2026年10月22日
ストックオプションは、企業の成長によって従業員が大きな利益を得られる可能性がある報酬制度です。しかし、企業価値が上昇しても、その利益をすぐに現金化できるとは限りません。
特に未上場のスタートアップ企業では、株式を自由に売買できる市場が十分に整備されていないことが大きな課題となってきました。
株式上場まで10年以上かかる企業もあります。企業が順調に成長していても、従業員がストックオプションによる利益を受け取るまで長期間待たなければならない場合があります。
こうした状況を変える動きが始まっています。
2026年10月、未上場スタートアップの株式報酬に関するサービスを手掛けるNstockが、ストックオプションの権利行使によって取得する株式の売買仲介を始めると発表しました。
未上場企業の従業員にとって、株式上場以外にも資産を現金化する選択肢が広がる可能性があります。
今回は、未上場株式の流通市場が変わり始めた背景と、ストックオプションを保有する従業員、企業経営者、投資家への影響を考えてみます。
ストックオプションの最大の課題は換金の難しさ
ストックオプションは、あらかじめ決められた価格で自社の株式を取得できる権利です。
例えば、従業員が1株100円で購入できるストックオプションを1万株分保有しているとします。
その後、企業が成長し、株式の評価額が1株2,000円になった場合を考えてみましょう。
従業員は100万円を支払って、評価額2,000万円の株式を取得できる可能性があります。
単純計算では1,900万円の含み益が生じることになります。
しかし、企業が未上場であれば、評価額2,000万円の株式をすぐに売却できるとは限りません。
株式市場で自由に売買できる上場株式とは異なり、未上場株式には売却先が限られるという問題があります。
また、株式に譲渡制限が設けられている場合には、会社の承認が必要になることもあります。
つまり、企業価値が上昇しても、その価値を現金として受け取れるとは限らないのです。
この問題は、ストックオプションの魅力を制約する大きな要因となってきました。
株式上場まで待つことの負担
スタートアップ企業の成長には長い時間がかかることがあります。
創業から株式上場までの期間は企業によって異なりますが、研究開発や事業拡大に多額の資金を必要とする企業では、長期化する場合があります。
従業員にとって、その期間を待ち続けることは簡単ではありません。
20代で入社した従業員も、10年後には30代になります。
結婚、出産、住宅購入、子どもの教育など、ライフステージが変化する可能性があります。
例えば、30代の従業員が住宅購入の頭金として1,000万円を必要としていても、保有するストックオプションを現金化できなければ、その資金を利用することはできません。
企業価値が高く評価されていても、日常生活で使える資金とは異なるからです。
また、転職を考える場合にも問題が生じます。
退職によってストックオプションの権利が失われる契約であれば、従業員は転職をためらう可能性があります。
こうした状況は、企業による人材の定着につながる一方、個人の自由なキャリア形成を制約する側面もあります。
未上場株式の流通市場が整備されれば、こうした問題を緩和できる可能性があります。
Nstockが始める未上場株式の売買仲介
2026年10月16日、Nstockは未上場スタートアップのストックオプションに由来する株式の売買仲介を始めると発表しました。
従業員が保有するストックオプションについて、権利行使による株式取得と売却を支援する仕組みです。
従来、未上場企業の従業員が株式報酬を現金化するには、株式上場や企業買収などの機会を待つことが一般的でした。
新しいサービスによって、一定の条件を満たせば、上場前でも売却できる可能性が生まれます。
背景には、金融商品取引業に関する制度整備があります。
金融庁は2025年、未上場有価証券の仲介を促進するため、一定の条件の下で第一種金融商品取引業の登録要件を緩和した制度を設けました。
Nstockは、この制度を活用してサービスを展開します。
ただし、すべてのストックオプションや未上場株式が自由に売買できるわけではありません。
対象企業の条件、株式の譲渡制限、売却可能な株数、買い手の存在などによって取引の可否は異なります。
未上場株式の流通市場が整備され始めた段階であり、今後の利用拡大が注目されます。
ストックオプションそのものと株式の売却は異なる
ここで重要なのは、ストックオプションそのものを売却することと、権利行使によって取得した株式を売却することは異なるという点です。
ストックオプションには、一般的に譲渡制限が設けられています。
特に税制適格ストックオプションでは、権利を譲渡できないことが要件の一つです。
