日本の生命保険会社の資産運用に大きな変化が生まれています。
第一生命保険が、金への投資を開始したことを明らかにしました。国内の大手生命保険会社が本格的に金を運用対象に加えるのは珍しく、従来の運用常識を見直す動きとして注目されます。
背景には、世界的なインフレの長期化、国家債務の膨張、地政学リスクの高まりがあります。
これまで生命保険会社は、国債などの債券を中心に長期安定運用を行ってきました。しかし、金利上昇による債券価格の下落や通貨価値への不安が広がる中で、利息を生まない金にも新たな役割が期待されています。
今回は、第一生命の金投資が持つ意味と、生命保険会社の運用戦略、さらには金相場への影響について考えます。
第一生命が運用資産の1%を金に振り向ける方針
第一生命は2026年10月22日に開催した2026年度下期の運用方針説明会で、金への投資を開始したことを明らかにしました。
同社の2026年6月末時点の運用資産は34兆6,000億円に上ります。
今後3年程度は、この運用資産の1%程度を目安として金を保有する方針です。
単純計算では約3,460億円に相当します。
もちろん、これは現時点の運用資産を基準とした試算であり、直ちに同額の金を購入するという意味ではありません。
すでに海外市場に上場する金ETFへの投資を開始しており、今後の保有方法についても検討を進めるとしています。
注目すべきなのは、金への投資額そのものよりも、日本を代表する生命保険会社が金を正式な運用対象として位置づけたことです。
なぜ生命保険会社は金投資に消極的だったのか
生命保険会社の資産運用には、一般的な投資信託や個人投資家とは異なる特徴があります。
最大の特徴は、将来の保険金や年金の支払いに備える必要があることです。
生命保険会社は契約者から受け取った保険料を運用し、数十年先まで続く保険金支払いに対応します。
そのため、資産と負債を一体として管理するALMが重要になります。
ALMとは、資産と負債の金額、期間、金利感応度などを総合的に管理する仕組みです。
例えば、20年後に保険金を支払う必要がある場合、20年程度の長期債券を保有すれば、将来の支払いに必要な資金を確保しやすくなります。
一方、金には利息も配当もありません。
保有しているだけでは定期的な収益が生まれず、将来の保険金支払いに対応するキャッシュフローも確定しません。
そのため、従来の生命保険会社にとって、金は必ずしも適した運用資産ではありませんでした。
今回の第一生命の判断は、こうした従来の考え方に変化が生じていることを示しています。
インフレが生命保険会社の運用を変える
第一生命が金投資を始めた重要な理由の一つが、インフレへの対応です。
金は実物資産であり、特定の国の通貨や政府の信用だけに価値が依存する資産ではありません。
一般に、通貨の購買力が低下する局面では、金が価値の保存手段として選好されることがあります。
例えば、物価が継続的に上昇すれば、現金1,000万円で購入できる商品やサービスの量は減少します。
固定金利の債券も、受け取る利息や元本の名目金額が決まっているため、インフレによって実質的な価値が目減りする可能性があります。
これに対して金は、インフレや通貨価値への不安が強まる局面で価格が上昇することがあります。
ただし、金価格が必ず物価上昇率を上回るわけではありません。
実質金利の上昇やドル高などによって、インフレ局面でも金価格が下落する場合があります。
したがって、金は完全なインフレ対策ではなく、インフレに伴う資産価値の変動を分散するための選択肢と考える必要があります。
国家債務の膨張が金の価値を高める
今回の金投資を考える上で、もう一つ重要なのが世界的な国家債務の膨張です。
各国政府は、経済対策、社会保障、防衛費などの支出を拡大してきました。
その結果、国債の発行残高が増加し、金利上昇による利払い負担の増大が懸念されています。
従来、国債は安全資産として位置づけられてきました。
しかし、国債にも金利変動による価格下落リスクがあります。
さらに、政府の財政運営に対する信認が低下すれば、国債価格や通貨価値に影響が及ぶ可能性があります。
金には国債のような発行体が存在しません。
政府や企業の債務ではないため、発行体の債務不履行というリスクを直接負わない特徴があります。
もっとも、金ETFを通じて投資する場合には、商品の仕組みや保管体制などに伴うリスクも確認する必要があります。
国家債務の拡大が続く世界では、金の持つ発行体に依存しないという特徴が、機関投資家に改めて評価されているのです。
金は株式や債券の代わりになるのか
金への投資が増えているからといって、生命保険会社が国債や株式を大幅に売却し、金に置き換えるわけではありません。
重要なのは、資産全体のリスクを分散することです。
株式は企業収益の成長によって値上がりや配当が期待できます。
債券は利息収入を得られ、満期まで保有すれば発行体が債務不履行に陥らない限り、約定された元本の償還を受けられます。
不動産は賃料収入などを生み出します。
一方、金には定期的な収益がありませんが、株式や債券とは異なる要因で価格が変動する特徴があります。
例えば、株式と債券が同時に下落する局面でも、金が上昇すれば運用資産全体の損失を抑えられる可能性があります。
ただし、金と他の資産との相関関係は一定ではなく、金融市場が混乱した際に金も売却されることがあります。
