2026年12月から、個人型確定拠出年金(iDeCo)の掛金上限が大幅に引き上げられます。
企業年金のない会社員については、月額2万3,000円から6万2,000円へと拡大し、年間最大74万4,000円を拠出できるようになります。
今回の改正で注目したいのが、中小企業が従業員の老後資金形成を支援できる「中小事業主掛金納付制度」、いわゆるiDeCoプラスです。
iDeCoは原則として加入者本人が掛金を拠出する制度ですが、iDeCoプラスでは一定の要件を満たす企業が、従業員の掛金に事業主掛金を上乗せできます。
企業年金制度を持たない中小企業でも、従業員の老後資金形成を支援できる仕組みです。
人手不足が深刻化するなか、中小企業にとって福利厚生の充実は、人材確保や定着率の向上につながる重要な経営課題になっています。
一方で、制度の導入には対象従業員の範囲や掛金負担、労使合意など、確認すべき事項があります。
今回のiDeCo拡充を機に、中小企業の福利厚生制度としてのiDeCoプラスの活用方法を考えます。
中小企業では企業年金制度の整備が遅れている
日本の老後所得保障は、公的年金を基本として、企業年金や個人年金などを上乗せする仕組みになっています。
大企業では企業型確定拠出年金(企業型DC)や確定給付企業年金(DB)などを導入している会社が多い一方、中小企業では企業年金制度そのものがない場合も少なくありません。
厚生労働省の2023年の調査によると、従業員30人以上の企業の約77%には企業年金制度がありません。
従業員30〜99人の企業では、その割合が約84%に達しています。
企業年金制度を導入するには、制度設計や管理事務、運営費用などが必要です。
特に従業員数の少ない企業では、専門人材の確保や事務負担が課題になります。
そのため、企業年金の導入を検討していても、実際の制度整備まで進まない場合があります。
こうした中小企業にとって、既存のiDeCo制度を活用できるiDeCoプラスは、福利厚生を充実させるための選択肢になります。
iDeCoプラスの基本的な仕組み
iDeCoプラスは、企業年金を実施していない一定の中小企業が、従業員のiDeCo掛金に事業主掛金を上乗せできる制度です。
対象となるのは、原則として従業員300人以下で、企業型DCやDBなどの企業年金を実施していない事業主です。
従業員本人がiDeCoに加入していることが前提になります。
通常のiDeCoでは、加入者本人が掛金を負担します。
一方、iDeCoプラスでは、本人の掛金に加えて会社が一定額を拠出します。
例えば、従業員が月額1万円を拠出し、会社が月額1万円を上乗せする場合、合計月額2万円がiDeCoの年金資産として積み立てられます。
従業員にとっては、自分自身の負担だけでは準備しにくい老後資金を、会社の支援によって積み増せることになります。
会社にとっては、従業員の将来を支える福利厚生制度として活用できます。
2026年12月から掛金枠が拡大
今回のiDeCo拡充では、企業年金のない会社員の掛金上限が月額6万2,000円に引き上げられます。
iDeCoプラスについても、本人掛金と事業主掛金を合わせた拠出枠が連動して拡大します。
従来は合計月額2万3,000円が上限でしたが、改正後は合計月額6万2,000円になります。
例えば、従業員が月額2万円を拠出し、会社が月額1万円を上乗せすれば、合計月額3万円になります。
また、従業員が月額3万円を拠出し、会社が月額2万円を上乗せすれば、合計月額5万円になります。
このように、会社と従業員が協力して老後資金を積み立てる仕組みを設計できます。
ただし、本人掛金と事業主掛金には、それぞれ制度上の最低額や設定単位などの要件があります。
事業主掛金だけを拠出し、本人掛金をゼロにすることはできません。
また、会社が自由に従業員ごとの掛金を決められるわけではなく、制度上の要件や労使合意に沿った設計が必要です。
事業主掛金は会社の損金に算入できる
iDeCoプラスの事業主掛金は、一定の要件の下で会社の損金に算入できます。
例えば、従業員20人に対して、会社が1人当たり月額1万円を拠出する場合を考えます。
会社の年間負担額は240万円になります。
従業員50人であれば年間600万円です。
会社にとっては一定の費用負担が生じますが、従業員の老後資金形成を支援する福利厚生費用として位置付けることができます。
一方、従業員本人が拠出する掛金は、小規模企業共済等掛金控除の対象になります。
事業主掛金は、従業員の通常の給与とは異なる税務上の取扱いとなります。
ただし、会社の損金に算入できることと、会社の負担額がそのまま税金の減少額になることは異なります。
実際の法人税負担軽減額は、会社の所得や適用税率などによって変わります。
制度導入の判断では、節税効果だけでなく、継続的な費用負担を考えることが重要です。
従業員の老後資金形成を後押しする効果
iDeCoプラスの大きな特徴は、従業員本人の積立に会社の支援が加わることです。
例えば、従業員が月額1万円、会社が月額1万円を20年間拠出した場合、掛金の合計は480万円になります。
本人の掛金だけで積み立てる場合の元本240万円に対して、会社の上乗せによって積立元本が2倍になります。
さらに、年率3%で運用できたと仮定すると、20年後の資産額は約657万円になります。
これは毎月末に合計2万円を積み立て、一定の利回りで運用できたとする概算であり、手数料などは考慮していません。
実際の運用成果は金融市場の状況によって異なります。
重要なのは、会社の掛金負担が長期間継続することで、従業員の老後資金形成に大きな影響を与えることです。
企業年金のない中小企業でも、従業員の将来に向けた資産形成を支援できる点に制度の意義があります。
給与を減額しない福利厚生制度としての特徴
iDeCoプラスを検討する際には、給与減額型の選択制企業年金との違いも重要です。
給与減額型の選択制企業年金では、従業員が給与の一部を減額し、その相当額を企業年金の掛金として拠出する仕組みが利用されることがあります。
