2026年10月22日
スタートアップ企業が成長するためには、優秀な人材の確保が欠かせません。しかし、創業間もない企業では、十分な資金を確保できず、大企業と同水準の給与や賞与を支払うことが難しい場合があります。
そこで重要な役割を果たすのがストックオプションです。
ストックオプションは、従業員に将来の企業価値上昇による利益を得る機会を提供する制度です。企業にとっては、現金支出を抑えながら優秀な人材を採用し、長期的な勤務を促す手段になります。
2025年に東京証券取引所へ新規上場した60社のうち、53社がストックオプションを導入していました。約88%という高い割合です。
一方、ストックオプションは発行すればよいというものではありません。
付与割合が大きすぎれば、既存株主の持分割合が低下する可能性があります。また、権利行使価額や権利確定条件を適切に設計しなければ、人材採用や従業員の意欲向上につながらない場合があります。
さらに、税制適格要件、会社法上の手続き、会計処理など、実務上の検討事項も少なくありません。
今回は、スタートアップ経営者の立場から、ストックオプション制度の設計と株式の希薄化、人材戦略との関係を考えてみます。
なぜストックオプションが人材獲得の武器になるのか
スタートアップ企業は、大企業と比較すると経営資源が限られています。
特に創業初期には、研究開発、商品開発、営業活動、システム構築などに多額の資金が必要です。
そのため、優秀な人材を採用したくても、十分な給与を提示できない場合があります。
例えば、大企業で年収1,200万円を得ている専門人材を採用するケースを考えてみましょう。
スタートアップ企業が提示できる給与が年収900万円であれば、年間300万円の差があります。
この差を補う手段の一つがストックオプションです。
企業が成長して株価が上昇すれば、従業員は株式を通じて経済的な利益を得られる可能性があります。
もっとも、将来の利益は保証されません。
そのため、ストックオプションを給与の代わりとして単純に評価することは適切ではありません。
重要なのは、企業の成長に参加する機会を報酬制度として提供することです。
従業員が企業の将来性に魅力を感じ、自分の仕事が企業価値の向上につながると理解すれば、長期的な成長を目指す動機になります。
ストックオプションの付与割合をどう決めるか
ストックオプション制度を設計する際に重要なのが、付与する株式の割合です。
例えば、あるスタートアップ企業の発行済株式数が100万株だったとします。
企業が従業員向けに10万株分のストックオプションを発行する場合を考えます。
すべてのストックオプションが権利行使され、新株が発行されると、株式数は110万株になります。
この場合、ストックオプションによって取得される株式の割合は約9.1%です。
一方、既存株主の持分割合は、全体として100%から約90.9%に低下します。
これが株式の希薄化です。
ストックオプションの付与割合を大きくすれば、従業員にとって魅力的な報酬制度になる可能性があります。
しかし、既存株主の持分割合が低下するため、創業者や投資家にとっては慎重な判断が必要です。
特にスタートアップ企業では、今後の資金調達によって新株を発行する可能性があります。
そのため、現在の株式数だけでなく、将来の増資やストックオプションの追加発行も考慮する必要があります。
株式の希薄化は必ずしも悪いことではない
株式の希薄化という言葉には、マイナスの印象があります。
しかし、希薄化そのものが必ずしも企業価値の低下を意味するわけではありません。
例えば、企業の株式価値が10億円で、創業者が株式の80%を保有している場合を考えます。
創業者の保有株式の価値は、単純計算で8億円です。
その後、ストックオプションの発行や増資によって、創業者の持分割合が60%に低下したとします。
一方、優秀な人材の採用や事業拡大によって、企業の株式価値が50億円まで上昇した場合、創業者の保有株式の価値は30億円になります。
持分割合は80%から60%に低下しましたが、保有株式の価値は8億円から30億円へ増加しています。
もちろん、これは単純化した例です。
実際には、株式の種類や権利内容、資金調達条件などによって評価が異なります。
それでも、重要なのは持分割合だけでなく、企業価値全体の成長を見ることです。
ストックオプションによって優秀な人材を採用し、企業価値を大きく高められるのであれば、一定の希薄化には経済的な合理性があります。
経営者には、希薄化による負担と企業価値向上の効果を比較する視点が求められます。
企業の成長段階によって制度設計は異なる
ストックオプションの適切な設計は、企業の成長段階によって異なります。
