中小企業の経営者にとって、会社を子供に引き継ぐことは、人生の中でも重要な経営判断の一つです。
長年かけて築いてきた会社を次世代に残し、従業員の雇用や取引先との関係を守りたいと考えるのは自然なことです。
しかし、事業承継は、単に代表取締役を交代させたり、株式を子供に贈与したりすれば完了するものではありません。
株式の所有関係、議決権の割合、役員の選任、相続税や贈与税の負担、親族間の合意形成など、多くの問題を整理する必要があります。
特に注意したいのは、会社の所有権と経営権が必ずしも一致しないことです。
2026年10月20日の日本経済新聞では、大阪府内の不動産会社で、創業者の父親と長男らの間に経営権を巡る対立が生じ、株主総会決議の不存在が認められた事例が紹介されました。
父親は長男を後継者にするつもりで株式を贈与しましたが、その後、親子関係が悪化しました。
長男と妻が合計で80%近い株式を保有していたにもかかわらず、父親は株主総会を開催せずに長男を取締役から解任したとする議事録を作成しました。
裁判所は、株主総会決議が存在しないと判断しました。
この事例は、事業承継を進める際に、親族間の信頼関係だけに依存することの危険性を示しています。
今回は、これまでの連載を総括し、会社を子供に譲る前に確認したい実践的な事業承継対策について解説します。
事業承継では3つの承継を区別する
事業承継を考える際には、経営の承継、資産の承継、経営理念や信用の承継という3つの側面を区別することが重要です。
第一は、経営の承継です。
代表取締役の交代や、後継者への経営判断権限の移譲などが該当します。
第二は、資産の承継です。
会社の株式や事業用資産、経営者個人が保有する不動産などの承継が問題になります。
第三は、経営理念や信用の承継です。
創業者が築いてきた取引先との信頼関係、従業員との関係、企業文化などを後継者に引き継ぐことです。
この3つは相互に関係していますが、同じものではありません。
例えば、長男が代表取締役に就任しても、父親が株式の大部分を保有していれば、父親は株主総会を通じて会社の重要事項に影響を与えることができます。
反対に、長男が株式の大部分を取得しても、経営経験が不足していれば、安定した経営を続けることが難しくなる可能性があります。
事業承継では、株式と経営権だけでなく、経営能力や取引先との関係も含めて引き継ぐ必要があります。
最初に確認したい株式の所有関係
事業承継対策の出発点は、現在の株主構成を正確に把握することです。
創業者が自分の会社だと考えていても、実際には配偶者や子供、兄弟姉妹などが株式を保有している場合があります。
また、過去の贈与や増資によって、創業者の持株比率が低下していることもあります。
例えば、創業者が会社設立時に100%の株式を保有していたとします。
その後、長男に30%、次男に20%を贈与した場合、創業者の持株比率は50%になります。
この状態では、創業者が単独で普通決議を成立させられるとは限りません。
また、長男と次男が協力すれば、創業者と同じ50%の議決権を保有することになります。
株式の保有割合は、会社の意思決定に直接影響します。
そのため、株主名簿を確認し、誰が何株を保有しているのかを整理する必要があります。
さらに、議決権制限株式などを発行している場合には、株式数だけでなく議決権数を確認することが重要です。
株主名簿の記載と実際の所有関係に疑問がある場合には、過去の贈与契約書、株式譲渡契約書、増資関係書類なども確認する必要があります。
議決権の過半数だけでは十分とは限らない
事業承継では、後継者にどの程度の議決権を集中させるかが重要になります。
会社法では、株主総会の決議について、普通決議と特別決議などの区分があります。
普通決議は、原則として出席株主の議決権の過半数で成立します。
ただし、定足数などの要件があり、役員の選任や解任については特別な規定があります。
一方、定款変更などの特別決議では、原則として出席株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です。
例えば、長男が60%、次男が40%の議決権を保有している会社を考えてみます。
株主全員が出席する場合、長男は普通決議を主導できる可能性があります。
しかし、次男が定款変更に反対すれば、長男の60%の賛成だけでは、原則として特別決議を成立させることができません。
そのため、後継者に過半数の株式を承継させるだけでは、重要な経営判断を単独で実現できない場合があります。
