日本企業では長い間、新卒で採用した社員を会社の中で育て、さまざまな部署を経験させながら長期雇用する仕組みが広く利用されてきました。
ところが、人手不足やデジタル化、働き方の多様化などを背景に、仕事を明確にしたうえで必要な人材を配置する考え方が注目されています。
その一つがジョブ型雇用です。
ジョブ型雇用では、
どの会社で何年働いたのか
どの役職まで昇進したのか
だけではなく、
どの仕事を担当できるのか
が重要になります。
この考え方は、定年後に別の会社へ再就職するシニアとも関係します。
長年勤めた会社で得た肩書ではなく、具体的な職務や能力で評価されるようになれば、シニアの再就職のあり方も変わる可能性があるからです。
ジョブ型雇用とは何か
ジョブ型雇用とは、担当する職務を明確にし、その職務に必要な能力を持つ人材を採用、配置する考え方です。
ジョブとは仕事や職務を意味します。
例えば、
法人営業を担当する
決算業務を担当する
情報システムのセキュリティーを担当する
人材育成を担当する
といった仕事を明確にします。
そのうえで、
どのような仕事内容なのか
どの程度の責任を持つのか
どのような能力が必要なのか
などを定めます。
人に仕事を割り当てるというより、
仕事を定めて、その仕事を担当できる人を配置する
という考え方です。
メンバーシップ型雇用とは何が違うのか
日本企業の従来型雇用を説明するときによく使われるのが、メンバーシップ型雇用という言葉です。
メンバーシップ型では、まず会社の一員として人を採用します。
新卒一括採用が典型です。
入社した時点で具体的な職務を細かく限定せず、その後の人事異動によってさまざまな仕事を経験します。
営業から企画へ移る。
本社から支店へ異動する。
経理から経営企画へ移る。
管理職になれば担当業務そのものが変わることもあります。
つまり、
仕事に人を付ける
というより、
会社に所属している人に仕事を割り当てる
という性格が強くなります。
一方、ジョブ型では担当する仕事をより明確にします。
この違いは、シニアが別の会社へ転職するときに大きな意味を持ちます。
会社の中の役職は転職先へ持っていけない
一つの会社で長く働いていると、役職が本人の職業能力と一体になりやすくなります。
例えば、
部長
支店長
課長
本部長
といった肩書です。
しかし、これらの役職はその会社の組織の中で与えられたものです。
転職すれば原則としてなくなります。
大企業で部長だった人が中小企業へ転職したからといって、自動的に部長として採用されるわけではありません。
企業が知りたいのは、
以前の会社でどのくらい偉かったか
ではなく、
自社で何をしてもらえるか
です。
ジョブ型の考え方では、この点がより明確になります。
管理職経験を職務へ分解する
管理職だったシニアが再就職するときには、役職を具体的な職務へ分解することが重要です。
例えば営業部長だったとします。
営業部長という肩書だけでは、その人が何をできるのか十分に分かりません。
そこで、
営業戦略を策定した
重要顧客との交渉を担当した
30人の営業担当者を管理した
若手社員を育成した
営業成績を分析した
不採算取引を見直した
新しい販売方法を導入した
といった具体的な仕事に分けます。
すると、
営業戦略
顧客交渉
人材育成
営業管理
業務改善
という能力が見えてきます。
これなら別の会社でも、その能力を必要とする仕事を探すことができます。
役職を持ち運ぶのではなく、役職の中で担当してきた職務を持ち運ぶのです。
ジョブ型雇用はシニアと相性がよい面がある
ジョブ型雇用には、シニアの再就職と相性がよい面があります。
企業が、
この仕事を担当できる人
を探すのであれば、年齢や以前の会社での肩書より、その仕事に必要な能力が重要になるからです。
例えば中小企業が、
若手営業社員を育成してほしい
と考えているとします。
大企業で長年営業管理職を経験したシニアには、その仕事を担当できる可能性があります。
企業が必要としているのは、
営業部長
という肩書ではありません。
営業社員を育成できる能力です。
仕事を具体化すれば、シニアの長年の経験と企業の課題を結びつけやすくなります。
専門性の高いシニアにも可能性がある
ジョブ型の考え方は、専門職として働いてきたシニアにも関係します。
例えば、
経理
税務
法務
人事
IT
研究開発
品質管理
などです。
長年の専門知識を持っている人であれば、その専門性を必要とする仕事に直接結びつけることができます。
企業側も、
総合的に会社の仕事をしてもらう
のではなく、
この専門業務を担当してもらう
と考えれば採用しやすくなる場合があります。
特に中小企業では、専門人材をフルタイムで一人採用するほどの仕事量がないこともあります。
その場合には短時間勤務や週数日の勤務などと組み合わせ、専門業務だけをシニアに担当してもらう方法も考えられます。
仕事を明確にすると賃金の考え方も変わる
ジョブ型雇用では、担当する職務と賃金の関係も重要になります。