創業初期の企業では、事業の将来性が不透明であり、現金報酬を十分に支払えない場合があります。
そのため、将来の企業成長による利益を共有する制度として、ストックオプションの重要性が高くなります。
一方、事業が成長して資金調達が進むと、企業価値が上昇します。
企業価値が高くなると、新たに付与するストックオプションの権利行使価額も高くなる可能性があります。
例えば、創業初期に1株100円で権利を取得した従業員と、企業価値が上昇した後に1株1,000円で権利を取得した従業員では、将来の利益に大きな差が生じる可能性があります。
このような違いは、企業への参加時期や負担したリスクの違いを反映する面があります。
しかし、後から入社する従業員にとって、報酬制度の魅力が低下する可能性もあります。
そのため、企業は成長段階に応じて、現金報酬と株式報酬の組み合わせを見直す必要があります。
権利確定条件が人材の定着を左右する
ストックオプション制度では、権利確定条件の設計も重要です。
一般的には、一定期間勤務することで段階的に権利が確定するベスティングという仕組みが利用されます。
例えば、4年間で4,000株分の権利が確定する契約を考えます。
毎年1,000株ずつ権利が確定する場合、従業員は長期間勤務することで、より多くの権利を取得できます。
企業にとっては、人材の定着を促す効果が期待できます。
一方、権利確定期間が長すぎる場合には、従業員の転職や独立を過度に制約する可能性があります。
また、業績目標の達成を権利確定条件にする方法もあります。
例えば、売上高、営業利益、特定の事業目標などを条件とする設計です。
ただし、短期的な業績目標だけを重視すると、長期的な企業価値向上と従業員の行動が一致しない可能性があります。
そのため、勤務期間と業績目標をどのように組み合わせるかが重要です。
経営者には、従業員の意欲向上と公平性を両立する制度設計が求められます。
税制適格ストックオプションの活用が重要になる
ストックオプション制度を導入する際には、税制上の取り扱いも重要です。
一般的な無償の税制非適格ストックオプションでは、権利行使時の利益が給与所得として課税されます。
所得税と住民税などを合わせた最高税率は約56%です。
一方、一定の要件を満たす税制適格ストックオプションでは、権利行使時の課税が繰り延べられます。
取得した株式を売却した際に、原則として株式の譲渡所得として課税されます。
一般的な株式譲渡益に対する税率は20.315%です。
この違いは、従業員の手取り金額に大きな影響を与えます。
ただし、税制適格ストックオプションには、付与対象者、権利行使期間、権利行使価額、年間権利行使価額の上限、株式管理などの要件があります。
2024年度税制改正では、一定のスタートアップ企業について、年間権利行使価額の上限が従来の1,200万円から2,400万円または3,600万円に引き上げられました。
また、一定の要件を満たす企業では、権利行使期間が15年まで認められる特例もあります。
企業は、こうした制度を理解したうえで、税制適格要件を満たすように設計する必要があります。
会社法上の手続きにも注意が必要
ストックオプションは、会社法上の新株予約権の一種です。
そのため、発行する際には会社法に基づく手続きが必要になります。
例えば、新株予約権の内容、発行数、権利行使価額、権利行使期間などを定める必要があります。
また、募集事項の決定機関は、会社の機関設計や発行条件によって異なります。
非公開会社では、原則として株主総会の特別決議が必要になりますが、一定の範囲で取締役会などへ決定を委任できる場合があります。
公開会社では、原則として取締役会決議によって募集事項を決定できる場合があります。
ただし、有利発行に該当する場合などには、別途株主総会の特別決議が必要になることがあります。
そのため、ストックオプションを発行する際には、会社法上の手続きを適切に確認する必要があります。
また、既存株主との投資契約で、ストックオプションの発行に事前承認が必要とされている場合もあります。
会社法上の手続きだけでなく、株主間契約や投資契約の内容も確認することが重要です。
会計上は現金支出がなくても費用になる
ストックオプションは、現金支出を伴わない報酬制度として説明されることがあります。
しかし、現金支出がないからといって、会計上の費用が発生しないわけではありません。
日本の会計基準では、原則として、従業員などから提供されるサービスの対価として付与するストックオプションについて、付与日の公正な評価額を基礎に費用を認識します。
例えば、付与したストックオプションの公正な評価額が総額1億円で、対象となる勤務期間が4年間の場合を考えます。
