2026年10月22日
ストックオプションを付与された従業員が、転職や独立を考えたとき、最も注意すべき問題の一つが退職時の取り扱いです。
ストックオプションは、企業が将来成長した場合に、従業員が株式を通じて経済的な利益を得られる制度です。しかし、ストックオプションを付与されたからといって、その権利を必ず行使できるわけではありません。
企業によっては、一定期間勤務しなければ権利が確定しない条件や、退職すると権利が消滅する条件が設けられています。
例えば、将来3,000万円の利益が期待できるストックオプションを保有していても、退職時の条件によっては、その利益を受け取れなくなる可能性があります。
特にスタートアップ企業では、株式上場までに長い時間がかかる場合があります。その間に結婚、出産、住宅購入、親の介護など、人生の状況が変化することもあるでしょう。
人生100年時代には、一つの会社で働き続けるだけでなく、転職、独立、起業、再就職など、複数のキャリアを経験する可能性があります。
今回は、ストックオプションの権利確定条件、退職時の権利消滅、税務上の取り扱いなどを整理し、転職前に確認すべき重要事項を考えてみます。
ストックオプションは付与された時点で確定するとは限らない
ストックオプションを理解するうえで重要なのが、権利の付与と権利の確定を区別することです。
企業からストックオプションを付与されても、直ちにすべての権利を行使できるとは限りません。
多くの企業では、一定期間の勤務や業績目標の達成などを条件として、段階的に権利を確定させる仕組みを採用しています。
これをベスティングといいます。
例えば、入社時に4,000株分のストックオプションを付与された従業員を考えてみましょう。
契約では、4年間にわたって毎年1,000株ずつ権利が確定するものとします。
この場合、入社から1年後には1,000株、2年後には2,000株、3年後には3,000株、4年後には4,000株の権利が確定します。
ただし、これは単純化した例です。
実際には、一定期間が経過するまで権利が全く確定しないクリフと呼ばれる条件を設ける場合もあります。
例えば、入社後1年間は権利が確定せず、1年経過時点で一定割合がまとめて確定する仕組みです。
企業側には、従業員の長期的な勤務を促す効果があります。
一方、従業員にとっては、退職する時期によって受け取れる権利の数が大きく変わる可能性があります。
退職によって未確定の権利が消滅する場合
ストックオプションには、退職時に未確定の権利が消滅する条件が設けられていることがあります。
例えば、4年間で4,000株分の権利が確定する契約を結んでいた従業員が、入社2年後に退職した場合を考えます。
2年間で2,000株分の権利が確定していても、残り2,000株分は未確定です。
契約で未確定部分が退職時に失効すると定められていれば、残りの権利を取得できません。
仮に将来、1株当たり5,000円の利益が生じるとすれば、失効した2,000株分の潜在的な利益は1,000万円になります。
ただし、この1,000万円は将来の株価上昇を前提とした仮定上の金額であり、確実に得られる利益ではありません。
企業が予定通りに成長しなければ、権利が確定していても利益が生じない場合があります。
重要なのは、転職時点で未確定の権利がどれだけ存在するかを把握することです。
給与や賞与だけでなく、失効する可能性のあるストックオプションの価値も考慮する必要があります。
確定済みの権利も退職後に消滅することがある
さらに注意したいのは、権利が確定していても、退職後に行使できるとは限らないことです。
ストックオプションには、権利行使時に従業員であることを条件とする契約もあります。
この場合、退職によって確定済みの権利まで行使できなくなる可能性があります。
一方、退職後も一定期間は権利行使を認める契約もあります。
例えば、退職後90日以内に権利を行使する必要があると定められている場合です。
このような契約では、退職後に短期間で権利行使の判断をしなければなりません。
ただし、退職後90日という期間はあくまで契約例であり、日本のストックオプションに共通する法定期間ではありません。
退職後の権利行使を認めるかどうか、その期間をどの程度とするかは、契約内容によって異なります。
また、退職時に権利が消滅する条件がある場合でも、実際の権利関係は新株予約権の発行要項や割当契約などに基づいて判断する必要があります。
就職時に制度の説明を受けていても、退職時の条件を十分に理解していないケースは考えられます。
転職を決断する前に、契約書を改めて確認することが重要です。
自己都合退職と会社都合退職では取り扱いが異なる場合
ストックオプションの退職時の取り扱いは、退職理由によって異なる場合があります。
