日本の農業が大きな転換点を迎えています。農業経営者の高齢化が進む一方、後継者不足によって事業の継続が難しくなる農家や農業法人が増えています。農地や農業機械が残っていても、経営を引き継ぐ人がいなければ、生産活動を続けることはできません。
こうしたなか、JR東日本が岩手県の農業法人の事業承継に乗り出しました。鉄道会社が農業法人に出資し、経営支援を行うという新しい取り組みです。
この動きは、日本の農業が抱える後継者不足を解決する一つの方向性を示しています。従来の親族内承継に加えて、外部企業などが経営を引き継ぐ第三者承継の重要性が高まっているのです。
今回は、農業法人の後継者不足の実態、第三者承継の仕組み、中小企業の事業承継との違い、今後の課題について考えます。
農業経営者の高齢化が進む日本
日本の農業では、長年にわたって農業従事者の減少と高齢化が進んできました。
農林水産省の統計によると、2024年の基幹的農業従事者は約111万人で、平均年齢は69.2歳となっています。
基幹的農業従事者とは、個人経営体で普段仕事として主に自営農業に従事している人を指します。
平均年齢が70歳近くに達していることは、今後10年程度で多くの農業経営者が引退時期を迎える可能性を示しています。
農業では、親から子へ経営を引き継ぐ親族内承継が長く中心的な役割を果たしてきました。
しかし、子どもが都市部で就職している場合や、農業以外の仕事に従事している場合には、親族内での承継が難しくなります。
農業経営には、栽培技術だけでなく、設備投資、資金繰り、販売先の確保、従業員管理など幅広い能力が求められます。
そのため、農業経験のない親族が短期間で経営を引き継ぐことは容易ではありません。
農業経営者の高齢化は、単なる人手不足ではなく、経営そのものを誰が引き継ぐのかという問題になっています。
後継者不足が耕作放棄地を増やす
農業経営者が引退し、後継者が見つからなければ、それまで耕作していた農地が利用されなくなる可能性があります。
農地が継続的に管理されなければ、雑草の繁茂や農業用水路の機能低下などが進みます。
一度荒廃した農地を再び耕作できる状態に戻すには、相応の費用と労力が必要になります。
また、農地の荒廃は周辺の農家にも影響します。
例えば、隣接する農地が管理されなくなると、雑草や病害虫の発生によって周辺農地の生産環境が悪化する可能性があります。
農業用水路や農道の維持管理も、地域の農業従事者が共同で担っている場合が少なくありません。
農家の減少は、こうした共同管理の仕組みを維持することも難しくします。
JR東日本が農業法人の事業承継に取り組む背景にも、沿線地域で進む農業の衰退があります。
同社は、東北地方や信越地方などの主要なコメ産地を営業エリアに抱えています。
農業が衰退すれば、地域の人口減少や経済活動の縮小につながり、鉄道の利用需要にも影響する可能性があります。
農業の後継者不足は、農家だけでなく地域経済全体の問題なのです。
親族内承継から第三者承継への転換
事業承継には、大きく分けて親族内承継、従業員承継、第三者承継という3つの方法があります。
親族内承継は、子どもや親族が経営を引き継ぐ方法です。
従業員承継は、長年勤務してきた従業員や役員が経営者になる方法です。
第三者承継は、親族や既存の従業員以外の個人や企業が事業を引き継ぐ方法です。
農業法人の場合、第三者承継の方法として株式譲渡や事業譲渡などが考えられます。
例えば、後継者がいない農業法人の株式を外部企業が取得し、経営体制を再構築する方法です。
法人そのものを存続させることができれば、従業員の雇用や既存の取引関係を維持しやすくなります。
ただし、農地の所有や利用には農地法などの規制があり、一般企業の株式取得とは異なる検討が必要です。
特に農地を所有する農業法人では、株主構成や役員の農業従事状況などが農地所有適格法人の要件に関係します。
第三者承継は有力な選択肢ですが、通常の企業買収と同じ方法で進められるとは限りません。
JR東日本による事業承継の特徴
JR東日本は2026年4月、大手コメ卸のヤマタネ、農業人材サービスを展開するYUIMEと共同で、JR東日本豊里創生を設立しました。
新会社は、後継者不足などの課題を抱える農業法人に出資し、経営支援を行います。
2026年7月には、岩手県花巻市のはなまき農産の株式を取得し、共同経営を開始しました。
はなまき農産は、約50ヘクタールの農地で稲作などを営む農業法人です。
今回の事業承継では、法人の名称を維持し、従業員の雇用も継続しています。
注目したいのは、農業法人を単に買収するのではなく、既存の生産基盤を活用して経営規模を拡大しようとしている点です。
周辺の農家から生産を受託し、農地の集約を進めることで、生産性の向上を目指しています。
また、JR東日本の人材ネットワーク、ヤマタネの販売力、YUIMEの農業人材に関する知見を組み合わせる構想です。
農業法人が単独では確保しにくい経営資源を、複数の企業が連携して提供する仕組みといえます。
農業法人の事業承継と中小企業のM&A
農業法人の事業承継は、一般的な中小企業のM&Aと共通する部分があります。
例えば、株式譲渡によって法人の経営権を引き継ぐ場合、買い手は対象法人の財務内容や事業の継続可能性を調査します。
