未上場企業のストックオプションを現金化する仕組みが整備される中で、従業員や役員にとって重要になるのが所得税の取扱いです。
2026年10月16日、エヌストックが未上場スタートアップの従業員や役員が保有するストックオプションに由来する株式の売買仲介を始めると発表しました。
これまで株式上場まで待たなければ実現しにくかった経済的利益を、未上場段階でも受け取れる可能性が広がります。
しかし、ストックオプションの換金では、権利行使時と株式売却時の課税関係を正確に理解する必要があります。
特に注意したいのは、税制適格と税制非適格で課税時期が異なることです。
また、未上場株式では、株式を取得した時点で税金が発生しても、すぐに売却できるとは限りません。
今回は、ストックオプションの付与から権利行使、株式売却、確定申告までの流れを整理し、所得税実務で注意すべきポイントを具体的に解説します。
ストックオプションの課税は3つの段階で考える
ストックオプションの税務を理解するためには、取引を3つの段階に分けて考えることが重要です。
第1段階は、ストックオプションの付与です。
企業が従業員に対して、将来一定の価格で自社株式を取得できる権利を与えます。
一般的な無償付与型のストックオプションでは、通常、付与時点で直ちに所得税が課税されるわけではありません。
第2段階は、権利行使です。
従業員があらかじめ定められた価格を支払い、自社株式を取得します。
この時点で、株式の時価が権利行使価格を上回っていれば、経済的利益が発生します。
第3段階は、株式売却です。
権利行使によって取得した株式を投資家などに売却し、現金を受け取ります。
税制適格ストックオプションでは、原則として第3段階で課税されます。
一方、一般的な税制非適格ストックオプションでは、第2段階と第3段階でそれぞれ課税関係が生じることがあります。
この違いが、税負担と資金繰りに大きな影響を与えます。
税制適格ストックオプションは売却時に課税される
税制適格ストックオプションは、一定の要件を満たすことで、権利行使時の課税が繰り延べられる制度です。
例えば、ある従業員が1株1,000円で取得できるストックオプションを2,000株分保有しているとします。
権利行使に必要な資金は200万円です。
その後、会社が成長し、株式の時価が1株10,000円になったとします。
従業員は200万円を支払い、時価2,000万円の株式を取得します。
この時点での経済的利益は1,800万円です。
しかし、税制適格要件を満たしていれば、原則として権利行使時には課税されません。
その後、取得した株式を2,000万円で売却した場合、売却代金2,000万円から取得費200万円を差し引いた1,800万円が譲渡所得になります。
株式等の譲渡所得に対する税率は、所得税、復興特別所得税、住民税を合わせて原則20.315%です。
したがって、税額は365万6,700円となります。
税金を差し引いた利益は1,434万3,300円です。
なお、この計算では売買手数料などを考慮していません。
税制適格ストックオプションでは、権利行使時に税負担が発生しないことが大きな特徴です。
ただし、権利行使時に必要な200万円の資金は、別途確保する必要があります。
税制非適格ストックオプションは権利行使時に課税される
一方、税制非適格ストックオプションでは、権利行使時の経済的利益が課税対象になる場合があります。
一般的な従業員向けの税制非適格ストックオプションでは、権利行使時の利益は給与所得として取り扱われます。
先ほどと同じ条件で考えます。
権利行使価格は200万円、権利行使時の株式時価は2,000万円です。
この場合、差額の1,800万円が給与所得として課税される可能性があります。
給与所得には所得税の累進税率が適用されます。
所得税率は課税所得に応じて5%から45%まで段階的に上昇します。
さらに、復興特別所得税と住民税も考慮する必要があります。
例えば、権利行使による利益を含めた課税所得が高額になり、追加所得の一部に40%の所得税率が適用される場合があります。
この部分については、復興特別所得税と住民税を含めると、合計の負担率は約50.8%になります。
ただし、実際の税額は、ほかの給与所得、所得控除、課税所得の税率区分などによって変わります。
したがって、権利行使による利益1,800万円の全額に50.8%の税率が適用されるとは限りません。
重要なのは、税制非適格ストックオプションでは、権利行使時に多額の所得税負担が発生する可能性があることです。