ただし、特別決議の賛成割合は原則として出席株主の議決権を基準に計算するため、実際の成立要件は出席状況や定款の内容によって変わります。
後継者への株式集中を検討する際には、単純な持株比率だけでなく、会社の意思決定に必要な議決権割合を確認することが重要です。
後継者以外の相続人への配慮も必要になる
株式を後継者に集中させる場合には、他の相続人との公平性が問題になります。
例えば、創業者に長男、次男、長女の3人の子供がいる場合を考えてみます。
長男が会社を承継する一方、次男と長女は会社経営に関与しないとします。
創業者が会社の株式をすべて長男に承継させる場合、次男と長女が不公平だと感じる可能性があります。
一方、3人に株式を均等に承継させると、経営権が分散するおそれがあります。
そのため、株式は後継者に集中させ、他の相続人には預貯金や不動産など別の財産を承継させる方法が考えられます。
また、生命保険を活用して、相続人間の財産配分を調整する方法もあります。
ただし、生命保険金の取扱いや遺留分への影響については、個別の事情に応じた検討が必要です。
さらに、一定の要件を満たす中小企業では、経営承継円滑化法に基づく遺留分に関する民法の特例を利用できる場合があります。
この制度では、推定相続人全員の合意や所定の手続きなどを前提として、後継者が取得した一定の株式について、遺留分算定の基礎財産から除外するなどの取扱いが認められます。
事業承継では、後継者の経営権確保と、他の相続人への公平な配慮を両立させることが重要です。
株式贈与は税務と経営権の両面から検討する
後継者に株式を承継させる方法として、生前贈与があります。
生前贈与には、創業者が存命中に株式を移転できるという利点があります。
また、後継者の経営権を段階的に強化することもできます。
しかし、非上場株式の贈与では、贈与税の負担が問題になることがあります。
非上場株式は市場価格がないため、税務上の評価方法に基づいて評価する必要があります。
会社の規模や株主の区分などによって、評価方法が異なります。
また、会社の業績や純資産の状況によって、株式評価額が高くなる場合があります。
そのため、株式贈与を検討する際には、贈与税額の試算が重要です。
さらに、贈与によって創業者の議決権割合が低下することにも注意が必要です。
例えば、創業者が80%、長男が20%の議決権を保有している会社で、創業者が長男に30%分の株式を贈与した場合です。
贈与後の議決権割合は、創業者50%、長男50%になります。
この状態では、双方の意見が対立すると、会社の意思決定が難しくなる可能性があります。
株式贈与では、税負担だけでなく、贈与後の議決権構成と経営体制を確認する必要があります。
事業承継税制の活用と注意点
非上場株式の承継では、法人版事業承継税制の活用が検討されます。
この制度は、一定の要件を満たす場合に、非上場株式の贈与や相続に伴う贈与税や相続税について、納税猶予を受けられる仕組みです。
特例措置では、対象となる税額の全額について納税猶予が認められる制度設計となっています。
ただし、納税猶予は、税金が無条件で免除されることを意味するわけではありません。
一定の事由が生じた場合には、猶予されていた税額の納付が必要になることがあります。
また、適用には、会社や後継者などについて所定の要件があります。
特例措置には適用期限や計画提出などに関する制度上の条件もあるため、利用を検討する時点で最新の法令や行政情報を確認する必要があります。
さらに、事業承継税制を利用したからといって、親族間の経営権争いが解消されるわけではありません。
例えば、長男に株式を贈与して納税猶予を受けた後、親子関係が悪化する可能性もあります。
そのため、事業承継税制は、税務対策として検討するとともに、経営権の安定や後継者の育成と一体で考える必要があります。
種類株式を活用する方法もある
事業承継では、種類株式の活用が検討されることがあります。
会社法108条は、株式会社が一定の事項について内容の異なる種類の株式を発行できることを定めています。
例えば、議決権を制限する種類株式や、一定の事項について種類株主総会の決議を必要とする株式などがあります。
これらを活用することで、株式の経済的価値と議決権を一定の範囲で分けて設計することができます。
例えば、後継者である長男には議決権のある株式を集中させ、他の子供には議決権を制限した株式を承継させる方法が考えられます。
