企業では、経営戦略を決め、それに合わせて組織をつくり、必要な人材を配置するという考え方が一般的です。
まず戦略があり、次に組織があり、その中で社員が働くという順番です。
しかし、実際の企業経営はそれほど単純ではありません。
新しい組織をつくったことで社員の行動が変わり、その社員が新しい事業を生み出すことがあります。
社員が新しい能力を身につけたことで、これまで不可能だった経営戦略を選択できるようになることもあります。
つまり、経営戦略が組織や社員を変えるだけではありません。
組織や社員もまた経営戦略を変えていきます。
こうした相互作用を考えるうえで重要になるのが、共進化という考え方です。
共進化とは何か
共進化とは、複数の存在が互いに影響を与えながら変化していくことです。
もともとは生物学などで使われてきた考え方ですが、企業経営や組織を考える際にも利用できます。
企業の場合、
経営戦略
組織
社員
社員のキャリア
などが相互に影響しながら変化していきます。
例えば、会社がデジタル事業を成長させる戦略を決めたとします。
その戦略を実現するため、デジタル部門を新設します。
そこに社員を配置し、新しい技術を学んでもらいます。
社員が経験を積むことで、会社の中にデジタル分野の知識が蓄積されます。
すると、その知識を利用して会社はさらに新しいサービスを開発できるようになります。
最初は経営戦略が社員を変えました。
ところが、その後は社員の成長が次の経営戦略を可能にしています。
この循環が共進化です。
経営戦略が変われば組織も変わる
経営戦略と組織には密接な関係があります。
企業がどの事業を行うかによって、必要な組織も変わるからです。
例えば、国内市場だけで事業を行っていた会社が海外展開を始めるとします。
海外事業部を設置するかもしれません。
現地法人を設立するかもしれません。
海外営業、法務、税務、人事などの専門人材も必要になります。
つまり、経営戦略の変更が組織構造を変えます。
生成AIを本格的に事業へ取り入れる場合も同じです。
AI専門部署を設ける。
各事業部にAI担当者を配置する。
IT部門と事業部門を横断するチームをつくる。
経営戦略が変われば、権限や責任の配置も変える必要があります。
戦略だけを変更して組織を以前のままにしておけば、戦略を実行できないことがあります。
組織が経営戦略を制約することもある
反対の方向もあります。
組織の状態によって、選択できる経営戦略が制約されることがあります。
例えば、経営者が、
今後はデジタル事業を大幅に拡大する
と決めたとしても、社内にデジタル人材がほとんどいなければ、すぐには実現できません。
海外事業を拡大したくても、海外で事業を運営できる人材がいなければ難しくなります。
新規事業を増やしたくても、失敗を厳しく評価する企業文化であれば社員は挑戦しないかもしれません。
つまり、
戦略を決めれば組織が動く
とは限りません。
現在の組織が持っている能力や文化によって、実行できる戦略の範囲が決まることがあります。
戦略と組織は一方向の関係ではないのです。
社員の行動が組織を変える
組織というと、組織図を思い浮かべるかもしれません。
営業部、製造部、人事部、経理部など、会社の部署を示したものです。
しかし、実際の組織は組織図だけでは分かりません。
誰が誰に相談するのか。
どの部署とどの部署が協力するのか。
問題が起きたとき誰が判断するのか。
情報がどこに集まるのか。
こうした日常的な行動によって、実際の組織は動いています。
例えば、正式な組織図では別々の部署でも、社員同士が頻繁に情報交換するようになれば、事実上の横断チームが生まれることがあります。
その活動が重要になれば、会社が正式なプロジェクトチームとして認めるかもしれません。
さらに事業が拡大すれば、新しい部署として独立する可能性もあります。
社員の日常的な行動が、正式な組織構造を変えることもあるのです。
権限の使い方も組織を変える
企業では、それぞれの社員や管理職に一定の権限が与えられています。
しかし、同じ権限を持っていても、その使い方は人によって違います。
ある管理職は、自分ですべてを判断するかもしれません。
別の管理職は、部下に大きな裁量を与えるかもしれません。
また別の管理職は、他部署と積極的に連携するかもしれません。
こうした違いによって、同じ組織制度でも実際の働き方は変わります。
社員が自分の役割を果たすため、
どこまで自分で判断するのか
誰を巻き込むのか
どの部署と協力するのか
を日々模索すること自体が、組織をつくっているとも考えられます。
組織は会社が一度設計して完成するものではありません。
社員が日々の仕事を通じてつくり続けるものでもあります。
社員の成長が会社の可能性を広げる
共進化を考えるうえでは、社員のキャリアも重要です。
例えば、ある社員が海外事業を経験したとします。