株式を売却できない場合には納税資金が問題になる
未上場株式のストックオプションで特に注意したいのが、納税資金の確保です。
例えば、税制非適格ストックオプションを権利行使して、1,800万円の給与所得が発生したとします。
従業員は200万円を支払って株式を取得しています。
しかし、その株式を売却できなければ、手元には現金が入ってきません。
それにもかかわらず、権利行使時の経済的利益に対する所得税などの負担が生じる可能性があります。
このように、現金収入がない段階で課税されることが、未上場株式の大きな問題でした。
今回のようなセカンダリー取引が普及すれば、権利行使と株式売却を組み合わせることで、納税資金を確保しやすくなる可能性があります。
ただし、売却先が見つかっていることと、実際に売却代金が入金されることは別です。
取引が成立しなかった場合や、決済が遅れた場合には、資金繰りに影響することがあります。
そのため、権利行使前に売却条件や決済日を確認する必要があります。
権利行使後の値上がり益には譲渡所得課税が適用される
税制非適格ストックオプションでは、権利行使時に給与所得として課税された後、株式売却時に譲渡所得が発生する場合があります。
例えば、権利行使価格が200万円、権利行使時の株式時価が2,000万円だったとします。
権利行使時には1,800万円の経済的利益が給与所得として課税されます。
その後、株式を2,500万円で売却した場合を考えます。
この場合、税務上の取得費は原則として権利行使時の時価2,000万円になります。
したがって、売却時の譲渡所得は500万円です。
この500万円に対して、原則20.315%の税率が適用されます。
税額は101万5,750円です。
つまり、権利行使時までの値上がり益1,800万円は給与所得として課税され、権利行使後の値上がり益500万円は株式等の譲渡所得として課税されることになります。
同じ利益に対して二重に課税されるわけではありません。
ただし、ストックオプションの種類や契約条件によって課税関係が異なる場合があるため、個別の確認が必要です。
未上場株式の譲渡所得は上場株式と区分される
株式の譲渡所得を計算する際には、上場株式等と一般株式等の区分にも注意が必要です。
未上場株式は、原則として一般株式等に該当します。
一般株式等の譲渡所得と上場株式等の譲渡所得は、それぞれ区分して計算します。
税率は原則として同じ20.315%ですが、損益通算の取扱いが異なります。
例えば、未上場株式の売却で300万円の損失が発生し、同じ年に上場株式の売却で500万円の利益が発生した場合を考えます。
原則として、一般株式等の譲渡損失300万円を上場株式等の譲渡利益500万円から差し引くことはできません。
一方、一般株式等の譲渡所得同士であれば、一定の範囲で損益を通算できます。
なお、特定の未上場株式については、エンジェル税制などの特例が関係する場合もあります。
ただし、適用には個別の要件があるため、すべての未上場株式に認められるわけではありません。
ストックオプション由来株式を売却する場合には、一般株式等としての取扱いを確認する必要があります。
未上場株式の売却では確定申告が重要になる
未上場株式を売却して譲渡所得が発生した場合には、原則として確定申告が必要になります。
上場株式の特定口座では、源泉徴収ありを選択することで、確定申告が不要になる場合があります。
しかし、未上場株式の相対取引では、通常、このような仕組みをそのまま利用できるわけではありません。
従業員自身が売却代金、取得費、売買手数料などを把握し、譲渡所得を計算する必要があります。
例えば、税制適格ストックオプションを権利行使して200万円で取得した株式を、2,000万円で売却したとします。
売買手数料が20万円だった場合、譲渡所得は1,780万円になります。
計算は、売却代金2,000万円から取得費200万円と売買手数料20万円を差し引きます。
この1,780万円に対して、原則20.315%の税率が適用されます。
税額は361万6,070円です。
実際の申告では、取得費を証明する資料や売却契約書などが重要になります。
特に、ストックオプションの権利行使価格や株式取得日を確認できる書類は、適切に保存しておく必要があります。
源泉徴収の有無にも注意する
税制非適格ストックオプションでは、権利行使時の経済的利益が給与所得に該当する場合、源泉徴収の問題が生じます。
国内企業が従業員に付与した一般的な税制非適格ストックオプションでは、権利行使益について給与所得として源泉徴収が必要になる場合があります。