例えば、自己都合退職では未行使の権利が失効する一方、会社都合退職では一定の権利行使を認める契約が考えられます。
また、定年退職、死亡、障害、会社の組織再編などについて、特別な取り扱いを設ける場合もあります。
海外では、退職理由に応じて権利を維持できるかどうかを区別する制度設計もみられます。
ただし、日本のストックオプションについて、自己都合退職なら必ず失効し、会社都合退職なら必ず維持されるという統一的なルールがあるわけではありません。
契約によって取り扱いが異なります。
例えば、会社の事業再編によって従業員が別会社へ転籍する場合、ストックオプションの権利が維持されるかどうかは重要な問題です。
本人の意思によらない退職や転籍であっても、契約上の条件によっては権利に影響する可能性があります。
そのため、退職理由に応じた取り扱いを事前に確認することが必要です。
退職時に権利行使資金が必要になる問題
退職後もストックオプションを行使できる場合であっても、資金面の問題があります。
例えば、1株500円で購入できるストックオプションを2万株分保有している場合を考えます。
すべての権利を行使するには1,000万円が必要です。
仮に株式の評価額が1株2,000円であれば、取得する株式の評価額は4,000万円になります。
単純計算では3,000万円の含み益が生じます。
しかし、企業が未上場であれば、株式をすぐに売却できるとは限りません。
退職に伴って短期間で権利行使する必要がある場合、1,000万円の資金を準備しなければならない可能性があります。
さらに、税制非適格ストックオプションでは、権利行使時に課税が発生する場合があります。
つまり、株式を現金化できない段階で、権利行使費用と納税資金の両方が必要になる可能性があるのです。
ストックオプションの将来価値が大きくても、必要な資金を準備できなければ、権利を行使することが難しくなります。
転職時には、権利行使に必要な資金も確認する必要があります。
税制適格ストックオプションと退職の関係
税制適格ストックオプションでは、一定の要件を満たすことで、権利行使時の課税が繰り延べられます。
その後、取得した株式を売却した際に、原則として株式の譲渡所得として課税されます。
一般的な株式譲渡益に対する税率は20.315%です。
ここで注意したいのは、退職したことだけを理由として、必ず税制適格の取り扱いが失われるわけではないという点です。
退職後の権利行使が契約上認められており、税制適格要件を満たしていれば、税制上の優遇措置を受けられる場合があります。
ただし、税制適格ストックオプションには、権利行使期間や権利行使価額、年間権利行使価額の上限、株式管理などの要件があります。
例えば、原則として付与決議の日から2年を経過した日以後でなければ、税制適格として権利を行使できません。
一方、契約で退職後の権利行使期間が短く設定されている場合には、税制上の要件と契約上の期限が両立しない可能性があります。
このような場合、税制上の問題が生じるだけでなく、権利そのものを行使できないことも考えられます。
退職時には、契約条件と税制適格要件の両方を確認することが重要です。
転職先の報酬と比較する際の考え方
ストックオプションを保有している人が転職する場合、現在の給与と転職先の給与だけを比較するのは十分ではありません。
例えば、現在の年収が1,000万円で、転職先から年収1,200万円を提示されたケースを考えます。
給与だけを見れば、年間200万円の増収です。
しかし、現在の勤務先で保有するストックオプションのうち、退職によって失効する部分がある場合には、その影響も考える必要があります。
仮に、退職によって失効する権利の将来利益が2,000万円と試算されていたとしても、その金額が確実に得られるわけではありません。
企業が上場できない場合や、株価が期待したほど上昇しない場合には、利益が生じない可能性があります。
そのため、将来利益の予想額をそのまま給与と比較することは適切ではありません。
権利が確定する可能性、企業の成長可能性、株式の換金可能性、税金、権利行使費用などを考慮する必要があります。
また、転職先でもストックオプションが付与される場合には、両社の制度を比較することが重要です。
付与株数だけでなく、企業価値に対する持分割合、権利行使価額、権利確定条件などを確認する必要があります。
転職を妨げる制度にならないために
ストックオプションには、従業員の長期的な勤務を促す効果があります。
企業にとって、優秀な人材の流出を防ぐことは重要な経営課題です。
特にスタートアップ企業では、技術者や経営幹部の退職が事業の成長に大きな影響を与える場合があります。
そのため、一定期間勤務することで権利が確定する仕組みには合理性があります。
