企業の人事制度では、社員が何をするのかを明確にすることが重要だと考えられてきました。
特にジョブ型雇用への関心が高まるなか、職務内容や責任範囲を明確にする企業が増えています。
しかし、仕事内容を細かく決めれば決めるほど、変化に対応しにくくなるという問題もあります。
新しい顧客ニーズが生まれた。
生成AIによって仕事の進め方が変わった。
部署を越えて対応しなければならない問題が発生した。
こうしたとき、社員が、
それは自分の仕事ではありません
と考えてしまえば、組織は柔軟に動けません。
そこで重要になるのが、社員の仕事を個々のタスクではなく、事業における役割や貢献によって捉える考え方です。
役割型人事とは何か
役割型人事とは、社員が担当する細かな仕事内容だけではなく、組織や事業の中でどのような役割を担い、どのような貢献を求められているのかを重視する人事の考え方です。
例えば営業担当者について考えてみます。
仕事をタスクとして捉えれば、
顧客を訪問する
商品を説明する
見積書を作成する
契約手続きをする
販売実績を報告する
といった具体的な作業に分けられます。
一方、役割として考えると、
担当市場で顧客の課題を発見し、自社の商品やサービスを通じて顧客価値と会社の収益を生み出す
といった捉え方ができます。
後者では、目的を達成するための具体的な方法について社員に一定の裁量があります。
この違いが重要になります。
タスクと役割は何が違うのか
タスクとは、実際に行う具体的な作業です。
役割とは、その作業を通じて何を実現するのかという、より大きな責任や貢献を意味します。
例えば、人事担当者なら、
求人票を作成する
応募者と面接する
研修を実施する
人事評価を集計する
といったものがタスクです。
しかし、人事担当者の役割を、
会社の経営戦略を実現できる人材を確保し、社員の能力を高める
と定義すれば、仕事の見え方は変わります。
求人票を作ること自体が目的ではありません。
必要な人材を確保することが目的です。
そのためには、中途採用だけではなく、社内人材の育成や配置転換という方法も考えられます。
役割を明確にすると、社員は目的から逆算して仕事を考えやすくなるのです。
職務を細かく決めすぎる問題
職務を明確にすることには大きなメリットがあります。
誰が何を担当するのかが分かります。
責任の所在も明確になります。
採用時にも、どのような人材が必要なのか説明しやすくなります。
しかし、職務を細かく決めすぎると問題が起こる場合があります。
例えば、顧客からこれまでにない相談を受けたとします。
仕事内容が細かく固定されている社員ほど、
自分の職務には含まれていない
と判断する可能性があります。
ところが、その相談の中に新しい事業機会が隠れているかもしれません。
変化の少ない業務では、タスクを細かく決める方法が効率的です。
一方、変化が激しく、正解が決まっていない仕事では、過度に細かな職務定義が社員の柔軟な行動を妨げることがあります。
生成AIでタスクそのものが変わる
生成AIの普及は、この問題をさらに分かりやすくしています。
例えば、ある社員の職務記述書に、
資料を作成する
情報を収集する
議事録を作成する
文章を作成する
と書かれていたとします。
これらのタスクの一部を生成AIが担当できるようになれば、職務記述書の内容は急速に古くなります。
しかし、その社員の役割が、
顧客の課題を分析し、最適な提案を行う
と定義されていれば、AIを利用してタスクを効率化しても役割そのものは残ります。
むしろAIを使うことで、より高度な提案に時間を使えるようになります。
技術によってタスクは変わっても、事業上の役割は比較的長く維持できる可能性があります。
役割と権限はセットで考える
社員に役割を与えるだけでは十分ではありません。
その役割を果たすための権限も必要です。
例えば、ある社員に、
新規顧客を開拓してください
という役割を与えたとします。
ところが、
価格を変更する権限がない
商品内容を変更できない
他部署に協力を求められない
広告予算も使えない
という状態では、十分に役割を果たせません。
責任だけを与えて権限を与えなければ、社員は動けなくなります。
反対に、権限だけ与えて責任が曖昧であれば、組織として統制できません。
役割を明確にするということは、
何を実現する責任があるのか
そのためにどこまで判断できるのか
をセットで決めることでもあります。
役割型では仕事の方法に裁量が生まれる
タスク型では、
何をするか
が中心になります。
役割型では、
何を実現するか
が中心になります。
そのため、具体的な方法について社員の裁量が大きくなる傾向があります。
例えば営業担当者の役割を、
担当顧客との取引を拡大する
と定めた場合、
訪問回数を増やす