語学力だけではなく、海外顧客との交渉、現地社員のマネジメント、外国企業との契約など、さまざまな経験を積みます。
その社員が会社に戻れば、会社には以前にはなかった能力が蓄積されます。
すると会社は、
新しい国へ進出する
海外企業を買収する
海外向けの商品を開発する
といった戦略を選択しやすくなります。
つまり、
会社の戦略が社員に経験を与える
社員が経験によって成長する
社員の成長が会社の新しい戦略を可能にする
という循環が生まれます。
キャリア開発は社員個人だけの問題ではありません。
企業の将来の戦略をつくる投資でもあるのです。
人事は人を配置するだけではない
このように考えると、人事部門の役割も変わってきます。
従来、人事の重要な仕事の一つは適材適所でした。
必要な部署に必要な人材を配置することです。
しかし共進化の観点では、現在の仕事に最適な人材を配置するだけでは十分ではありません。
その配置によって社員がどのような経験を積むのか。
その経験によってどのような能力が生まれるのか。
その能力を将来どの事業で利用できるのか。
ここまで考える必要があります。
現在の仕事を回すための配置と、将来の経営戦略を可能にするための人材育成を同時に考えるわけです。
人事が共進化を支える役割
人事部門には、経営戦略、組織、社員の間をつなぐ役割があります。
例えば経営陣が新しい事業戦略を考えているのであれば、人事部門は、
現在どのような人材がいるのか
必要な能力が社内にあるのか
育成には何年かかるのか
外部採用が必要なのか
どのような組織にすべきなのか
を考えます。
逆に、社員の中に新しい能力やアイデアが生まれているのであれば、
この人材を使えば新しい事業ができるのではないか
と経営側へ提案することもできます。
つまり、人事は経営戦略に従って人を配置するだけではありません。
人材の側から経営戦略へ働きかける役割も持っています。
人事だけを改革しても会社が変わらない理由
近年、多くの企業が人事制度改革に取り組んでいます。
ジョブ型雇用を導入する。
評価制度を変更する。
研修制度を充実させる。
人的資本情報を開示する。
こうした取り組み自体には意味があります。
しかし、人事制度だけを変更しても期待した成果が出ないことがあります。
その理由の一つが、経営戦略や組織との関係です。
例えば、挑戦する人材を評価する制度を導入しても、経営陣が失敗を許さなければ社員は挑戦しません。
キャリア自律を掲げても、本人が希望する部署へ異動できなければ機能しません。
ジョブ型を導入して職務を明確にしても、実際の現場では従来通り曖昧な役割分担が続いていることもあります。
人事だけを変えても、戦略や組織が変わらなければ改革は進まないのです。
共進化には完成形がない
共進化という考え方で重要なのは、最終的な完成形があるとは限らないことです。
市場環境が変われば経営戦略も変わります。
戦略が変われば組織も変わります。
組織が変われば社員の役割も変わります。
社員が成長すれば、新しい戦略が可能になります。
さらに技術や社会が変化すれば、再び見直す必要があります。
つまり、
最適な人事制度を一度つくれば終わり
という考え方では対応できません。
企業は常に戦略、組織、人材の関係を調整し続ける必要があります。
生成AIによって共進化はさらに速くなる
生成AIの普及は、この共進化の速度をさらに速める可能性があります。
AIによって業務の一部が自動化されれば、人間の役割が変わります。
人間の役割が変われば、組織の分業方法も変わります。
組織が変われば、必要な人材や能力も変化します。
さらにAIを使いこなす社員から新しい商品やサービスが生まれれば、会社の経営戦略そのものが変わる可能性があります。
AI導入は単なる業務効率化ではありません。
戦略、組織、人材の関係そのものを変える可能性を持っています。
だからこそ、人事部門もAI研修を実施するだけではなく、AIによって仕事、組織、キャリアをどのように変えるのかまで考える必要があります。
結論
組織の共進化とは、経営戦略、組織、社員やそのキャリアが互いに影響を与えながら変化していくことです。
経営戦略が変われば組織が変わります。
組織が変われば社員の仕事や経験が変わります。
社員が成長すれば、会社はそれまでできなかった新しい戦略を選べるようになります。
つまり、戦略が人を変えるだけではありません。
人もまた戦略を変えるのです。
この循環を支えることが、これからの人事に求められる重要な役割になります。
経営戦略に合わせて人を配置するだけの人事から、人の成長によって次の経営戦略を生み出す人事へ。
戦略、組織、人材を別々に考えるのではなく、三つを同時に動かしていくことが、変化の激しい時代の企業経営には求められています。
参考
日本経済新聞 2026年8月14日朝刊 新しい企業戦略を考える(下) 人事の真の価値を問い直せ