企業年金では、確定給付企業年金であるDBから確定拠出年金であるDCへ重心を移す動きが続いています。
2026年3月末時点では、企業型DCの加入者数がDBの加入者数を上回りました。
なぜ企業はDCを導入するのでしょうか。
大きな理由の一つが、DBでは企業が将来の年金給付について長期間にわたって財務的な責任を負うことです。
DBとDCの違いは、単に年金の計算方法が違うだけではありません。
将来の運用リスクや追加負担を誰が負うのかという点に大きな違いがあります。
DBでは将来の給付を企業が支える
DBでは、あらかじめ定められたルールに基づいて従業員の将来の給付額を計算します。
給与、勤続年数、ポイントなどを基準にする方法があります。
従業員から見れば、将来どの程度の給付を受けられるのかを比較的見通しやすい制度です。
しかし、その給付を実現するためには十分な年金資産を準備しなければなりません。
企業は掛金を拠出し、その資金を長期間運用します。
想定どおりに資産が増えなかった場合でも、約束した給付そのものが自動的に同じ割合で減るわけではありません。
この点が企業にとって大きな責任になります。
運用が悪ければ積立不足が生じる
企業年金では、将来の給付に必要な資金をすべて最初から現金で持っているわけではありません。
掛金を積み立て、その資金を運用して増やすことを前提としています。
ところが株価が大きく下落したり、想定した運用利回りを確保できなかったりすれば、年金資産が予定どおり増えないことがあります。
将来必要になる給付額に対して資産が不足すれば、積立不足が生じます。
DBでは、この不足に企業が対応しなければならない場合があります。
企業にとっては、本業の業績とは別に金融市場の変動によって年金負担が増える可能性があるわけです。
金利の変化も企業負担に影響する
DBの財政は株価だけでなく金利の影響も受けます。
企業年金には将来支払う年金という負債があります。
将来の支払いを現在の価値へ換算するときには、一定の利率を使って計算します。
金利が大きく変化すると、年金負債の評価や資産運用環境も変化します。
長期間の低金利時代には、安全性の高い国内債券だけで十分な利回りを確保することが難しく、企業年金は厳しい運用を迫られてきました。
金利上昇によって運用環境には改善余地が生まれていますが、DBが長期的な金利変動リスクを抱えること自体は変わりません。
賃上げで年金負担が増える場合もある
給与水準と給付額が連動するDBでは、賃上げも企業年金の負担に影響します。
基本給が上昇すれば、従業員にとって将来の企業年金が増える可能性があります。
一方、企業から見れば将来支払う給付額が増える可能性があります。
つまり賃上げによって現在の給与負担が増えるだけではなく、退職金や企業年金など将来の人件費まで増える場合があります。
企業が賃金制度を見直すときには、現在の給与だけでなく将来の退職給付まで含めて考える必要があります。
DCでは企業の負担を見通しやすい
DCでは仕組みが異なります。
企業は原則としてあらかじめ定められた掛金を拠出します。
その掛金を従業員自身が運用します。
運用が好調であれば将来の資産額は増えます。
反対に運用が不調であれば資産額が想定より少なくなることもあります。
この運用結果が加入者自身の老後資産に反映されます。
企業側から見ると、毎年どの程度の掛金を負担するのかを把握しやすく、将来の年金費用を予測しやすいという特徴があります。
運用リスクの所在が変わる
DBからDCへの移行を理解するときに最も重要なのが、運用リスクの所在です。
DBでは企業側が年金財政について一定の責任を負います。
運用環境が悪化すれば、企業に追加負担が発生する可能性があります。
DCでは加入者自身の運用結果によって将来の資産額が変わります。
つまりDBからDCへの変化は、企業年金制度の名称が変わるだけではありません。
金融市場の変動によるリスクを誰が負うのかが変わるということです。
企業側の財務リスクが抑えられる一方、従業員側の運用責任は大きくなります。
転職が増える時代とも相性がよい
DCには資産を持ち運びやすいという特徴もあります。
一つの会社で定年まで働くことを前提としない人が増えれば、企業年金にもポータビリティが求められます。
DCでは転職時に一定の手続きを行うことで、転職先の企業型DCやiDeCoなどへ資産を移換できる場合があります。
勤務先が変わっても、自分の老後資産として継続して管理しやすい仕組みです。
人材の流動化という面でもDCは現在の働き方に適した特徴を持っています。
DCなら企業の責任がなくなるわけではない
ただし、DCを導入すれば企業の責任がすべてなくなるわけではありません。
DCでは従業員自身が運用するため、適切な判断ができる環境を整える必要があります。
企業は運用商品のラインアップを用意し、加入者に投資教育を行う必要があります。
手数料が高い商品ばかりだったり、選択肢が適切でなかったりすれば、従業員の長期的な資産形成に影響します。
企業側の責任は、将来の給付額を支える責任から、従業員が適切に資産形成できる環境を整える責任へ変化していく面があります。
DBを残すことが企業の魅力になる場合もある
企業にとって財務負担が重いからといって、すべての企業がDBをやめるとは限りません。
DBは従業員にとって運用リスクを直接負いにくい制度です。
企業年金連合会の早崎保浩理事長は、DBについて、従業員が退職した後も企業が面倒を見るという非常に強いメッセージを持つと指摘しています。
人材確保が難しくなれば、充実した企業年金制度そのものが採用や定着に影響する可能性があります。
企業にとって負担があるからこそ、福利厚生として価値を持つという見方もできます。
DBとDCを組み合わせる方法もある
企業年金をDBかDCのどちらか一方にする必要はありません。
DBとDCを組み合わせる企業もあります。
例えば老後所得の基礎となる部分をDBで確保し、それを上回る部分についてDCで従業員自身が運用する方法です。
こうすれば、企業が一定の給付責任を維持しながら、すべての運用リスクを企業側だけで負わない制度設計も可能になります。
今後はDBを完全にDCへ置き換えるだけではなく、両制度をどのように組み合わせるかも企業年金の重要なテーマになります。
結論
企業がDBからDCへ重心を移す大きな理由の一つは、DBでは将来の年金給付について企業が長期間にわたり財務的な責任を負うことです。
株価下落や運用不振などによって積立不足が生じれば、企業に追加負担が発生する可能性があります。
給与連動型の制度では、賃上げによって将来の給付負担が増える場合もあります。
一方、DCでは企業が負担する掛金を把握しやすく、運用結果は加入者の資産額に反映されます。
ただし、それは運用リスクが従業員側へ移ることも意味します。
DBからDCへの変化を見るときには、どちらの制度が増えているかだけではなく、企業と従業員の間で老後資産のリスクと責任をどのように分担するのかという視点が重要です。
参考
日本経済新聞 2026年9月25日朝刊 インフレ下の企業年金(1)「企業、給付額増を検討」