そのため、従業員が保有するストックオプションを第三者へ自由に売却することは、通常想定されていません。
一方、権利を行使して取得した株式については、会社法上の手続きや契約条件などを満たせば、売却できる場合があります。
例えば、従業員がストックオプションを行使して1万株を取得し、その株式を投資家に売却する仕組みです。
ただし、未上場企業では株式に譲渡制限が設けられていることが多く、会社の承認が必要になる場合があります。
また、株式の売却方法によって税制適格要件への影響が生じないか確認することも重要です。
したがって、未上場株式の流通市場が拡大したとしても、ストックオプションを保有していれば必ず現金化できるわけではありません。
制度の内容と契約条件を正確に理解する必要があります。
未上場株式の価格はどのように決まるのか
未上場株式の売買で難しい問題の一つが、価格の決定です。
上場株式には証券取引所で形成される市場価格があります。
一方、未上場株式には継続的な市場価格が存在しないことが一般的です。
そのため、企業価値の評価には複数の方法が用いられます。
例えば、将来の利益やキャッシュフローを基に評価する方法があります。
また、類似する上場企業の株価指標を参考にする方法もあります。
スタートアップ企業では、直近の資金調達時に投資家が評価した企業価値が参考になることもあります。
ただし、資金調達時の評価額が、そのまま従業員の保有株式の売却価格になるとは限りません。
投資家が取得する優先株式と、従業員が取得する普通株式では、権利内容が異なる場合があるためです。
さらに、未上場株式は換金しにくいため、流動性の低さが価格に反映されることもあります。
例えば、資金調達時の企業価値が100億円だったとしても、従業員が保有する株式を同じ評価額で売却できるとは限りません。
買い手が求める利回りやリスクによって、取引価格が変わる可能性があります。
未上場株式の売買では、価格の妥当性を慎重に判断する必要があります。
企業にとっても人材採用の武器になる
未上場株式の換金機会が広がることは、従業員だけでなく企業にもメリットがあります。
これまで、ストックオプションは将来の株式上場によって利益を得られる制度として説明されることが一般的でした。
しかし、上場までの期間が長期化すれば、従業員が報酬としての価値を実感しにくくなります。
上場前でも一定の条件で株式を売却できるようになれば、ストックオプションの魅力が高まる可能性があります。
例えば、大企業で年収1,200万円を得ている専門人材に対して、スタートアップ企業が年収1,000万円とストックオプションを提示する場合を考えてみましょう。
従来は、将来の上場によって利益を得られるかどうかが重要な判断材料でした。
しかし、上場前の換金機会が広がれば、報酬を現金化できる時期についても新しい選択肢が生まれます。
もっとも、売却できる時期や金額が保証されるわけではありません。
企業側にも、株式の譲渡承認や株主構成の管理など、新たな実務上の対応が必要になります。
未上場株式の流通市場は、人材採用の競争力を高める可能性がある一方、適切な制度設計が欠かせません。
既存株主と新しい投資家への影響
未上場株式の流通市場が広がると、既存株主や新しい投資家にも影響が及びます。
従業員が保有株式を売却すれば、その株式を新たな投資家が取得することになります。
この場合、既存株式の売買であれば、原則として新株発行による株式の希薄化は生じません。
ただし、ストックオプションの権利行使に伴って新株が発行される場合には、既存株主の持分割合が低下することがあります。
したがって、権利行使と株式売却を分けて考える必要があります。
また、未上場企業にとって、株主構成の管理は重要な経営課題です。
株式を取得する投資家が増えることで、株主対応や情報管理の負担が増加する可能性があります。
一方、投資家にとっては、成長段階にある未上場企業へ投資する機会が広がることになります。
ただし、未上場株式は情報開示が限られており、企業価値の評価も難しいという特徴があります。
上場株式よりも流動性が低く、投資資金を長期間回収できない可能性もあります。
そのため、投資家には企業の事業内容や財務状況、株式の権利内容などを十分に確認する姿勢が求められます。
税制適格ストックオプションとの関係
未上場株式の換金を考える際には、税金にも注意が必要です。
税制適格ストックオプションでは、一定の要件を満たすことで、権利行使時の課税が繰り延べられます。
そして、取得した株式を売却した際に、原則として株式の譲渡所得として課税されます。
一般的な上場株式等の譲渡益に対する税率は20.315%です。