これにより、財産分配と経営権の安定を両立させやすくなる場合があります。
また、一定の重要事項について特定の種類株主の承認を必要とする仕組みを設けることも考えられます。
ただし、種類株式の導入には、定款変更などの会社法上の手続きが必要になります。
さらに、種類株式の内容によっては、将来の経営判断が制約される可能性もあります。
税務上の株式評価にも影響する場合があるため、弁護士や税理士などの専門家と連携して検討することが重要です。
種類株式は便利な制度ですが、導入すれば必ず経営権争いを防げるわけではありません。
会社の将来像に合った制度設計が必要です。
役員の地位と経営権の移譲を計画する
事業承継では、株式の移転だけでなく、役員体制の変更も重要です。
例えば、父親が代表取締役、長男が取締役を務めている会社を考えてみます。
長男に経営を引き継ぐ場合、代表取締役の交代時期を決める必要があります。
また、父親が会長や相談役として会社に残る場合には、その役割を明確にすることが重要です。
創業者が経営の第一線から退いた後も、実質的にすべての重要事項を決定している場合、後継者が十分な経営権を行使できないことがあります。
反対に、創業者が突然すべての権限を手放すと、後継者が取引先や金融機関との関係を十分に引き継げない可能性があります。
そのため、段階的な権限移譲が有効です。
例えば、最初に後継者へ事業部門の管理を任せ、次に財務や人事などの重要な業務を担当させます。
その後、代表取締役の交代や株式の移転を進めます。
ただし、具体的な順番は会社の事情によって異なります。
重要なのは、後継者が実際に経営できる体制を整えることです。
株主総会と議事録の管理を徹底する
事業承継では、株主総会の適正運営も重要です。
取締役の選任や解任などについては、会社法に基づく適切な決議が必要です。
同族会社だからといって、株主総会の手続きを自由に省略できるわけではありません。
例えば、父親が代表取締役で、長男と妻が株式の大部分を保有している会社を考えてみます。
父親が長男を取締役から解任したい場合でも、原則として株主総会決議が必要です。
また、株主総会を実際に開催せずに決議を行う場合には、会社法319条のみなし決議の要件を満たす必要があります。
みなし決議では、議決権を行使できる株主全員の書面または電磁的記録による同意などが必要です。
一部の株主の同意だけで、当然に決議が成立するわけではありません。
さらに、株主総会議事録を適切に作成し、保存する必要があります。
大阪府内の不動産会社の事例では、株主総会が開催されていないにもかかわらず、議事録が作成され、役員変更登記が行われていました。
裁判所は、株主総会決議が存在しないと判断しました。
この事例からも、事業承継では会社法上の手続きを軽視してはいけないことが分かります。
親族間の合意形成が事業承継の成否を左右する
事業承継では、法律や税務の対策だけでなく、親族間の合意形成が重要です。
例えば、長男を後継者にする場合でも、次男や長女がその方針に納得しているとは限りません。
また、配偶者が会社の株式を保有している場合には、配偶者の意向も重要になります。
そのため、創業者は後継者の選定理由や株式の承継方針について、必要に応じて親族に説明することが望まれます。
さらに、後継者がどのような経営方針を持っているのかについても、創業者と十分に話し合う必要があります。
例えば、創業者が不動産賃貸事業の安定経営を重視する一方、後継者が新規事業への積極投資を希望する場合です。
こうした経営方針の違いを事前に整理しておけば、承継後の対立を防ぎやすくなります。
また、株式の贈与や代表取締役の交代など、重要な合意事項については、必要な書面を作成することが重要です。
ただし、親族間の合意書だけで会社法上の手続きが不要になるわけではありません。
合意内容と法律上の手続きを整合させる必要があります。
事業承継前に確認したい重要事項
会社を子供に譲る前には、少なくとも次の事項を確認しておくことが望まれます。
まず、現在の株主構成です。
誰が何株を保有し、どの程度の議決権を持っているのかを確認します。
次に、後継者に承継させる株式数と議決権割合です。
普通決議と特別決議の違いを踏まえ、安定した経営に必要な議決権を検討します。
第三に、株式の移転方法です。
贈与、相続、売買などの方法について、税務上の負担や資金面の問題を確認します。
第四に、他の相続人への財産分配です。
