企業は長い間、世界の中で最も安く生産できる場所から商品や部品を調達し、最も有利な場所で生産し、世界中へ販売することで成長してきました。
その前提にあったのが自由貿易です。
ところが米中対立、経済制裁、輸出規制、経済安全保障の強化などによって、この前提が変わりつつあります。
世界全体が一つの市場として結びつくのではなく、政治や安全保障上の関係が近い国々を中心として複数の経済圏に分かれる可能性があります。
こうした状態を考えるうえで重要になるのがブロック経済という考え方です。
企業にとっても、安い国から買えばよいという経営から、どの国からなら安定して買い続けられるのかを考える経営への転換が求められます。
ブロック経済とは何か
ブロック経済とは、世界全体で自由に貿易するのではなく、特定の国や地域のグループを中心として貿易や投資を行う経済の姿です。
ブロックの内部では貿易や投資が活発に行われる一方、異なるブロックとの取引には関税や輸出規制などの制約が加わる可能性があります。
現代では、必ずしも世界が完全に分断されることを意味するわけではありません。
しかし、安全保障上重要な商品や技術については、どの国とも同じ条件で取引することが難しくなる可能性があります。
半導体。
人工知能。
通信設備。
重要鉱物。
エネルギー。
こうした分野では経済合理性だけではなく、安全保障を含めて取引相手を判断する傾向が強くなっています。
自由貿易とは何が違うのか
自由貿易では、できるだけ国境を越えた取引の障壁を小さくすることを目指します。
関税を引き下げる。
輸入数量の制限を減らす。
外国企業の参入を認める。
こうすることで、それぞれの国が得意な商品やサービスを生産し、世界全体で効率的な分業ができます。
企業もこの仕組みを利用してきました。
人件費の安い国で生産する。
資源の豊富な国から原材料を購入する。
技術力の高い国から部品を調達する。
世界中から最適な組み合わせを選ぶことでコストを下げてきました。
ブロック経済では、この最適化が難しくなります。
最も安い調達先ではなくても、政治的に安定して取引できる国を選ぶ必要が出てくるからです。
米中対立が企業経営を変える
現在の世界経済で特に大きな要因となっているのが米中対立です。
米国と中国は世界有数の経済大国であり、両国の企業や市場は長年深く結びついてきました。
しかし、半導体や人工知能など先端技術が経済だけでなく軍事力にも関係するようになると、自由な取引だけでは考えられなくなります。
特定の高度な半導体や製造装置について輸出が制限されれば、企業はこれまでと同じサプライチェーンを維持できない可能性があります。
企業にとって難しいのは、米国か中国かという単純な問題ではありません。
自社の顧客、調達先、生産拠点、技術提携先などが複数の国にまたがっているからです。
一つの規制変更が世界各地の事業に影響する可能性があります。
友好国中心のサプライチェーンとは何か
世界経済の分断が進むと、友好国を中心にサプライチェーンを構築する動きが強まります。
これはフレンドショアリングと呼ばれることがあります。
これまで企業は主として価格、品質、納期によって調達先を選んできました。
これからは、相手国との政治的関係も重要になります。
多少価格が高くても、長期間安定して取引できる国から調達するという判断です。
たとえば重要な部品を一つの国だけから調達するのではなく、日本、米国、欧州、東南アジアなど複数の地域から調達できるようにする方法があります。
平時のコストは上昇するかもしれません。
しかし、ある国との取引が止まっても別の国から調達できれば、工場を止めずに済む可能性があります。
サプライチェーンは効率から安定へ変わる
これまで企業経営では、在庫をできるだけ減らし、最も効率的な場所から必要な部品を必要なときに調達することが重視されてきました。
在庫を持てば保管費用がかかります。
複数の調達先を持てば管理費用も増えます。
そのため、最も効率のよい供給網を作ることが企業競争力につながっていました。
しかし、サプライチェーンが途中で止まれば話は変わります。
部品一つが不足しただけでも完成品を生産できなくなることがあります。
