める前に、株主1人あたりの管理コストを下げておく必要があります。
書面交付請求制度の廃止は、そのための環境整備という意味も持っています。
結論
書面交付請求とは、株主総会資料がインターネットで電子提供される場合でも、株主が企業に紙の資料を交付するよう求めることができる仕組みです。
電子提供制度を導入する際、インターネットの利用が難しい高齢株主などに配慮するために設けられました。
しかし企業側では、一部の株主から書面交付請求を受ける可能性があるため、紙の総会資料を作成して発送できる体制を維持する必要があります。
個別対応の負担を避けるため、最初からすべての株主に紙資料を送る企業も多くあります。
その結果、総会資料を電子化しても紙を十分に減らせない状況が続いています。
政府が2027年にも書面交付請求制度を廃止しようとしているのは、この構造を変えるためです。
そして、その背景には単元株制度の見直しがあります。
1株から投資できる市場をつくれば株主数が増える可能性があるため、その前に株主1人あたりの管理コストを下げなければなりません。
書面交付請求制度の廃止は、紙を減らすだけの改革ではありません。
個人株主が大幅に増えても企業が対応できる株主管理の仕組みへ移行するための改革でもあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 総会資料の書面交付を廃止 企業の負担軽く
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 総会デジタル化、少額投資後押し