株式を後継者に集中させる場合には、他の相続人との公平性や遺留分に配慮する必要があります。
第五に、役員体制と経営権の移譲です。
代表取締役の交代時期や創業者の退任後の役割を明確にします。
第六に、会社の財務状況です。
借入金、個人保証、資金繰り、事業用資産などを確認します。
特に、創業者が会社の借入金について個人保証をしている場合には、後継者への承継時に金融機関との協議が必要になることがあります。
第七に、株主総会や取締役会の適正運営です。
過去の議事録や登記内容に問題がないかを確認します。
第八に、事業承継後の経営方針です。
後継者が会社をどのように経営していくのかについて、創業者と認識を共有することが重要です。
これらの事項を事前に整理することで、事業承継に伴う法律上、税務上、経営上のリスクを減らすことができます。
事業承継計画は早期に作成する
事業承継対策は、創業者が引退する直前に始めればよいものではありません。
株式の承継や後継者の育成には、一定の時間が必要です。
また、非上場株式の評価額が高い場合には、贈与税や相続税の負担について長期的な検討が必要になることがあります。
そのため、事業承継計画を早期に作成することが望まれます。
例えば、5年から10年程度の期間を想定し、後継者の育成、株式の移転、経営権の移譲などを段階的に進める方法が考えられます。
ただし、事業承継に必要な期間は、会社の規模や後継者の経験などによって異なります。
また、事業承継計画は、一度作成したら変更できないものではありません。
会社の業績、株式評価額、税制、親族の状況などが変化した場合には、計画を見直す必要があります。
特に税制については、制度改正や適用期限に注意が必要です。
事業承継では、税理士、弁護士、司法書士、金融機関などと連携し、必要な対策を検討することが重要です。
結論
会社を子供に譲ることは、単なる財産の移転ではありません。
創業者が築いてきた事業を次世代に引き継ぎ、会社の存続と成長を実現するための重要な経営判断です。
そのためには、株式の所有関係、議決権の割合、役員体制、税務上の負担、親族間の合意形成などを総合的に検討する必要があります。
特に、株式の贈与や相続によって議決権構成が変化すると、創業者や後継者が想定していなかった経営権の問題が生じる可能性があります。
また、代表取締役の地位と株主としての権利は別のものであり、会社の所有と経営を区別する必要があります。
大阪府内の不動産会社を巡る裁判例は、親族間の信頼関係だけに依存した事業承継が、深刻な経営権争いにつながる可能性を示しています。
事業承継を成功させるためには、株式の移転方法を決めるだけでなく、後継者が安定的に経営できる体制を整えることが重要です。
また、後継者以外の相続人への配慮や、親族間の合意形成も欠かせません。
さらに、会社法上の手続きを適切に行い、株主総会や議事録の管理を徹底する必要があります。
税務面では、非上場株式の評価や事業承継税制の活用などを検討し、将来の税負担に備えることが重要です。
ただし、税負担を軽減することだけが事業承継の目的ではありません。
会社を次世代に引き継いだ後も、安定した経営を続けられることが最も重要です。
中小企業の経営者には、早い段階から事業承継計画を作成し、法律、税務、経営の各方面から準備を進めることが求められます。
会社を子供に譲る前に確認すべきことは、誰に株式を渡すかだけではありません。
誰が会社を経営し、どのような権限を持ち、どのような仕組みで重要な意思決定を行うのかを明確にすることです。
親族間の信頼関係を大切にしながら、法律に基づく客観的な仕組みを整えることが、円滑な事業承継につながります。
会社を次世代に残すためには、株式と経営権を一体として考え、将来の対立まで見据えた準備を進めることが重要なのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月20日 役員務める長男、知らぬ間に解任 「一人で経営」父が株主総会開かず
会社法第106条 共有者による権利の行使
会社法第108条 異なる種類の株式
会社法第121条 株主名簿
会社法第309条 株主総会の決議
会社法第318条 議事録
会社法第319条 株主総会の決議の省略
会社法第329条 役員の選任
会社法第339条 役員の解任
中小企業庁 事業承継ガイドライン
中小企業庁 法人版事業承継税制
経営承継円滑化法 遺留分に関する民法の特例
国税庁 財産評価基本通達 取引相場のない株式の評価