具体的には、保有資産、借入金、収益性、取引先との契約、従業員の雇用状況などを確認します。
農業法人の場合には、さらに農地の権利関係、農業機械の状態、栽培品目、農業補助金の交付条件などが重要になります。
例えば、農業法人が利用する農地の大部分を賃借している場合、承継後も継続して利用できるかを確認する必要があります。
また、農業機械が老朽化していれば、承継後に多額の設備投資が必要になる可能性があります。
帳簿上は利益が出ていても、将来の設備更新費用を考慮すると、実際の経営負担が大きい場合もあります。
そのため、農業法人の企業価値を評価する際には、過去の決算書だけでなく、将来のキャッシュフローや設備投資計画も重要になります。
事業承継は、単に経営者を交代させる手続きではありません。
承継後も事業が継続して利益を生み出せるかどうかが、最も重要な判断基準になります。
第三者承継によって期待される経営改善
外部企業が農業法人の経営に参加することで、複数の経営改善効果が期待されます。
第1に、資金調達力の強化です。
農業法人では、農業機械や施設への設備投資が大きな負担になる場合があります。
資金力のある企業が出資することで、必要な設備投資を計画的に進めやすくなります。
第2に、経営管理の高度化です。
農業法人では、栽培技術に優れていても、財務管理や原価管理に十分な人員を配置できない場合があります。
外部企業が経理や経営計画の策定を支援することで、収益構造を把握しやすくなります。
第3に、販路の拡大です。
生産した農産物を安定的に販売するためには、卸売業者や食品メーカー、小売業者との関係構築が重要です。
JR東日本の取り組みでは、ヤマタネの販売網やJR東日本の物流ネットワークを活用できる可能性があります。
第4に、人材確保です。
農業の繁忙期には多くの労働力が必要になります。
外部企業の人材ネットワークを活用することで、人手不足を補う仕組みを構築できる可能性があります。
こうした経営資源を組み合わせることが、第三者承継の大きな利点です。
第三者承継には課題もある
一方、第三者承継には注意すべき課題もあります。
まず、買い手と売り手の間で経営方針が一致しない可能性があります。
従来の経営者が地域との関係や伝統的な栽培方法を重視していた場合、買い手が収益性を優先することで対立が生じることも考えられます。
また、農業法人の経営は地域社会との関係に支えられています。
農地の利用調整、農業用水の管理、共同作業などでは、周辺農家や地域住民との協力が必要です。
外部企業が経営に参加する場合でも、地域との信頼関係を維持することが欠かせません。
さらに、農業には天候不順や自然災害、農産物価格の変動といったリスクがあります。
一般企業の経営手法を導入すれば、すべての問題が解決するわけではありません。
農業特有のリスクを理解し、長期的な視点で経営を支える姿勢が求められます。
事業承継を成功させるために必要なこと
農業法人の第三者承継を成功させるためには、承継前の調査と承継後の経営計画が重要です。
承継前には、財務内容、農地の権利関係、従業員の雇用、設備の状態、取引先との契約などを確認する必要があります。
特に農業法人では、農地所有適格法人の要件や農地の利用権限について慎重な検討が求められます。
また、承継後には中長期の経営計画を策定することが重要です。
例えば、今後5年間で作付面積をどの程度拡大するのか、設備投資にいくら必要なのか、従業員を何人確保するのかなどを具体的に検討します。
売上高や利益だけでなく、キャッシュフローや借入金返済能力も確認する必要があります。
さらに、地域との関係維持も重要な経営課題です。
農業法人は地域の農地や水資源を利用して事業を営んでいます。
経営効率の向上と地域社会への貢献を両立することが、持続可能な農業経営につながります。
結論
日本の農業が直面する後継者不足は、今後さらに重要性を増す構造的な課題です。
農業経営者の高齢化が進むなか、従来の親族内承継だけで農業生産基盤を維持することは難しくなっています。
そのため、従業員承継や第三者承継を含めた多様な事業承継の仕組みが必要になります。
JR東日本による農業法人の事業承継は、外部企業の資金力、経営管理能力、人材ネットワーク、物流網などを活用する新しい取り組みです。
ただし、第三者承継を成功させるためには、農地法などの制度への対応に加え、農業経営の収益性や地域社会との関係を十分に考慮する必要があります。
特に重要なのは、農業法人を引き継ぐこと自体を目的にするのではなく、承継後の経営を安定させ、将来にわたって農業生産を継続できる仕組みを構築することです。
農業の事業承継は、農地や設備だけでなく、栽培技術、従業員の経験、地域との信頼関係を次世代に引き継ぐ取り組みでもあります。
今後は農業分野でも、企業間M&Aや外部資本の活用が重要な役割を果たす可能性があります。
JR東日本の挑戦は、農業法人の第三者承継が日本の農業再生につながるかを考えるうえで、注目すべき事例といえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年10月22日 JR東日本、岩手の農業法人を事業承継 コメ農家の生産性向上を後押し
農林水産省 2024年 農業構造動態調査
農林水産省 2025年 農林業センサス
農林水産省 農地所有適格法人制度に関する資料