非上場株式の相続税評価を巡り、国税庁が検討している新しい評価方法が注目されています。
特に目を引くのが、小会社の78.4パーセントで評価額が現在より下がったという試算です。
これだけを見ると、新しい評価方法になれば多くの中小企業で自社株評価額が下がり、事業承継もしやすくなるように思えます。
しかし、この78.4パーセントという数字には重要な前提があります。
新制度の影響を考えるには、どのような会社を対象に、どのような条件で試算した数字なのかを確認する必要があります。
1378件の申告データから試算しています
国税庁が示した試算では、2020年から2023年分までの申告データ1378件が使われました。
内訳は、大会社128件、中会社820件、小会社430件です。
つまり78.4パーセントという数字は、日本に存在するすべての小会社を対象に計算したものではありません。
過去の申告データを利用して、新しい評価方法を当てはめた場合に評価額がどう変化するのかを検証した結果です。
したがって、この数字をそのまま全国の中小企業の78.4パーセントで株価が下がると読み替えるのは適切ではありません。
あくまで制度設計を検討するための試算として見る必要があります。
現在は会社規模によって評価方法が違います
現在の非上場株式の原則的な評価方法では、会社を大会社、中会社、小会社に区分します。
大会社は原則として類似業種比準方式を使います。
小会社は原則として純資産価額方式を使います。
中会社は両方を組み合わせます。
純資産価額方式では、会社の資産や負債を原則として相続税評価に洗い替えます。
例えば会社が昔購入した土地を保有していて、その土地の価格が大幅に上昇していれば、その値上がりが自社株評価額に影響することがあります。
新しい評価方法では、この仕組み自体を大きく見直すことが検討されています。
新ルールでは簿価純資産と残余利益を使います
国税庁が検討している新ルール案では、簿価純資産と残余利益を評価の基本とします。
簿価純資産は、税法上の帳簿価額をもとに会社の資産から負債を差し引いて求めます。
一方の残余利益は、その会社がどれだけ利益を生み出す力を持っているのかを評価する考え方です。
つまり新ルールでは、会社が保有する財産だけを見るのではありません。
会社の資産と収益力という2つの側面から企業価値を計算しようとしているのです。
還元率8パーセントという前提があります
今回の試算では、還元率を8パーセントと仮定しています。
還元率は、企業の収益力を企業価値へ換算するときに重要になる数字です。
この数字が変われば、残余利益から計算される評価額も変わります。
つまり今回示された評価額は、将来必ずその金額になるというものではありません。
還元率を最終的に何パーセントにするのかによって、新制度による評価額は変化する可能性があります。
さらに斟酌率を掛けます
新ルール案には、もう1つ重要な数字があります。
斟酌率です。
簿価純資産と残余利益を使って求めた価額に一定の係数を掛けて、最終的な評価額を調整する考え方です。
今回の試算では、斟酌率を1.0から0.7まで変化させた複数のケースが検討されました。
当然ながら斟酌率を小さくすれば、最終的な評価額も低くなります。
この斟酌率が今回の試算を見るうえで非常に重要です。
斟酌率1.0でも約半数の小会社で下がりました
まず斟酌率を1.0としたケースです。
この場合でも、約半数の小会社で現在の評価方法より評価額が下がりました。
これは興味深い結果です。
斟酌率による評価額の圧縮をしなくても、新しい計算方法そのものによって株価が下がる会社が相当数存在することを示しているからです。
特に現在の純資産価額方式で、不動産などの含み益が株価を押し上げている会社では、新しい評価方法によって評価額が下がる可能性があります。
斟酌率0.7では78.4パーセントまで増えます
さらに斟酌率を0.7にすると、小会社の78.4パーセントで評価額が現在より下がりました。
100社あれば約78社という計算になります。
ただし、ここで重要なのは、78.4パーセントという数字だけを見るのではなく、その前提を見ることです。
還元率8パーセント。
斟酌率0.7。
そして対象となった小会社430件。
この条件を組み合わせた試算結果が78.4パーセントなのです。
最終的な制度で還元率や斟酌率が違う数字になれば、当然結果も変わります。
中小企業なら必ず株価が下がるわけではありません
もう1つ注意したいのが、78.4パーセントで評価額が下がったということは、逆にいえばすべての小会社で下がったわけではないということです。
新ルールでは残余利益が評価に入ります。
そのため高い利益を継続して生み出している企業では、収益力が株価に反映されます。
保有資産が少なくても利益を大きく稼ぐ会社では、新しい評価方法によって株価が上がる可能性があります。
会社の規模だけでは新制度の有利不利を判断できないということです。
不動産を持つ会社と高収益会社では影響が違います
例えば、昔から事業を続けていて、何十年も前に購入した土地を保有している会社を考えてみます。
土地価格が大幅に上昇していれば、現在の純資産価額方式では含み益が自社株評価額に反映されることがあります。
新ルールで簿価純資産を使えば、この影響が小さくなる可能性があります。
反対に、土地や工場などをほとんど持っていなくても、毎年大きな利益を出している会社では残余利益が大きくなります。
その結果、自社株評価額が上昇する可能性があります。
新制度では、資産を多く持つ会社と利益を多く生み出す会社で影響が異なる可能性があるのです。
78.4パーセントを減税割合と考えてはいけません
今回の数字でもう1つ注意したいのは、評価額が下がることと相続税が同じ割合で下がることは別だという点です。
自社株評価額が下がれば、一般的には課税価格を押し下げる方向に働きます。
しかし実際の相続税額は、自社株以外の財産、債務、各種控除、相続人の人数などによって決まります。
さらに事業承継税制を利用している場合には、納税猶予なども関係します。
したがって、自社株評価額が下がった割合をそのまま相続税の減少割合として考えることはできません。
まだ制度は決まっていません
今回の試算を見るうえで最も重要なのは、新しい評価方法がまだ検討段階にあることです。
国税庁では有識者会議を開き、取引相場のない株式の評価制度について議論を続けています。
還元率を何パーセントにするのか。
斟酌率をどの水準にするのか。
資産管理会社など特殊な会社をどのように扱うのか。
こうした重要な部分について、今後さらに検討が進められます。
したがって現時点で、新ルールになれば自社株が必ず安くなると考えるのは早計です。
結論
国税庁の試算では、還元率8パーセント、斟酌率0.7という条件のもと、小会社の78.4パーセントで非上場株式の評価額が現在より下がりました。
中小企業の事業承継を考えるうえでは注目すべき結果です。
しかし、この数字は1378件の申告データのうち小会社430件を対象とした試算です。
しかも還元率や斟酌率という重要な前提条件があります。
すべての中小企業の株価が下がることを意味するものではありません。
むしろ新しい評価方法で重要になるのは、自社がどのような会社なのかを見ることです。
不動産などの含み益が大きい会社なのか。
毎年高い利益を生み出している会社なのか。
資産と収益力のどちらが企業価値を支えているのかによって、新ルールの影響は変わります。
78.4パーセントという数字だけを見るのではなく、その計算の前提と自社の財務構造を一緒に見ることが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年9月17日朝刊 非上場株の相続巡る新ルール案 中小の5割超、評価額減少
国税庁 2026年9月16日 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 第6回資料