認知症の高齢者が増加するなか、介護保険制度における要介護認定のあり方が改めて問われています。
認知症が進行して日常生活に大きな支障が生じていても、身体機能が比較的保たれているため、要介護度が低く判定されるケースがあるからです。
例えば、自分で歩くことができ、食事や着替えもある程度できる高齢者であっても、認知症によって24時間の見守りが必要になる場合があります。
外出すると自宅に戻れなくなる、薬を正しく服用できない、火の消し忘れがあるといった状況では、家族の介護負担は非常に大きくなります。
しかし、こうした見守りや精神的な負担が、要介護認定に十分反映されていないと指摘されています。
厚生労働省は、要介護認定の更新手続きの迅速化とともに、認定の判定方法についても見直しを検討しています。
今回は、認知症高齢者の要介護度が低く判定される背景と、家族が知っておきたい認定調査の注意点、今後の制度改革について解説します。
要介護認定は身体機能だけで決まるわけではない
介護保険制度では、要介護認定は要支援1から要支援2、要介護1から要介護5までの7段階に区分されています。
要介護度は、病名や年齢だけで決まるものではありません。
本人の身体機能、生活機能、認知機能、精神や行動の障害、社会生活への適応などを総合的に評価して判断されます。
認定調査では、歩行や立ち上がり、食事、排せつ、入浴などの日常生活動作に加え、記憶力や意思疎通、行動面の問題なども確認されます。
調査結果はコンピューターで分析され、介護に必要とされる時間を推計して1次判定が行われます。
さらに、医療や保健、福祉の専門家で構成する介護認定審査会が、認定調査の特記事項や主治医意見書などを参考に2次判定を行います。
したがって、現行制度でも認知症による介護の必要性は判定対象に含まれています。
問題は、認知症の症状によって生じる実際の介護の手間が、判定結果に十分反映されない場合があることです。
身体が元気でも認知症による介護負担は大きい
認知症の高齢者には、身体機能が比較的良好な人も少なくありません。
例えば、80歳の高齢者が自分で歩くことができ、食事や着替えもほぼ自立している場合を考えてみます。
身体機能だけを見れば、介護の必要性はそれほど高くないように見えるかもしれません。
しかし、認知症によって短期記憶が低下し、同じ質問を何度も繰り返したり、薬を飲んだことを忘れたりする場合があります。
また、外出すると道に迷い、自宅に戻れなくなることもあります。
さらに、ガスコンロの火を消し忘れる、金銭管理ができない、訪問販売などの契約内容を理解できないといった問題が生じる場合もあります。
こうした状況では、家族が継続的に見守る必要があります。
身体的な介助が少なくても、生活全体を支えるためには多くの時間と労力が必要になるのです。
認知症の介護では、身体機能の低下だけでなく、判断力や記憶力の低下による生活上の危険を防ぐことが重要になります。
要介護認定の1次判定には限界がある
現在の要介護認定の1次判定は、主に施設入所者などの介護に関するデータを基礎として構築されてきました。
認定調査の結果をコンピューターで分析し、介護に必要とされる時間を推計します。
この時間は、要介護認定等基準時間と呼ばれます。
ただし、実際に家族が介護に費やした時間をそのまま計算するものではありません。
統計的な方法によって、標準的な介護の必要性を推計する仕組みです。
そのため、在宅で生活する認知症高齢者について、家族が行っている見守りや声かけなどの負担を十分に表現できない場合があります。
例えば、食事を自分で口に運ぶことができても、食事を始めるよう何度も促す必要がある人もいます。
着替えも身体的には可能であっても、季節に合った衣服を選べず、家族が毎日確認しなければならない場合があります。
こうした介護の手間は、身体を直接支える介助とは異なるため、把握が難しい側面があります。
厚生労働省は、在宅介護や通所介護などの利用者の実態を、1次判定の仕組みにより適切に反映できないか検討しています。
認知症の見守りは家族の生活を大きく制約する
認知症介護の特徴は、介護に必要な時間だけでなく、家族が自由に行動できなくなることにもあります。
例えば、認知症の親と同居している家族が、買い物や仕事のために外出しようとしても、本人を一人にしておくことが難しい場合があります。
夜間に何度も起きて家の中を歩き回る場合には、家族の睡眠時間が削られることもあります。
また、本人が不安を感じて同じ質問を繰り返す場合には、その都度説明や声かけが必要になります。
こうした対応は、身体的な介助とは異なりますが、家族にとって大きな負担です。
特に働きながら親の介護を担う人にとって、継続的な見守りは仕事との両立を難しくする要因となります。
介護離職を防ぐためにも、認知症による介護負担を適切に評価し、必要なサービスにつなげることが重要です。
ただし、家族が感じる精神的な負担のすべてを要介護度に直接反映できるわけではありません。
要介護認定は、本人に必要な介護の程度を全国共通の基準で評価する制度だからです。
そのため、認定制度の改善とともに、家族への相談支援や見守りサービスの充実も必要になります。
認定調査では普段の生活状況を正確に伝えることが重要
認知症高齢者の要介護認定では、認定調査の際に普段の生活状況を正確に伝えることが大切です。
認知症の症状には日によって変動がある場合があります。
また、調査員が訪問したときには、本人が普段よりしっかり受け答えできることもあります。
例えば、日常生活では薬の飲み忘れが頻繁にあるにもかかわらず、調査時には本人が問題なく服薬できていると説明する場合があります。
また、普段は家族が食事や着替えを促していても、本人が自分ですべてできると答えることも考えられます。
