多国籍企業に最低15%の法人税負担を求める「グローバル・ミニマム課税」の導入によって、海外企業の買収や海外投資における税務リスクの考え方が変わりつつあります。
これまで日本企業が海外企業を買収する際には、買収対象企業の収益力、財務内容、事業の成長性、現地の税制などを中心に検討してきました。
しかし、グローバル・ミニマム課税の対象となる企業グループでは、買収対象企業の所在地国における税負担が、グループ全体の追加課税額に影響する可能性があります。
また、買収によってグループの構成会社や連結売上高が変化すれば、制度の適用関係そのものが変わる場合もあります。
2026年11月2日の日本経済新聞では、グローバル・ミニマム課税の初回申告において、申告書や関連資料が1万ページを超える事例が紹介されています。
海外M&Aでは、こうした申告・情報管理の負担も買収後の経営コストとして考慮する必要があります。
今回は、グローバル・ミニマム課税が海外M&Aや海外投資に与える影響について、税務デューデリジェンス、買収価格、投資採算、組織再編の観点から考えます。
海外M&Aで重要になる税務デューデリジェンス
海外M&Aでは、買収対象企業の税務リスクを事前に調査することが重要です。
この調査は、税務デューデリジェンスと呼ばれています。
従来の税務デューデリジェンスでは、過去の法人税申告、税務調査、移転価格取引、繰越欠損金、税務上の偶発債務などが主な確認対象でした。
グローバル・ミニマム課税の導入によって、これらに新たな確認事項が加わります。
例えば、買収対象企業が所在する国・地域の制度上の実効税率、国内ミニマム課税の導入状況、税額控除の内容などです。
また、買収対象企業が既にグローバル・ミニマム課税の対象となっている場合には、過去の計算や申告対応の状況も確認する必要があります。
買収後に税務上の問題が発見されれば、追加納税や申告修正、専門家費用などが発生する可能性があります。
そのため、買収前の段階から国際最低課税制度への対応状況を調査することが重要になります。
買収によって制度の対象となる可能性
グローバル・ミニマム課税は、原則として直前4会計年度のうち2会計年度以上で、連結売上高が7億5,000万ユーロ以上となる多国籍企業グループを対象とします。
このため、企業買収によってグループの規模が拡大した場合、制度の適用関係が変わる可能性があります。
例えば、連結売上高が6億ユーロの日本企業グループが、海外企業を買収するケースを考えます。
買収後の連結売上高が8億ユーロになれば、一定の条件のもとで制度の対象となる可能性があります。
ただし、実際の判定では、対象会計年度や過去の売上高、企業結合に関する特別な取扱いなどを確認する必要があります。
買収後の売上高が基準額を超えたという理由だけで、直ちにすべての課税関係が決まるわけではありません。
また、既に制度の対象となっている企業グループが海外企業を買収する場合には、買収対象企業の情報を新たに収集し、制度上の計算に反映する必要があります。
M&Aの検討段階で、買収後の制度適用を確認することが重要です。
法人税率の低い国への投資判断の変化
海外投資では、進出先の法人税率が重要な判断材料の1つです。
従来、法人税率の低い国・地域では、税負担の軽減によって投資採算が改善する場合がありました。
しかし、グローバル・ミニマム課税の導入によって、その効果が限定される可能性があります。
例えば、ある国の法人税率が10%で、現地子会社が年間100億円の利益を計上すると仮定します。
単純計算では、法人税額は10億円になります。
一方、最低税率15%との差額は5%です。
制度上の実効税率も10%となる場合、追加課税が生じる可能性があります。
ただし、実際の追加課税額は、対象所得、対象税額、実体ベースの所得除外額などを考慮して計算します。
そのため、単純に100億円に5%を乗じた5億円が追加課税されるとは限りません。
重要なのは、現地の法定税率だけでは、投資後の税負担を正確に判断できなくなっていることです。
海外投資では、グローバル・ミニマム課税を考慮した実効税負担を試算する必要があります。
税制優遇措置の効果が変わる問題
各国政府は、海外企業の誘致を目的として、さまざまな税制優遇措置を設けています。
例えば、一定期間の法人税免除、設備投資に対する税額控除、研究開発費に対する優遇措置などがあります。
こうした制度は、企業の海外投資を促進する役割を果たしてきました。
しかし、グローバル・ミニマム課税の対象企業では、税制優遇によって現地の実効税率が15%を下回る場合、追加課税が生じる可能性があります。
その結果、現地政府が提供する税制優遇の効果が縮小する場合があります。
ただし、すべての税額控除や優遇措置が同じように扱われるわけではありません。
一定の還付可能な税額控除などについては、制度上、通常の税額控除とは異なる取扱いが認められる場合があります。
したがって、海外投資では、税制優遇措置の名称や税率だけでなく、国際最低課税制度上の取扱いを確認する必要があります。
買収価格の算定に与える影響
企業買収では、将来の利益やキャッシュフローを基に買収対象企業の価値を算定することがあります。
代表的な方法の1つが、将来キャッシュフローを現在価値に割り引くDCF法です。
グローバル・ミニマム課税によって追加的な税負担が発生する場合、買収対象企業の将来キャッシュフローが減少する可能性があります。
例えば、買収後に年間5億円の追加的な税負担が継続すると仮定します。
この場合、他の条件が同じであれば、税負担の増加を反映した企業価値は低下する方向に働きます。
ただし、実際の企業価値への影響は、追加課税の継続期間、成長率、割引率などによって異なります。