オンライン面談を活用する
新しい商品を提案する
他部署の専門家を同行させる
生成AIで顧客分析を行う
など、さまざまな方法を考えることができます。
目的が明確であれば、その達成方法を社員自身が考える余地が生まれます。
これは社内企業家的な行動ともつながります。
役割型では評価方法も変わる
仕事の捉え方が変われば、人事評価も変える必要があります。
タスク型では、
決められた仕事を正確に行ったか
が重要になります。
役割型では、
求められた役割をどの程度果たしたか
どのような価値を組織にもたらしたか
が重要になります。
例えば管理職であれば、自分自身の売上だけを見るのではなく、
部下を育成したか
チームの能力を高めたか
他部署との協働を進めたか
将来の事業につながる人材を育てたか
といった貢献も評価対象になり得ます。
短期的な数字だけでは捉えにくい価値を見る必要が出てきます。
ジョブ型人事とは何が違うのか
役割型人事とジョブ型人事は、似ている部分があります。
どちらも、従来の年功や勤続年数だけで処遇する考え方とは異なり、社員がどのような仕事を担っているのかを重視します。
ただし、考え方には違いがあります。
典型的なジョブ型では、職務の内容や責任範囲を明確にし、その職務の価値に応じて処遇を決めます。
一方、役割型では、具体的なタスクを細かく固定するよりも、
事業の中でどのような役割を担うのか
どのような成果や貢献を期待するのか
を重視します。
そのため、役割型はジョブ型よりも仕事の変化を許容しやすい設計になることがあります。
ただし、実際の企業の制度はさまざまであり、ジョブ型と役割型を明確に二分できるとは限りません。
職務を一定程度明確にしながら、その中で役割や成果を重視する制度も考えられます。
日本企業との相性をどう考えるか
日本企業では長い間、社員の仕事の範囲が比較的柔軟に運用されてきました。
部署の中で助け合う。
担当外の仕事にも対応する。
異動によってさまざまな仕事を経験する。
こうした仕組みには、責任が曖昧になりやすいという問題があります。
一方で、環境変化に応じて仕事を柔軟に変えられるという利点もあります。
そこで、
従来のように何でも曖昧にする
あるいは、
すべての仕事を細かく固定する
という二者択一ではなく、役割と責任を明確にしながら、具体的な仕事の方法には柔軟性を持たせるという考え方が重要になります。
役割型人事は、その中間的な考え方として捉えることもできます。
役割型人事にも難しさがある
もちろん、役割型にすればすべて解決するわけではありません。
役割という言葉は、タスクより抽象的です。
そのため、
どこまでが自分の責任なのか
誰が最終的に判断するのか
成果をどのように測るのか
という問題が生じます。
役割を曖昧にしたまま、
自主的に考えてください
と社員に任せれば、単なる丸投げになってしまいます。
役割型人事では、目的、責任、権限、期待される成果をできるだけ明確にしたうえで、具体的な行動には裁量を認める必要があります。
自由に働くことと、責任がないことは違います。
企業家的行動を促す人事へ
役割型人事は、社員の企業家的な行動とも相性があります。
新しい事業機会は、あらかじめ決められた仕事の範囲内だけで見つかるとは限らないからです。
顧客との会話から新しい需要を発見する。
他部署の技術を組み合わせて新しい商品を考える。
生成AIを利用して従来とは違う仕事の方法をつくる。
こうした行動には、一定の裁量が必要です。
社員に、
あなたの仕事はこれだけです
と細かく限定するより、
あなたにはこの事業でこの価値を生み出してほしい
と役割を示した方が、社員自身が方法を考える余地が生まれます。
これからの人事では、社員を決められた作業を実行する人として管理するだけではなく、自ら考えて役割を果たす人として扱うことが重要になります。
結論
役割型人事とは、社員の仕事を細かなタスクだけで定義するのではなく、事業や組織においてどのような役割を担い、どのような貢献をするのかを重視する考え方です。
職務を明確にすることは重要ですが、細かく固定しすぎれば、環境変化や新しい事業機会に対応しにくくなる場合があります。
特に生成AIによって個々のタスクが急速に変化する時代には、何をするかだけではなく、何を実現するために働くのかという視点が重要になります。
そのためには、役割と同時に権限を与え、社員が自分で方法を考えられる余地をつくる必要があります。
仕事内容を管理する人事から、社員が生み出す価値を考える人事へ。
役割型人事は、変化の激しい時代に社員の自律性と組織としての責任をどのように両立させるかを考える仕組みといえます。
参考
日本経済新聞 2026年8月14日朝刊 新しい企業戦略を考える(下) 人事の真の価値を問い直せ