その場合、部品を数パーセント安く買えたメリットより、工場停止による損失の方がはるかに大きくなる可能性があります。
ブロック経済では、平時の効率性だけでなく危機時の事業継続能力も考える必要があります。
世界貿易が縮小すると何が起こるのか
世界貿易が縮小すれば、企業のコストが上昇する可能性があります。
これまで世界で最も安い国から購入できたものを、より価格の高い友好国や国内から購入する必要が生じるからです。
同じ商品を複数の国で生産することになれば、規模の経済も働きにくくなります。
企業が中国向け、米国向け、欧州向けに異なる生産体制やシステムを用意する必要が出てくる可能性もあります。
結果として世界経済全体の生産効率が低下する可能性があります。
一方、安全保障関連の投資や国内生産への投資は増える可能性があります。
防衛、半導体、エネルギー、重要鉱物などでは、新たな需要が生まれることも考えられます。
ブロック経済は、すべての企業にとって単純にマイナスというわけではありません。
日本企業は難しい位置にいる
日本企業にとって世界経済の分断は特に重要な問題です。
日本は米国との安全保障関係が強い一方、中国は巨大な市場であり、重要な貿易相手でもあります。
多くの日本企業が中国に工場、販売網、取引先を持っています。
そのため米中の経済圏が大きく分かれていけば、両方の市場で事業を続けることが難しくなる可能性があります。
同じ技術を両方の市場で利用できるのか。
中国で取得したデータを別の国へ移せるのか。
米国の輸出規制に抵触しないのか。
こうした問題を企業自身が確認する必要があります。
地政学が経営管理の一部になるのです。
国内回帰という選択肢もある
ブロック経済が進めば、生産拠点を国内へ戻す動きも考えられます。
海外生産には人件費などの面でメリットがあります。
しかし、輸送が止まるリスクや政治的な規制まで考えると、必ずしも海外生産が最も安いとは限りません。
特に重要物資では、政府が補助金などを使って国内生産を支援することもあります。
半導体や蓄電池などでは、経済安全保障の観点から国内供給能力を確保する重要性が高まっています。
企業にとっては、単純な製造コストだけではなく、供給停止リスクまで含めた総コストで生産拠点を判断する必要があります。
ブロック経済に備えて企業は何をするのか
企業が最初に行うべきなのは、自社のサプライチェーンを把握することです。
直接取引している仕入先だけを見るのでは十分ではありません。
その仕入先がどの国から部品を購入しているのか。
さらにその部品の原材料はどこから来ているのか。
重要な部品が実は一つの国に集中していることもあります。
次に、代替調達先を確保します。
多少コストが高くても、複数の国や企業から調達できる体制を作ります。
さらに、米中関係や輸出規制などの変化を継続的に監視します。
世界経済の分断は一日で完成するものではありません。
小さな規制変更が積み重なって企業活動の条件が変わっていきます。
その変化を早く捉えることが重要になります。
結論
ブロック経済とは、世界全体を一つの市場として自由に取引するのではなく、政治や安全保障上の関係が近い国々を中心として経済圏が形成される状態です。
米中対立や経済安全保障の強化によって、半導体、人工知能、重要鉱物、エネルギーなどでは、価格だけで取引先を決めることが難しくなっています。
企業にとって大きな変化は、最も安い調達先を選ぶ経営から、長期間安定して取引できる調達先を選ぶ経営への転換です。
そのためには、生産拠点や調達先を複数の国に分散する必要があります。
当然、コストは高くなる可能性があります。
しかし、世界経済が分断された場合には、多少高いコストを負担してでも事業を継続できること自体が企業の競争力になります。
これからの企業経営では効率性だけを追求するのではなく、世界が分断された場合でも事業を続けられる仕組みを持つことが重要になります。
安さを追求するグローバル化から、供給の安定まで含めて考えるグローバル化へと企業経営の考え方が変わり始めているのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 企業経営は2050年見据えて