円建てステーブルコインといっても、すべてが同じ仕組みで発行されているわけではありません。
日本では制度上、発行主体や資金保全の仕組みなどによって異なる形態があります。
その違いを理解するうえで分かりやすいのが、資金移動業型と信託型です。
日本で先行したJPYCは資金移動業型、JPYSCは信託型です。
両者の違いは単なる法律上の分類ではありません。個人の少額送金を中心に利用するのか、それとも企業間の巨額決済まで視野に入れるのかという用途にも大きく関係します。
資金移動業とは何か
資金移動業とは、銀行以外の事業者が為替取引、つまり資金を移動するサービスを提供するための制度です。
銀行振込だけに頼らず、民間事業者が送金サービスを提供できるようになったことで、さまざまなキャッシュレスサービスが発展してきました。
ステーブルコインについても、この資金移動業の制度を利用した発行形態があります。
JPYCはその代表例です。
利用者が円を入金してJPYCを取得し、ブロックチェーン上で別のウォレットへ送ることができます。
日常的な決済や個人間送金などとの相性が良い仕組みです。
100万円という数字が重要になる
資金移動業型を理解するときに重要なのが、100万円という金額です。
JPYCは資金移動業型であるため、発行や償還について1回100万円までという制約があります。
例えば、友人との食事代を精算する、家族へ生活費を送る、海外にいる子供へ資金を送るといった用途であれば、100万円という上限が大きな問題になる場面はそれほど多くないでしょう。
ところが企業取引になると事情が変わります。
企業間では1回の支払いが数百万円、数千万円になることは珍しくありません。
大企業の取引や貿易決済では、数億円、数十億円という資金が動くこともあります。
100万円という上限があると、大口決済への利用には制約が生じます。
信託型は仕組みが異なる
そこで注目されるのが信託型です。
JPYSCは信託型の円建てステーブルコインとして発行されています。
信託型では、利用者の資金を信託の仕組みを利用して管理します。
信託では、預けられた財産が受託者自身の財産とは区分して管理されます。
この財産分離の仕組みが利用者保護の重要な基盤になります。
ステーブルコインという最新のデジタル金融と、長い歴史を持つ信託という仕組みが組み合わされている点が興味深いところです。
信託型には100万円規制がない
信託型の大きな特徴は、資金移動業型にある100万円規制がないことです。
ここから用途の違いが生まれます。
100万円以下の個人間送金だけではなく、企業が多額の資金を移動するためのインフラとして利用できる可能性があります。
例えば企業が取引先へ1億円を支払うとします。
従来であれば銀行口座から銀行口座へ資金を移します。
将来的には、企業が保有するウォレットから取引先のウォレットへ円建てステーブルコインを送るという方法が選択肢になるかもしれません。
これが実現すれば、ステーブルコインは個人向けキャッシュレス決済という枠を超えます。
数百億円規模の決済も視野に入る
信託型ステーブルコインが注目される理由は、大口決済への可能性です。
企業間では非常に大きな資金が日常的に動いています。
企業買収、不動産取引、原材料購入、貿易などでは、数百億円規模の決済が発生する場合もあります。
こうした取引をブロックチェーン上で処理できれば、決済の効率化につながる可能性があります。
特に国際取引では複数の金融機関が介在することがあります。
オンチェーンで直接資金を移転できるようになれば、資金が決済途中に滞留する時間を短縮できる可能性があります。
企業にとっては手数料だけでなく、資金効率の改善という意味も大きくなります。
個人向けと企業向けで役割が分かれる可能性
資金移動業型と信託型の違いを見ると、将来のステーブルコイン市場の姿も見えてきます。
資金移動業型は、個人間送金や日常的な決済など比較的小口の取引で利用が広がる可能性があります。
一方、信託型は企業間決済や貿易決済など大口取引で存在感を高める可能性があります。
もちろん実際の用途が完全に分かれるわけではありません。
信託型を個人が利用することもできます。
重要なのは、同じ1円に連動するステーブルコインであっても、制度によって得意とする用途が違うということです。
安全性は名称だけでは判断できない
資金移動業型と信託型を比較すると、どちらが安全なのかという疑問も出てきます。
しかし、名称だけで単純に判断することはできません。
重要なのは利用者の資金がどのように保全されているかです。
裏付け資産として何が保有されているのか。
発行者自身の財産と利用者のための財産がどのように区分されているのか。
償還を求めた場合に円へ戻す仕組みが機能するのか。
さらにシステム障害やサイバー攻撃などへの対応も重要です。
ステーブルコインでは、利便性と同時に資金保全の仕組みを確認する必要があります。
規制緩和で境界が変わる可能性もある
現在の制度だけを前提に将来を考えないことも重要です。
政府はオンチェーン金融の活用を進める方向を示しており、今後制度が見直される可能性があります。
資金移動業に関する規制が変われば、資金移動業型ステーブルコインの用途も広がる可能性があります。
つまり、現在の100万円という線引きが将来もそのまま続くとは限りません。
ステーブルコインの技術だけでなく、制度改正を継続的に確認する必要があります。
企業の経理にも影響する
企業間決済でステーブルコインが使われるようになれば、経理部門にも影響が及びます。
現在は銀行口座の入出金データと売掛金や買掛金を照合して消込処理をしています。
ブロックチェーン上では取引記録をデジタルデータとして取得できます。
請求データと支払いデータを連携できれば、入金確認や消込、仕訳などを自動化できる可能性があります。
ステーブルコインは決済方法を変えるだけではなく、バックオフィス業務そのものを変える可能性を持っています。
結論
資金移動業型と信託型の違いは、一見すると専門的な金融規制の話に見えます。
しかし、実際にはステーブルコインがどこまで利用できるのかを左右する重要な違いです。
資金移動業型では100万円という上限があり、個人間送金や比較的小口の決済との親和性があります。
一方、信託型にはこの100万円規制がなく、企業間送金や貿易などの大口決済への利用が期待されています。
今後注目すべきなのは、ステーブルコインがコンビニや飲食店で使えるかどうかだけではありません。
企業が数億円、数十億円、さらには数百億円という資金をブロックチェーン上で動かすようになるのかという点です。
個人のお金を動かす技術から、企業のお金を動かす社会インフラへ。
資金移動業型と信託型の違いを理解すると、ステーブルコインが目指している市場の大きさが見えてきます。
参考
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「個人間・国際送金を安く ステーブルコインを活用」
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「実証実験の最中」