金の役割は、株式や債券に代わる主力資産になることではなく、従来の資産だけでは対応しにくいリスクを補完することにあります。
金ETFが機関投資家の参入を容易にする
第一生命が金投資の手段として選択したのは、海外市場に上場する金ETFです。
金ETFは、金価格への連動を目指す上場投資信託です。
現物の金地金を直接購入する場合、保管場所や警備、輸送、売却などの管理が必要になります。
これに対してETFは、証券市場を通じて売買できるため、機関投資家が既存の運用体制に組み込みやすい特徴があります。
また、金は不動産や未上場株式などのオルタナティブ資産と比較して、流動性が高いことも魅力です。
不動産は売却までに時間がかかり、取引価格の把握も容易ではありません。
プライベートエクイティやプライベートデットも、投資資金を長期間回収できない場合があります。
一方、金は世界各地で取引され、市場価格を継続的に確認できます。
ただし、ETFには運用管理費用がかかり、商品によっては為替変動や市場価格と基準価額の乖離にも注意が必要です。
こうした点を踏まえても、金ETFの普及は生命保険会社などの大手機関投資家が金を保有するハードルを下げていると考えられます。
中国の保険会社も金投資を開始
金を運用対象に加える動きは、日本だけではありません。
中国では2025年2月に、一部の保険会社に対して金の購入が認められました。
同年3月には4社が金の購入を開始しています。
中国は世界有数の金需要国であり、中央銀行による金準備の積み増しも国際市場で注目されています。
これに加えて保険会社が金を長期運用資産として保有するようになれば、金需要の構造が変化する可能性があります。
中央銀行と保険会社では投資目的や規制が異なりますが、いずれも長期的な資産保有主体になり得る点は共通しています。
特に保険会社は、長期の保険契約に対応するため、運用資産を継続的に保有する傾向があります。
今後、日本や中国以外の保険会社にも金投資が広がるかどうかが注目されます。
運用資産の1%でも金市場への影響は大きい
第一生命が目安とする運用資産の1%は、一見すると小さな割合です。
しかし、運用資産34兆6,000億円の1%は約3,460億円になります。
仮に同規模の資産を運用する生命保険会社が複数社、同様の金投資を行えば、金市場に新たな資金需要が生まれます。
もちろん、実際の金価格への影響は購入時期や投資手段、市場全体の売買動向によって異なります。
ETFへの資金流入が必ず同額の現物金購入につながるとも限りません。
それでも、長期運用を前提とする生命保険会社が継続的に金を組み入れるようになれば、金市場の需要構造に影響を与える可能性があります。
今回の第一生命の判断は、単なる一企業の資産運用方針の変更にとどまらない意味を持っています。
個人投資家は金投資をどう考えるべきか
生命保険会社が金投資を開始したからといって、個人投資家も直ちに金の保有割合を増やすべきだということにはなりません。
重要なのは、自分自身の資産構成と投資目的です。
例えば、預貯金と国内債券に資産が集中している場合、金を組み入れることで資産の値動きを分散できる可能性があります。
一方、すでに株式や投資信託、不動産などに幅広く投資している場合は、金を追加する必要性を慎重に判断することが大切です。
金は利息や配当を生まないため、老後の生活費を定期的な収入で賄いたい人にとっては、必ずしも中心的な資産にはなりません。
また、日本の投資家が金を購入する場合、円建て価格は国際的な金価格だけでなく為替相場の影響も受けます。
ドル建ての金価格が上昇しても、円高が進めば円建ての値上がりが抑えられる場合があります。
金は値上がりを期待する投資対象であると同時に、他の資産とは異なるリスク特性を持つ分散投資の手段です。
価格上昇だけを理由に購入するのではなく、資産全体の中でどのような役割を持たせるのかを考える必要があります。
結論
第一生命による金投資の開始は、日本の生命保険会社の資産運用が新たな段階に入りつつあることを示しています。
従来の生命保険会社は、将来の保険金支払いに対応するため、国債を中心とする利息収入を重視してきました。
しかし、インフレの長期化、国家債務の膨張、地政学リスクの高まりによって、従来の運用資産だけでは十分に対応できないリスクが意識されています。
こうした環境の中で、金は利息を生まないという弱点を持ちながらも、発行体に依存しない資産として再評価されています。
第一生命が目安とする運用資産の1%という割合は、慎重な姿勢を示す一方、金を長期的な分散投資の対象として認めたという点で重要です。
今後、他の大手生命保険会社にも同様の動きが広がれば、金市場における機関投資家の存在感が一段と高まる可能性があります。
ただし、金価格はすでに大幅に上昇しており、今後も上昇が続く保証はありません。
生命保険会社の金投資から学ぶべきことは、金価格の先高観そのものではなく、経済環境の変化に応じて資産配分を見直す重要性です。
インフレと国家債務リスクが意識される時代には、株式、債券、不動産、金など、それぞれの資産の役割を理解し、特定の資産に依存しない運用を考えることが一段と重要になるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年10月23日朝刊「第一生命が金投資、インフレ対策で分散運用拡大 相場に押し上げ効果」