メンバーシップ型では、勤続年数や職能資格、役職などが賃金に大きく影響する場合があります。
一方、職務を基準に考えれば、
どの仕事を担当するのか
どの程度の責任があるのか
その仕事の市場価値はいくらなのか
という考え方が強くなります。
これはシニアにとって厳しい面もあります。
定年前に高い給与を受け取っていたとしても、再就職後に担当する仕事の市場価値が低ければ、同じ給与を維持できるとは限らないからです。
以前の給与ではなく、
これから担当する仕事はいくらなのか
という基準で評価されることになります。
シニアにも専門性を説明する責任が生まれる
ジョブ型雇用になれば、長く働いてきたこと自体が高く評価されるとは限りません。
重要なのは、その期間に何を身につけたかです。
例えば、
30年間勤務しました
という説明だけでは十分ではありません。
30年間で、
どの仕事を担当したのか
どのような問題を解決したのか
どのような専門能力を身につけたのか
どの程度の成果を出したのか
を説明する必要があります。
長い職業人生を、
勤続年数
ではなく、
できる仕事
へ変換する必要があるのです。
これはスキルベース採用やポータブルスキルの考え方ともつながります。
ジョブ型だから年齢が関係なくなるわけではない
ジョブ型雇用が広がれば、シニアが必ず再就職しやすくなるわけではありません。
企業は仕事内容だけではなく、
勤務時間
体力
新しい技術への対応
組織との相性
賃金
なども考慮します。
特に仕事の内容が明確になるほど、
その仕事に必要な能力を現在持っているか
が厳しく問われる可能性があります。
過去に経験したことがあっても、その後に技術や制度が大きく変わっていれば能力を更新する必要があります。
そこでリスキリングが重要になります。
ジョブ型雇用は、経験が長い人を自動的に有利にする仕組みではありません。
現在の能力をより明確に問う仕組みでもあるのです。
企業側にも職務を明確にする能力が必要になる
ジョブ型雇用では、求職者だけでなく企業側にも変化が求められます。
企業が、
経験豊富な人材募集
コミュニケーション能力の高い人
幅広い仕事を担当できる人
といった曖昧な求人を出しているだけでは、必要な人材を見つけにくくなります。
具体的に、
どの仕事を担当するのか
どの能力が必要なのか
どこまで責任を持つのか
何時間働く必要があるのか
を明確にする必要があります。
仕事を細かく定義すれば、
すべての仕事を一人に任せる必要はない
ことに気づく場合もあります。
仕事の一部だけを切り出してシニアに任せることも可能になります。
AIによって職務とスキルの照合が進む可能性がある
AIは、ジョブ型雇用とも相性があります。
企業側では求人の仕事内容を分析し、必要なスキルを整理できます。
求職者側では職務経歴を分析し、持っているスキルを整理できます。
そして、
仕事に必要なスキル
と
本人が持っているスキル
を照合します。
従来なら、
同じ業界で働いた経験がない
という理由で候補にならなかった人でも、必要なスキルが共通していれば別の候補として浮かび上がる可能性があります。
AIによるマッチングが進めば、職種名や過去の会社名だけでは発見できなかった人材と仕事の組み合わせが見つかるかもしれません。
シニア再就職は会社探しから仕事探しへ変わる
従来の転職では、
どの会社に入るか
が大きな問題でした。
しかしジョブ型の考え方が広がれば、
どの仕事をするか
がより重要になります。
これはシニアの再就職でも同じです。
以前と同じ規模の会社を探す。
以前と同じ役職を探す。
以前と同じ待遇を探す。
という発想だけではなく、
自分の能力を最も生かせる仕事は何か
を考える必要があります。
会社を探してから仕事を考えるのではなく、できる仕事を整理してから、その仕事を必要としている企業を探すのです。
結論
ジョブ型雇用とは、担当する職務を明確にし、その仕事に必要な能力を持つ人材を採用、配置する考え方です。
会社の一員として人を採用し、その後にさまざまな仕事を割り当てるメンバーシップ型とは考え方が異なります。
この仕組みは、シニアの再就職にも大きく関係します。
定年前の部長や課長という肩書は転職先へ持っていくことができません。
しかし、その役職の中で培った人材育成、顧客交渉、予算管理、問題解決、業務改善などの能力は持っていくことができます。
ジョブ型の考え方が広がれば、シニアは以前の役職ではなく、
何の仕事ができるのか
によって評価される可能性が高まります。
一方で、過去の勤続年数だけでは評価されにくくなり、現在持っている専門性やスキルを明確に示す必要もあります。
必要であればリスキリングによって能力を更新することも求められます。
会社に長く所属したことを評価する雇用から、具体的な仕事と能力を評価する雇用へ。
この変化が進めば、シニアの再就職も、
以前と同じ会社員生活を再現すること
から、
長年培った能力を必要とする仕事を探すこと
へと変わっていく可能性があります。
参考
日本経済新聞 2026年8月19日朝刊 老いるハローワークとAI