一方、退職によって多額の権利が失われる制度は、従業員の転職や独立を妨げる要因になることもあります。
従業員が企業の成長に貢献していても、退職によってすべての権利が消滅する場合には、報酬制度としての公平性が問題になる可能性があります。
企業側には、人材の定着と従業員のキャリア形成の自由とのバランスを考えた制度設計が求められます。
例えば、一定期間勤務した従業員については、退職後も確定済みの権利を維持できる仕組みが考えられます。
また、退職理由に応じて権利行使期間を柔軟に設定する方法もあります。
ただし、制度設計に当たっては、税制適格要件や株式管理、既存株主への影響などを考慮する必要があります。
60代以降の転職では特に注意が必要
ストックオプションの退職時の取り扱いは、60代以降の専門人材にとっても重要です。
近年は、スタートアップ企業が大企業で経験を積んだ財務、経理、税務、法務、内部統制などの専門人材を採用する可能性があります。
例えば、65歳でスタートアップ企業に参画し、4年間で権利が確定するストックオプションを付与された場合を考えます。
すべての権利が確定するのは69歳です。
しかし、健康状態や家族の事情などによって、予定より早く退職する可能性もあります。
その場合、未確定の権利が失効することがあります。
また、権利が確定していても、退職後の行使期間が短ければ、十分な資金を準備できない可能性があります。
60代以降は、現金報酬の安定性や老後資金の確保も重要です。
そのため、ストックオプションの将来価値だけで転職を判断することは避ける必要があります。
公的年金、退職金、預貯金、金融資産などを含めた生活設計と、ストックオプションの権利確定時期を照らし合わせることが重要です。
人生100年時代には、専門知識や経験を生かして新しい企業に挑戦する働き方が広がる可能性があります。
その際には、報酬制度の内容を十分に理解することが欠かせません。
退職前に確認したい契約上の重要事項
ストックオプションを保有している従業員が転職や独立を検討する場合、退職前に契約内容を確認する必要があります。
まず、付与されたストックオプションの総数と、すでに権利が確定している数を確認します。
次に、未確定の権利が退職によって失効するかどうかを確認します。
さらに、確定済みの権利について、退職後も行使できるかを確認します。
退職後の権利行使期限も重要です。
また、自己都合退職、会社都合退職、定年退職などによって取り扱いが異なるかどうかも確認する必要があります。
権利行使価額と必要資金、税制適格かどうか、株式の売却制限なども重要な項目です。
特に未上場企業では、権利を行使して株式を取得しても、すぐに売却できるとは限りません。
そのため、退職後の生活資金や納税資金を確保できるかどうかも検討する必要があります。
ストックオプションの契約内容は企業によって異なります。
退職時の条件が不明確な場合には、企業の担当者に確認し、必要に応じて税理士や弁護士などの専門家に相談することが望ましいでしょう。
結論
ストックオプションは、企業の成長によって従業員が将来の利益を得られる可能性がある報酬制度です。
しかし、付与された時点で将来の利益が保証されるわけではありません。
特に退職時には、未確定の権利が失効したり、確定済みの権利についても行使が制限されたりする場合があります。
また、退職後に権利行使が認められていても、権利行使費用や納税資金を確保できなければ、実際に利益を得ることが難しくなる可能性があります。
税制適格ストックオプションについても、契約条件と税制上の要件を確認する必要があります。
転職や独立を検討する際には、現在の給与と転職先の給与だけでなく、ストックオプションの権利確定状況や退職時の取り扱いを総合的に判断することが重要です。
特に人生100年時代には、転職、独立、起業、再就職など、複数のキャリアを経験する可能性があります。
ストックオプションは、将来の資産形成を支える可能性がある一方、契約内容によってはキャリア選択を制約することもあります。
大切なのは、ストックオプションの将来価値だけに注目するのではなく、権利がいつ確定し、どのような条件で行使でき、退職後にどうなるのかを正確に理解することです。
企業の成長成果を適切に受け取りながら、自分自身のキャリアを主体的に選択するためにも、退職時の条件を確認することが欠かせません。
参考
日本経済新聞 2026年10月21日 ストックオプション、就活の検討材料に 働く意欲と将来の報酬を左右
日本経済新聞 2026年10月17日 未上場ストックオプション取引、エヌストックが仲介 社員の換金手軽に
国税庁 ストックオプションに対する課税
経済産業省 ストックオプション税制に関する資料
法務省 会社法における新株予約権に関する規定