非上場株式の相続税評価を巡り、国税庁が検討している新しい評価方法では、中小企業の多くで評価額が下がる可能性が示されています。
しかし、その一方で見逃してはいけない数字があります。
大会社では、新ルールを適用すると評価額が現行ルールの2倍以上になるケースもあるという試算です。
新ルールは非上場株式の評価額を一律に引き下げる制度ではありません。
会社によっては、むしろ自社株評価額が大幅に上昇する可能性があります。
なぜ同じ新ルールなのに、評価額が下がる会社と大きく上がる会社に分かれるのでしょうか。
大会社では評価額が上がるケースがあります
国税庁は2020年から2023年分の申告データ1378件を使い、新しい評価方法を適用した場合の試算を示しました。
内訳は大会社128件、中会社820件、小会社430件です。
還元率を8パーセントと仮定し、斟酌率を変えて現在の評価額と比較しています。
斟酌率を1.0とした場合、大会社でも16.4パーセントは評価額が下がりました。
ところが、評価額の変化を中央値でみると、現行ルールから2倍以上になるケースが示されました。
つまり大会社だから必ず上がるわけでも、必ず下がるわけでもありません。
会社ごとの差が非常に大きいことが重要です。
現在は類似業種比準方式が中心です
なぜ大会社で評価額が大きく上昇する可能性があるのでしょうか。
その理由を理解するには、現在の非上場株式の評価方法を知る必要があります。
現在、大会社の非上場株式は原則として類似業種比準方式によって評価します。
簡単にいえば、同じような事業を営む上場企業の株価などを参考にして非上場会社の株価を計算する方法です。
一方、新ルール案では考え方が変わります。
評価の中心になるのが簿価純資産と残余利益です。
会社が持っている財産だけではなく、その会社自身がどれだけ利益を生み出す力を持っているのかを直接評価へ反映させます。
残余利益が評価額を押し上げます
新ルールを理解するうえで重要なのが残余利益です。
国税庁案では、過去5年分の年間平均利益などをもとに会社の収益力を計算します。
利益が大きければ残余利益も大きくなる可能性があります。
そして、この残余利益が簿価純資産に加算されて企業価値を構成します。
つまり新ルールでは、会社が多くの利益を継続的に生み出していること自体が株式評価額を押し上げる可能性があるのです。
収益力の高い非上場会社ほど、この影響を受けやすくなります。
資産が少ない会社でも高く評価されます
例えば、工場や土地などの資産をそれほど持っていない会社を考えてみます。
帳簿上の純資産だけを見ると、それほど大きな会社ではないかもしれません。
しかし、毎年高い利益を出していれば、その会社には大きな収益力があります。
新ルールでは、この収益力が残余利益として評価されます。
そのため、簿価純資産が小さくても残余利益が大きければ、最終的な株式評価額が高くなる可能性があります。
IT企業やサービス企業などでは特に重要になる考え方です。
利益が企業価値になる考え方です
これは企業価値を考えるうえでは自然な考え方でもあります。
例えば、同じ1億円の純資産を持つ2社があるとします。
一方は毎年1000万円の利益しか出していません。
もう一方は毎年1億円の利益を出しています。
資産だけを見れば、両社の純資産は同じです。
しかし企業としての収益力まで含めて考えれば、両社の価値が同じとは限りません。
新ルール案は、こうした収益力の違いを非上場株式の相続税評価にも反映させようとするものです。
応能負担という考え方もあります
今回の記事で紹介された専門家からは、新ルールについて応能負担という見方も示されています。
応能負担とは、負担する能力に応じて税負担を求めるという考え方です。
高い収益力を持つ企業であれば、その企業の株式にも高い価値があると考えることができます。
その価値を相続税評価へ反映させるという発想です。
一方で、企業の利益が大きいからといって、後継者がその評価額に対応する現金を持っているとは限りません。
非上場株式特有の問題がここにあります。
株価が上がっても現金が増えるわけではありません
非上場株式には上場株式とは異なる特徴があります。
市場で簡単に売却できないことです。
例えば自社株評価額が5億円から10億円へ上昇したとしても、後継者の銀行口座に5億円が入ってくるわけではありません。
株式の評価額が増えただけです。
ところが相続税や贈与税を計算するときには、その高くなった評価額が課税価格に影響します。
ここに事業承継の難しさがあります。
企業価値は高いのに、納税に使える現金が十分にないという問題が起こり得るからです。
斟酌率を下げても上がる会社があります
国税庁の試算では、斟酌率を0.7にしたケースも示されています。
斟酌率を小さくすれば、基本的には評価額を押し下げる方向に働きます。
実際、大会社では斟酌率0.7の場合、28.1パーセントで評価額が下がりました。
しかし、それでも中央値では現行ルールの約1.5倍になる例が示されています。
つまり斟酌率によって一定程度評価額を調整しても、収益力などの影響によって現在より高い評価額になる会社が存在するということです。
2倍という数字だけにも注意が必要です
一方で、評価額が2倍になるという数字をすべての大会社に当てはめることもできません。
今回の試算に使われた大会社は128件です。
また、還元率8パーセントなど一定の前提を置いた試算です。
今後の制度設計によって結果は変わる可能性があります。
大会社なら自社株が必ず2倍になるという意味ではありません。
重要なのは、新ルールでは会社による評価額の変化に大きな差が生じ得るという点です。
新ルールは単純な減税策ではありません
小会社では評価額が下がるケースが多いという試算が示されたため、新ルールを中小企業向けの負担軽減策のように受け取ることもできます。
しかし制度全体を見ると、それほど単純ではありません。
不動産などの含み益が大きい会社では、簿価純資産を使うことによって評価額が下がる可能性があります。
一方、高い利益を継続して生み出している会社では、残余利益によって評価額が上昇する可能性があります。
つまり新ルールは株価を下げること自体を目的とするというより、企業の資産と収益力を別の方法で評価し直そうとする仕組みと考えた方が分かりやすいでしょう。
事業承継では自社への影響を見る必要があります
事業承継を予定している企業にとって重要なのは、平均値だけを見ることではありません。
自社の財務内容を見る必要があります。
簿価純資産はいくらあるのか。
過去5年間でどの程度の利益を出しているのか。
不動産などにどれほど含み益があるのか。
現在の評価方法ではどの程度の株価になっているのか。
こうした条件によって、新ルールの影響は大きく変わります。
同じ会社規模でも、企業によって結果がまったく違う可能性があります。
結論
国税庁が検討している非上場株式の新しい評価方法では、中小企業を中心に評価額が下がるケースがある一方、大会社では現在の2倍以上になるケースも示されています。
その大きな理由の1つが、残余利益です。
新ルールでは簿価純資産だけでなく、企業が継続して利益を生み出す力も企業価値へ反映します。
そのため、資産が少なくても高い利益を出している会社では、自社株評価額が上昇する可能性があります。
逆に、不動産などの含み益によって現在の株価が高くなっている会社では、評価額が下がる可能性があります。
新ルールは、すべての企業の自社株を安くする制度ではありません。
評価額が下がる会社もあれば、大きく上がる会社もあります。
事業承継を考える企業にとって重要なのは、自社がどちら側に位置するのかを確認することです。
非上場株式の評価制度が変われば、利益を出すことと自社株評価との関係もこれまで以上に重要になる可能性があります。
参考
日本経済新聞 2026年9月17日朝刊 非上場株の相続巡る新ルール案 中小の5割超、評価額減少
日本経済新聞 2026年9月17日朝刊 企業収益力に応じ課税 計算簡単、評価額適正に