このような場合、本人の説明だけでは実際の介護状況を十分に把握できない可能性があります。
家族は、日常生活でどのような支援を行っているのかを具体的に伝えることが重要です。
例えば、服薬管理のために毎日何回確認しているのか、外出時に付き添いが必要なのか、夜間にどのような見守りを行っているのかなどです。
認定調査の前に、困っていることを記録しておく方法も有効です。
単に認知症が進んでいると説明するのではなく、具体的な生活上の支障を伝えることが、適切な認定につながります。
主治医意見書にも認知症の実態を反映させる
要介護認定では、主治医意見書も重要な判断材料になります。
主治医意見書には、認知症の症状や日常生活への影響、医学的管理の必要性などが記載されます。
しかし、診察時間が短い場合には、医師が家庭での生活状況を十分に把握できないことがあります。
例えば、診察室では落ち着いて会話できる高齢者でも、自宅では夜間の混乱や外出時の道迷いなどが生じている場合があります。
こうした情報は、家族が医師に伝えなければ把握しにくいことがあります。
そのため、認知症の高齢者を介護する家族は、日常生活で困っていることを主治医にも具体的に伝えることが重要です。
服薬管理、金銭管理、外出、食事、排せつ、睡眠など、生活上の問題を整理して相談するとよいでしょう。
認定調査と主治医意見書の双方に実態が適切に反映されることで、介護認定審査会もより正確な判断を行いやすくなります。
要介護度が低いと利用できるサービスにも影響する
要介護認定の結果は、介護保険サービスの利用に大きく影響します。
在宅介護では、要介護度に応じて区分支給限度基準額が設定されています。
この限度額は、介護保険から給付される居宅サービスなどの利用額の上限を定めるものです。
要介護度が低い場合、利用できるサービスの種類や保険給付の限度額に制約が生じることがあります。
例えば、認知症によって日常的な見守りが必要であっても、要介護度が低い場合には、家族が希望するサービスを十分に組み合わせられない可能性があります。
ただし、要介護度が低いからといって、認知症に対応するサービスが一切利用できないわけではありません。
認知症対応型通所介護など、本人の状態や認定区分に応じて利用できるサービスもあります。
重要なのは、要介護度の数字だけで判断するのではなく、本人に必要な支援を具体的に検討することです。
担当ケアマネジャーや地域包括支援センターと相談し、利用可能なサービスを確認することが大切です。
認知症が進行した場合は区分変更申請も検討する
要介護認定には有効期間が設けられています。
原則として新規認定は6カ月、更新認定は12カ月ですが、本人の状態などに応じて有効期間が変更される場合もあります。
認定期間中に認知症が進行し、介護の必要性が高まることもあります。
その場合、次の更新時期まで待つ必要はありません。
本人の心身状態が変化した場合には、要介護状態区分の変更申請を行うことができます。
例えば、要介護1の認定を受けていた高齢者が、認知症の進行によって日常生活の多くの場面で介助を必要とするようになった場合には、区分変更申請を検討することが考えられます。
ただし、申請したからといって必ず要介護度が上がるわけではありません。
認定調査や主治医意見書などに基づいて、改めて判断されます。
家族だけで判断せず、担当ケアマネジャーや市町村の介護保険担当窓口に相談することが重要です。
今後の制度改革では在宅介護の実態把握が重要になる
厚生労働省は、要介護認定の更新手続きの迅速化とともに、判定方法の見直しも検討しています。
そのなかで重要になるのが、在宅介護や通所介護を利用する高齢者の実態を、認定基準にどのように反映するかという問題です。
現在の認定制度は、全国共通の基準によって公平性を確保する仕組みとなっています。
一方で、認知症高齢者の生活状況や介護負担は多様化しています。
身体機能が比較的良好でも、認知機能の低下によって継続的な支援が必要になる人もいます。
今後は、身体的な介助だけでなく、認知症による見守りや行動面への対応などを、より適切に評価する仕組みが求められます。
ただし、判定基準を見直す場合には、全国で公平な認定が行われるよう、客観的なデータに基づく検証が必要です。
認知症の症状や介護負担を適切に把握しながら、制度の透明性と公平性を維持することが重要になります。
結論
認知症高齢者の要介護認定では、身体機能が比較的保たれている場合に、実際の介護負担と認定結果が一致しないことがあります。
認知症による介護では、食事や入浴などの身体的な介助だけでなく、服薬管理、外出時の見守り、夜間の対応など、多様な支援が必要になります。
こうした介護の手間を適切に評価することは、高齢者本人の生活を支えるだけでなく、家族の負担軽減にもつながります。
厚生労働省は、要介護認定の判定方法について、在宅介護や通所介護の利用者の実態をより適切に反映できないか検討しています。
一方、家族にとっては、認定調査や主治医への相談の際に、日常生活で必要な介助や見守りの内容を具体的に伝えることが重要です。
また、認定期間中に認知症が進行した場合には、区分変更申請を検討することもできます。
人生100年時代において、認知症は多くの高齢者と家族に関わる重要な課題です。
今後の介護保険制度では、身体機能だけでなく、認知機能や生活上の支援の必要性を適切に評価する仕組みが一層重要になると考えられます。
参考
日本経済新聞 2026年10月22日 要介護認定の更新を迅速に 簡素な審査の対象者を拡大へ、厚労省検討
厚生労働省 要介護認定の仕組み
厚生労働省 社会保障審議会介護保険部会 要介護認定制度に関する検討資料
厚生労働省 認知症施策に関する資料