ビットコインなどの暗号資産は価格が大きく変動します。ところが、円建てステーブルコインのJPYCは、1JPYCを1円として利用することを前提に設計されています。
同じブロックチェーン上で動くデジタル資産なのに、なぜ価格が安定するのでしょうか。
その鍵を握るのが、円や国債などの裏付け資産と、JPYCを発行して円に戻すまでの仕組みです。
1JPYCは1円を目指して設計されている
ステーブルコインのステーブルとは、安定しているという意味です。
円建てステーブルコインであれば、基本となる考え方は1コインの価値を1円に連動させることです。
株式のように企業価値の上昇によって価格が上がることを目的とするものではありません。
ビットコインのように需要と供給によって価格が大きく変動することを前提とするものでもありません。
むしろ価格が上がらないことが重要です。
1JPYCが今日1円でも、明日には1.2円になるのであれば、日常的な支払いには使いにくくなります。
決済手段として利用するためには、価値が安定していることが重要なのです。
円を入金するとJPYCが発行される
JPYCを理解するには、円からJPYCへ変わる流れを考えると分かりやすくなります。
利用者はサービスを通じて円を入金します。
所定の手続きを経て、その円に対応するJPYCが発行され、利用者のウォレットで管理できるようになります。
ここで重要なのは、何もないところから無制限にJPYCを発行する仕組みではないということです。
発行されたJPYCに対応する資産を確保することによって、利用者から償還を求められた場合に円を返せる仕組みを構築します。
この裏付けがステーブルコインへの信用の土台になります。
裏付け資産が価値を支える
円建てステーブルコインで最も重要な論点の1つが裏付け資産です。
利用者が100万円を支払って100万JPYCを取得したとします。
発行者側では、利用者に対する償還に備えるための資産を確保します。
その資産として円や国債などが利用されます。
仮に発行残高が大きくなっても、それに見合う裏付け資産が適切に保全されていれば、利用者が円への交換を求めたときに対応しやすくなります。
したがって、ステーブルコインを見るときには発行残高だけを見るのではなく、裏付け資産の内容と保全方法を見ることが重要です。
円に戻せることが価格安定につながる
JPYCの価値を支えるもう1つの重要な仕組みが償還です。
償還とは、保有しているステーブルコインを円に戻すことです。
1JPYCを1円として償還できる仕組みが機能していれば、市場価格が1円から大幅に離れにくくなります。
例えば、市場で1JPYCが0.9円まで下落したとします。
0.9円で購入したJPYCを1円で償還できるのであれば、価格差を利用しようとする取引が生まれます。
逆に市場価格が1円を大きく上回れば、円からJPYCを発行して市場で売ろうとする動きが出る可能性があります。
こうした発行と償還の仕組みが、価格を1円付近へ戻す力として働きます。
ビットコインとは価値の成り立ちが違う
ビットコインには円や国債といった裏付け資産がありません。
市場参加者がどれだけの価値を認めるかによって価格が形成されます。
そのため需要が急増すれば価格が大きく上昇し、売りが増えれば大きく下落することがあります。
円建てステーブルコインは考え方が違います。
価格上昇そのものではなく、1円という価値を安定して維持することに意味があります。
同じブロックチェーンを利用していても、ビットコインとステーブルコインでは目的が大きく異なるのです。
発行者はどこで収益を得るのか
ここで疑問になるのが、発行や償還の手数料を低く抑えながら、発行者がどのように事業を続けるのかという点です。
その1つの答えが裏付け資産から生じる運用収益です。
利用者から受け入れた資金の裏付けとして国債などを保有すれば、そこから利息収入が生じます。
ステーブルコインの発行残高が増えれば、裏付け資産の規模も大きくなります。
一定の金利がある環境では、その運用収益が事業の重要な収益源になり得ます。
利用者から高い決済手数料を取る従来型のビジネスとは異なる収益構造が成立する可能性があります。
金利上昇はステーブルコインにも影響する
この仕組みを考えると、ステーブルコインと金利の意外な関係も見えてきます。
国債などの利回りが上昇すれば、裏付け資産から得られる運用収益も増える可能性があります。
つまり、金利のある世界ではステーブルコイン発行事業の収益構造が強くなる場合があります。
発行残高が巨大になれば、裏付け資産の運用収益も無視できない規模になります。
ステーブルコインは決済サービスであると同時に、巨大な資産運用を伴うビジネスでもあるのです。
裏付け資産があれば絶対安全とは限らない
もっとも、裏付け資産があるからといって無条件に安全とはいえません。
重要なのは、その資産の中身です。
換金しやすい円や短期の国債が中心なのか、それとも価格変動が大きく換金に時間がかかる資産が含まれているのかによって安全性は変わります。
さらに、裏付け資産が発行会社自身の財産と適切に分けて管理されているかも重要です。
発行者に経営上の問題が起きたときでも、利用者のための資産が守られる仕組みが必要だからです。
ステーブルコインを評価するときには、単に1コイン1円と表示されているかではなく、その1円を支える資産まで確認する必要があります。
信用の源泉が変わる
現金の場合、1万円札の信用を支えているのは国と中央銀行を中心とする通貨制度です。
銀行預金の場合には銀行の信用に加えて、銀行規制や預金保険制度などが信用を支えています。
ステーブルコインでは、それらとは異なる信用の仕組みが加わります。
裏付け資産が本当に存在するのか。
利用者の資産が適切に保全されているのか。
いつでも円へ償還できるのか。
発行者が法令に基づいて適切に運営されているのか。
こうした要素の組み合わせによって信用が成り立ちます。
結論
1JPYCが1円として機能するために重要なのは、ブロックチェーンという技術だけではありません。
むしろ、その背後にある円や国債などの裏付け資産と、1JPYCを1円へ戻せる発行・償還の仕組みが重要です。
ステーブルコインという名前から、価格を自動的に安定させる特殊なデジタル技術があるように感じるかもしれません。
しかし、その信用を支えているのは極めて現実的な金融の仕組みです。
デジタルの世界で流通するコインの背後に、現実世界の円や国債が存在する。
このデジタルと現実の金融を結び付ける仕組みこそ、法定通貨連動型ステーブルコインを理解するうえで重要なポイントです。
今後ステーブルコインの発行額が拡大すれば、裏付け資産として保有される国債などの規模も拡大する可能性があります。
そうなればステーブルコインは単なる新しい決済手段ではなく、国債市場や金融市場にも影響する存在になっていくでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「個人間・国際送金を安く ステーブルコインを活用」
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「実証実験の最中」