単純化すれば、年間2,500万円の費用を計上することになります。
ただし、実際には権利確定条件や失効見込みなどを考慮する必要があります。
また、未上場企業については、公正な評価額の算定に関して特別な取り扱いが認められる場合があります。
さらに、国際会計基準を採用している企業では、IFRS第2号に基づく株式報酬の会計処理が必要になります。
そのため、ストックオプションの導入は、損益計算書や財務諸表にも影響する可能性があります。
株式上場を目指す企業では、監査法人との協議や適切な会計処理の整備が重要になります。
経営者が確認したい株式報酬の管理体制
ストックオプション制度を適切に運用するためには、発行後の管理体制も重要です。
まず、誰に何株分のストックオプションを付与したかを正確に管理する必要があります。
次に、権利確定条件や権利行使期間、退職時の取り扱いなどを記録する必要があります。
さらに、権利行使によって発行される株式数を把握し、将来の希薄化を管理することも重要です。
例えば、発行済株式数が100万株で、未行使のストックオプションが20万株分存在する場合を考えます。
すべての権利が行使されて新株が発行されれば、株式数は120万株になります。
この場合、既存株主の持分割合は、全体として約83.3%になります。
こうした完全希薄化後の株式数を把握しておくことは、資金調達や企業価値評価において重要です。
また、税制適格ストックオプションでは、株式の管理方法や必要な書類の整備も求められます。
企業は、経営者だけでなく、財務、経理、税務、法務、人事などの担当者が連携して制度を管理する必要があります。
シニア専門人材の採用にも活用できる
ストックオプションは、若い技術者や経営幹部だけでなく、経験豊富なシニア専門人材の採用にも活用できる可能性があります。
スタートアップ企業が成長する過程では、財務、経理、税務、法務、内部統制、経営企画などの専門知識が必要になります。
特に株式上場を目指す企業では、決算体制の整備、内部統制の構築、監査法人への対応、税務リスクの管理などが重要です。
例えば、大企業で長年の経験を積んだ60代の専門人材を採用する場合を考えます。
企業が十分な現金報酬を提示できなくても、ストックオプションを組み合わせることで、成長成果を共有する仕組みを設けられる可能性があります。
ただし、シニア人材の場合には、権利確定期間と勤務予定期間の整合性が重要です。
例えば、65歳で入社する人材に対して、権利確定まで5年間の勤務を必要とする制度を設けた場合、70歳まで勤務することが前提になります。
本人の健康状態や生活設計によっては、長期間の勤務が難しい場合もあります。
そのため、企業は人材の年齢や役割、勤務期間などを考慮し、合理的な権利確定条件を設計する必要があります。
また、外部専門家などに付与する場合には、税制適格要件や会社法上の取り扱いを個別に確認する必要があります。
結論
ストックオプションは、スタートアップ企業にとって重要な人材戦略の一つです。
現金支出を抑えながら優秀な人材を採用し、企業の成長成果を従業員と共有する仕組みとして活用できます。
一方、ストックオプションの発行には、株式の希薄化という問題があります。
付与割合が大きすぎれば、創業者や既存株主の持分割合が低下します。
しかし、優秀な人材の採用によって企業価値が大きく上昇すれば、一定の希薄化には経済的な合理性があります。
重要なのは、持分割合だけでなく、企業価値全体の成長を考えることです。
また、権利確定条件、税制適格要件、会社法上の手続き、会計処理などを適切に設計する必要があります。
特に株式上場を目指す企業では、ストックオプションの発行から権利行使、株式管理まで、一貫した管理体制が求められます。
人生100年時代には、若い世代だけでなく、経験豊富なシニア専門人材がスタートアップ企業の成長に参加する機会も広がる可能性があります。
ストックオプションは、企業と従業員が成長成果を共有する制度です。
経営者には、短期的な人材確保だけでなく、長期的な企業価値向上と株主利益、従業員の公平性を両立する視点が求められます。
適切に設計されたストックオプションは、企業の成長を支えるだけでなく、従業員の資産形成や新しいキャリアへの挑戦を後押しする可能性があります。
参考
日本経済新聞 2026年10月21日 ストックオプション、就活の検討材料に 働く意欲と将来の報酬を左右
国税庁 ストックオプションに対する課税
経済産業省 ストックオプション税制に関する資料
経済産業省 2024年度税制改正におけるストックオプション税制の拡充
企業会計基準委員会 ストック・オプション等に関する会計基準
法務省 会社法における新株予約権に関する規定