この場合、会社側には所得税の源泉徴収と納付に関する実務対応が求められます。
しかし、権利行使時には従業員に現金が支払われないことがあります。
そのため、会社が源泉徴収税額をどのように回収するかという問題が生じます。
従業員から現金で徴収する方法や、給与などから控除する方法が考えられますが、具体的な取扱いは法令や契約条件に従って判断する必要があります。
また、外国親会社から付与されたストックオプションでは、国内企業が付与した場合とは異なる確認事項が生じることがあります。
給与所得としての申告、外国税額控除、国外所得との関係などが問題になる場合もあります。
企業側は、ストックオプションの制度設計段階から源泉徴収義務の有無を確認しておくことが重要です。
退職後の権利行使にも注意が必要
ストックオプションを保有する従業員が退職する場合にも、税務上の問題が生じます。
まず、退職後も権利行使が可能かどうかは、ストックオプションの契約条件によって異なります。
退職によって権利が失効する場合もあれば、一定期間内であれば権利行使が認められる場合もあります。
また、退職後に権利行使した場合でも、権利が過去の勤務に対する報酬として付与されたものであれば、給与所得として課税されることがあります。
退職後に行使したという理由だけで、当然に退職所得になるわけではありません。
税制適格ストックオプションについても、退職後の権利行使が契約条件や税制適格要件に適合しているかを確認する必要があります。
特に、転職を予定している従業員にとっては、権利行使期限と換金機会の関係が重要になります。
今回のセカンダリー市場の整備によって、退職前後の株式売却が容易になれば、人材の流動化を促す可能性があります。
ただし、退職時の取扱いは企業ごとに異なるため、契約書の確認が欠かせません。
会社と従業員が準備しておきたい税務資料
ストックオプションの換金を円滑に進めるためには、税務資料の整備が重要です。
まず、ストックオプションの付与契約書や発行要項を保存する必要があります。
そこには、付与日、権利行使価格、権利行使期間、行使可能株数などが記載されています。
次に、権利行使時の書類です。
権利行使請求書、払込金額の記録、株式取得日を確認できる資料などが必要になります。
税制非適格の場合には、権利行使時の株式時価を算定した資料も重要です。
さらに、株式売却時には、売買契約書、売却価格、売買手数料、決済記録などを保存する必要があります。
これらの資料は、確定申告だけでなく、税務調査で取引内容を説明する際にも役立ちます。
特に未上場株式では、取引価格の合理性が問題になることがあります。
そのため、企業価値評価の資料や価格決定の経緯についても記録しておくことが望まれます。
結論
ストックオプションの換金では、権利行使時と株式売却時の課税関係を正確に理解することが重要です。
税制適格ストックオプションでは、一定の要件を満たすことで権利行使時の課税が繰り延べられ、株式売却時に譲渡所得として課税されます。
一方、一般的な税制非適格ストックオプションでは、権利行使時に給与所得課税が生じ、その後の株式売却時には譲渡所得課税が生じる場合があります。
未上場株式では、権利行使時に課税されても、株式を売却できず納税資金を確保できないという問題がありました。
今回のセカンダリー取引の整備は、この問題を軽減する可能性があります。
しかし、株式の売却価格、税務上の時価、源泉徴収、確定申告、退職後の権利行使など、実務上の確認事項は少なくありません。
特に重要なのは、権利行使による利益と株式売却による利益を区別し、それぞれの所得区分と課税時期を把握することです。
また、株式の取得費や売却価格を証明できる資料を保存することも欠かせません。
今後、未上場株式の流通市場が拡大すれば、ストックオプションの換金はより身近なものになるでしょう。
その一方で、税務上の判断を誤ると、想定外の税負担や申告漏れにつながる可能性があります。
ストックオプションの価値を確実に実現するためには、売却価格だけでなく、税引後の手取り額と納税資金を事前に確認することが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年10月17日 未上場ストックオプション取引、エヌストックが仲介 社員の換金手軽に
国税庁 ストックオプションに対する課税
国税庁 税制適格ストックオプションの要件
国税庁 株式等を譲渡したときの課税
国税庁 一般株式等に係る譲渡所得等の課税の特例