この場合、給与として受け取る金額が減ることで、所得税や住民税だけでなく、社会保険料が減少する場合があります。
しかし、標準報酬月額などが下がれば、将来の老齢厚生年金や傷病手当金などの給付額に影響する可能性があります。
一方、iDeCoプラスでは、会社が従業員の給与を減額せずに事業主掛金を追加負担する設計が可能です。
この場合、通常の給与を維持しながら老後資金形成を支援できます。
ただし、iDeCoプラスを導入すれば、どのような給与設計でも社会保険上の影響が生じないという意味ではありません。
給与制度全体の設計や実際の支給方法によって、社会保険上の取扱いを確認する必要があります。
企業が福利厚生制度を選択する際には、目先の社会保険料削減だけでなく、従業員の将来の社会保障給付まで考えることが重要です。
人材確保と定着率向上への活用
中小企業にとって、人材の採用と定着は重要な経営課題です。
給与水準だけで大企業と競争することが難しい場合でも、福利厚生制度を充実させることで、従業員の働きやすさや将来への安心感を高められる可能性があります。
iDeCoプラスは、会社が従業員の老後資金形成を支援する姿勢を示せる制度です。
例えば、採用活動において、会社が毎月一定額を老後資金として拠出する制度があることを説明できます。
また、長期間勤務する従業員にとっては、会社の掛金負担が積み重なることで、将来の年金資産形成につながります。
ただし、iDeCoプラスの導入によって、必ず採用人数が増えたり、離職率が低下したりするわけではありません。
従業員が制度を理解し、実際に利用できる環境を整えることが必要です。
制度の存在だけでなく、その内容やメリットを分かりやすく伝えることが重要になります。
導入には労使合意と公平な制度設計が必要
iDeCoプラスを導入するには、一定の手続きが必要です。
まず、会社が制度の対象となる事業主の要件を満たしていることを確認します。
そのうえで、対象従業員の範囲や事業主掛金の額などについて、労使合意を行います。
制度上、一定の資格区分に基づいて対象者や掛金額を設定することは認められていますが、合理的な理由のない恣意的な取扱いは避ける必要があります。
また、従業員本人がiDeCoに加入していることが前提となるため、制度の利用を希望する従業員への説明や加入手続きの支援も重要です。
会社側には、掛金の納付や制度運営に関する事務負担が生じます。
導入前には、金融機関や制度の運営機関などに確認し、必要な手続きを整理しておくことが望まれます。
中小企業経営者が検討したい費用対効果
iDeCoプラスを導入する際には、会社の財務状況とのバランスも重要です。
例えば、従業員30人に対して月額1万円の事業主掛金を負担する場合、年間の費用は360万円になります。
月額2万円であれば年間720万円です。
福利厚生の充実は重要ですが、会社の収益や資金繰りに見合わない制度設計は、長期的な継続を難しくします。
特に中小企業では、景気変動や売上減少によって利益が大きく変動することがあります。
そのため、制度導入時には、現在の利益水準だけでなく、将来の人員増加や業績悪化の可能性も考慮する必要があります。
また、従業員の年齢構成や給与水準によって、制度に対する関心や利用状況が異なる場合があります。
会社の費用負担と従業員の利用意向を踏まえ、無理なく継続できる制度を設計することが重要です。
企業年金格差を縮小するための選択肢
企業年金の有無による老後資金の格差は、個人の努力だけでは解消しにくい問題です。
企業年金のある会社では、会社が掛金を負担することで従業員の老後資金形成を支援しています。
一方、企業年金のない会社では、従業員が自分自身の給与から老後資金を準備する必要があります。
今回のiDeCo拡充によって、企業年金のない会社員の拠出枠は大きく広がります。
しかし、本人が掛金を負担するだけでは、企業年金のある会社との経済的な格差が残ります。
iDeCoプラスは、こうした格差を縮小するための一つの方法です。
中小企業が従業員の老後資金形成を支援することで、勤務先の規模による老後保障の違いを緩和できる可能性があります。
ただし、iDeCoプラスは企業年金制度そのものではなく、加入者本人のiDeCoを会社が支援する仕組みです。
制度の特徴を理解したうえで、企業の規模や経営状況に合った福利厚生制度を選択する必要があります。
結論
2026年12月のiDeCo拡充は、中小企業の福利厚生制度を見直す重要な機会になります。
企業年金のない会社員の掛金上限が月額6万2,000円に引き上げられることで、iDeCoプラスを通じた事業主掛金の上乗せ余地も広がります。
中小企業にとっては、大規模な企業年金制度を導入しなくても、従業員の老後資金形成を支援できることが大きな特徴です。
また、会社が給与を減額せずに掛金を追加負担する設計であれば、従業員の現在の給与水準を維持しながら福利厚生を充実させることができます。
一方で、制度導入には会社の継続的な費用負担や事務手続き、労使合意などが必要です。
税制上のメリットや社会保険料への影響だけでなく、従業員の将来の生活保障を考えた制度設計が求められます。
人生100年時代において、従業員の老後資金形成を支援することは、企業の福利厚生における重要な課題です。
今回のiDeCo拡充を、中小企業が従業員の将来を支える仕組みを検討する機会にすることが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年11月1日 朝刊
「iDeCoが12月大幅拡充、利用拡大へ『企業年金弱者』加入が焦点」
厚生労働省「確定拠出年金制度」
厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」
国民年金基金連合会「iDeCo公式サイト」
国民年金基金連合会「中小事業主掛金納付制度(iDeCoプラス)」
国税庁「小規模企業共済等掛金控除」