未上場株式の譲渡益についても、通常は申告分離課税の対象となり、所得税、復興特別所得税、住民税を合わせた税率は20.315%です。
ただし、上場株式等と一般株式等では、損益通算や繰越控除などの取り扱いが異なります。
また、税制適格ストックオプションでは、株式の管理方法などについて要件が設けられています。
そのため、売却方法によって税制適格要件を満たさなくなることがないよう、事前に確認する必要があります。
税制非適格ストックオプションの場合には、通常、権利行使時に給与所得として課税されます。
さらに、取得した株式を売却した際には、権利行使時の株価を取得価額として譲渡損益を計算します。
同じ未上場株式の売却でも、ストックオプションの種類によって課税関係が異なるため、慎重な対応が必要です。
60代以降の専門人材にも新しい可能性
未上場株式の換金機会が広がることは、シニア人材の働き方にも影響する可能性があります。
スタートアップ企業では、財務、経理、税務、法務、内部統制、経営企画などの専門人材が必要とされています。
大企業で長年の経験を積んだ60代の人材が、スタートアップ企業の成長を支援するケースも考えられます。
例えば、65歳でスタートアップ企業に参画し、ストックオプションを付与された場合を考えてみましょう。
従来は、企業が株式上場するまで長期間待つ必要がありました。
しかし、未上場段階で株式を売却できる機会が広がれば、比較的早い時期に報酬を現金化できる可能性があります。
もっとも、権利確定までの勤務期間や退職時の取り扱いなどによって、実際に利益を得られるかどうかは異なります。
また、60代以降は生活資金の安定性が重要です。
ストックオプションの将来価値を過大評価せず、現金報酬とのバランスを考える必要があります。
未上場株式の流通市場が整備されれば、経験豊富な専門人材がスタートアップ企業に参加しやすくなる可能性があります。
未上場株式市場の発展には課題も残る
未上場株式の流通市場には大きな可能性がありますが、課題も残されています。
第一に、価格形成の透明性です。
取引件数が少なければ、売買価格が適正かどうかを判断することが難しくなります。
第二に、企業情報の開示です。
未上場企業は、上場企業と同じ水準の情報開示を行っているとは限りません。
投資家が十分な情報を得られなければ、適切な投資判断が難しくなります。
第三に、流動性の確保です。
売却を希望する従業員がいても、買い手が見つからなければ取引は成立しません。
第四に、株式の譲渡制限や契約条件です。
企業によっては、株主構成を管理するため、株式の譲渡を制限している場合があります。
第五に、投資家保護です。
未上場株式は価格変動や換金困難のリスクが大きいため、投資家の属性や取引方法に応じた適切な規制が必要です。
今後、市場が発展するためには、取引の透明性、企業情報の充実、適切な投資家保護などが重要になるでしょう。
結論
未上場株式の流通市場が整備され始めたことは、ストックオプション制度にとって重要な変化です。
これまで、スタートアップ企業の従業員が株式報酬を現金化するには、株式上場やM&Aなどの機会を待つことが一般的でした。
しかし、Nstockによる売買仲介の取り組みなどによって、上場前でも一定の条件の下で株式を売却できる可能性が広がっています。
この変化は、従業員の資産形成だけでなく、企業の人材採用や定着、投資家の投資機会にも影響を与える可能性があります。
一方、未上場株式には、価格形成の難しさ、情報開示の不足、売却先の制約、株式の譲渡制限など、多くの課題があります。
また、ストックオプションの権利行使と株式売却には、それぞれ異なる税務上の取り扱いがあります。
したがって、未上場株式の流通市場が広がったとしても、将来の利益が保証されるわけではありません。
人生100年時代には、給与収入だけでなく、株式報酬や金融資産を組み合わせた資産形成が重要になります。
未上場株式の換金機会が広がれば、企業の成長に参加した従業員が、その成果を住宅購入、教育資金、独立、起業、老後資金などに活用しやすくなる可能性があります。
ストックオプションは、単なる将来の報酬制度から、個人のキャリア形成と資産形成を支える仕組みへと発展する可能性があります。
今後は、未上場株式の流通市場がどこまで拡大し、従業員が実際に利用できる制度として定着するかが注目されます。
参考
日本経済新聞 2026年10月17日 未上場ストックオプション取引、エヌストックが仲介 社員の換金手軽に
日本経済新聞 2026年10月21日 ストックオプション、就活の検討材料に 働く意欲と将来の報酬を左右
金融庁 2025年 非上場有価証券の仲介に関する制度整備
経済産業省 ストックオプション税制に関する資料
国税庁 ストックオプションに対する課税