また、追加的な税務申告費用やシステム費用も考慮する必要があります。
買収価格の算定では、通常の法人税負担だけでなく、国際最低課税制度への対応コストも将来キャッシュフローに反映することが重要です。
買収後の税務情報管理という課題
海外M&Aでは、買収契約の成立後に、買収対象企業をグループの管理体制へ組み込む必要があります。
この過程は、一般にPMIと呼ばれています。
グローバル・ミニマム課税への対応では、PMIにおける税務情報管理が重要になります。
例えば、日本企業が海外に20社の子会社を保有する企業グループを買収した場合、新たに20社分の税務情報を収集する必要が生じる可能性があります。
買収対象企業が異なる会計システムを利用している場合、情報の収集や加工に時間がかかります。
また、現地の税務担当者が日本の親会社の報告基準を理解していない場合には、教育や業務手順の整備が必要です。
さらに、買収前後で連結範囲や会計年度が変わる場合、制度上の取扱いを確認しなければなりません。
税務情報の管理体制を買収後に初めて検討すると、申告期限までに必要な情報を収集できない可能性があります。
そのため、買収前から税務情報管理の統合計画を策定することが重要です。
組織再編と国際最低課税の関係
海外M&Aでは、買収後に子会社の統合や持株会社の再編を行うことがあります。
こうした組織再編は、経営効率の改善や管理体制の簡素化を目的として実施されます。
しかし、グローバル・ミニマム課税では、組織再編によって課税関係が変わる可能性があります。
例えば、海外子会社の持分関係が変われば、所得合算ルール(IIR)の適用関係に影響する場合があります。
また、子会社の所在地や資産の移転によって、国・地域別の対象所得や実効税率が変化する可能性もあります。
さらに、企業結合や事業譲渡に関しては、制度固有の取扱いが設けられています。
そのため、通常の法人税や移転価格税制だけでなく、グローバル・ミニマム課税への影響も確認する必要があります。
組織再編の税務検討は、複数の制度を横断して行うことが重要になっています。
タックスヘイブン対策税制との重複確認
海外M&Aでは、グローバル・ミニマム課税に加えて、タックスヘイブン対策税制(CFC税制)への対応も必要です。
CFC税制は、一定の外国関係会社の所得を日本の株主などの所得に合算して課税する制度です。
一方、グローバル・ミニマム課税は、国・地域ごとの実効税率が最低15%となるよう追加課税を行う制度です。
両制度は目的や計算方法が異なるため、同じ海外子会社について双方の課税関係を確認する必要があります。
例えば、買収対象企業が低税率国に所在する場合、CFC税制による所得合算とグローバル・ミニマム課税による追加課税の双方が問題となる可能性があります。
制度間には一定の調整措置がありますが、すべてのケースで税負担の重複が完全に解消されるとは限りません。
買収前の税務デューデリジェンスでは、両制度を一体的に検討することが重要です。
海外M&Aにおける税務部門の役割
グローバル・ミニマム課税の導入によって、税務部門には従来以上に経営判断を支援する役割が求められます。
海外M&Aでは、経営企画部門や財務部門が買収候補企業の選定や価格交渉を進めることが一般的です。
しかし、税務上の影響を十分に検討しないまま買収価格を決定すると、買収後に想定外の税負担が発生する可能性があります。
そのため、税務部門は買収の初期段階から検討に参加することが望まれます。
具体的には、買収対象企業の税務リスク、追加課税の可能性、申告対応費用、買収後の管理体制などを確認する必要があります。
また、税務上の問題を経営者が理解できる形で説明することも重要です。
税法の専門的な論点を整理するだけでなく、買収価格や投資採算、キャッシュフローへの影響を示すことが求められます。
税務部門は、申告書を作成する組織から、経営戦略を支援する組織へと役割を広げる必要があります。
結論
グローバル・ミニマム課税の導入によって、海外M&Aや海外投資における税務リスクの評価は複雑になっています。
海外企業の買収では、従来の法人税や移転価格税制などに加えて、国際最低課税制度への影響を確認する必要があります。
特に、買収対象企業の所在地国における実効税率、税制優遇措置、追加課税の可能性、買収後の申告対応費用などが重要になります。
また、買収によってグループの規模や構成が変化すれば、制度の適用関係が変わる場合もあります。
そのため、買収前の税務デューデリジェンスから、買収価格の算定、買収後の情報管理、組織再編まで、一貫した税務管理が求められます。
今後の海外投資では、現地の法人税率だけでなく、グループ全体の実効税負担と税務コンプライアンスコストを考慮することが重要です。
国際最低税率への対応は、海外M&Aの実行後に検討する申告問題ではなく、買収を決定する前から評価すべき経営上の重要事項です。
税務部門が経営企画や財務部門と連携し、税務リスクを投資判断に適切に反映することが、日本企業の海外事業の持続的な成長につながると考えます。
参考
日本経済新聞 2026年11月2日 朝刊
「国際最低税率、申告書1万ページ超 識者『日本企業の競争力を阻害』」
OECD「Global Anti-Base Erosion Model Rules(Pillar Two)」
OECD「Consolidated Commentary to the Global Anti-Base Erosion Model Rules」
国税庁「グローバル・ミニマム課税への対応に関する情報」
国税庁「外国子会社合算税制に関する情報」
財務省「令和5年度税制改正の解説」
財務省「令和7年度税制改正の解説」