マンション管理組合が加入する共用部分の保険料が大幅に上昇する中、保険料を抑える方法として注目されているのが免責金額の見直しです。
免責金額とは、保険事故が発生した際に、保険金から差し引かれる自己負担額のことです。
例えば、免責金額を5万円から10万円に引き上げることで、保険料を引き下げられる場合があります。
東京海上日動火災保険によると、主契約と賠償責任特約の免責金額を5万円から10万円に引き上げることで、保険料が約7%下がるケースがあります。
保険料が大幅に上昇している管理組合にとって、必要な補償を維持しながら支出を削減できる可能性があることは、大きなメリットです。
しかし、免責金額を引き上げれば、事故が発生した際の自己負担額も増加します。
特に漏水事故が頻発する高経年マンションでは、保険料の削減額よりも事故による自己負担額の増加が大きくなる可能性があります。
重要なのは、保険料の安さだけで判断するのではなく、事故の発生頻度や管理組合の財政状態を踏まえて、適切な免責金額を設定することです。
今回は、マンション保険の免責金額を引き上げるメリットとデメリットを具体的な数字で比較し、管理組合が合理的な保険契約を選ぶための考え方について解説します。
マンション保険の免責金額とは何か
マンション管理組合が加入する共用部分の保険には、火災や風災、水ぬれなどによる損害を補償する主契約があります。
また、施設賠償責任補償などの特約を付けることで、共用部分の管理に起因する損害賠償責任にも備えることができます。
これらの保険では、契約内容に応じて免責金額が設定されます。
例えば、免責金額が5万円で、補償対象となる損害が30万円発生したとします。
保険金から免責金額を差し引く方式であれば、保険金は25万円になります。
残りの5万円は自己負担です。
免責金額を10万円に引き上げた場合、同じ30万円の損害に対する保険金は20万円になります。
自己負担額は10万円です。
つまり、免責金額を引き上げると、事故発生時に保険会社が負担する金額が減少します。
その代わり、保険料を引き下げられる場合があります。
ただし、実際の保険金の計算方法は契約によって異なります。
また、施設賠償責任保険の場合には、管理組合が法律上の損害賠償責任を負うことなどが補償の前提となります。
免責金額を引き上げる際には、保険金の支払条件も確認する必要があります。
免責金額を引き上げると保険料はどの程度下がるのか
免責金額の引き上げによる保険料削減効果を具体的に考えてみましょう。
例えば、100戸の分譲マンションで、共用部分の保険料が5年間で500万円だったとします。
年間に換算すると100万円です。
保険契約の更新時に保険料が50%上昇すると、5年間で750万円になります。
年間では150万円です。
ここで、免責金額を5万円から10万円に引き上げることによって、保険料が7%下がると仮定します。
5年間の保険料は750万円から697万5,000円になります。
削減額は52万5,000円です。
年間では10万5,000円の負担軽減となります。
100戸で均等に負担すると仮定すれば、1戸当たり年間1,050円の削減です。
月額では約88円になります。
この金額だけを見ると、大きな効果ではないと感じるかもしれません。
しかし、保険料の上昇に加えて、管理委託費や設備保守費なども増加している管理組合にとって、支出を削減できることには意味があります。
また、免責金額の調整は、補償そのものを外す方法とは異なります。
重大事故に対する補償を維持しながら、少額事故の自己負担を増やすことで保険料を抑える考え方です。
ただし、7%という削減率は特定の条件における事例であり、すべてのマンションに適用されるわけではありません。
実際の削減効果は、保険会社、建物の築年数、事故履歴、補償内容などによって異なります。
免責金額の引き上げで自己負担はどの程度増えるのか
免責金額を引き上げる場合、保険料の削減額だけでなく、事故発生時の自己負担額も比較する必要があります。
例えば、免責金額を5万円から10万円に引き上げた場合を考えます。
補償対象となる損害が30万円であれば、自己負担額は5万円から10万円に増加します。
差額は5万円です。
同じような事故が年間1件発生した場合、自己負担額の増加は年間5万円になります。
年間3件発生すれば15万円です。
年間5件発生すれば25万円になります。
先ほどの事例では、免責金額の引き上げによる保険料削減額は年間10万5,000円でした。
仮に、年間3件の事故が発生し、いずれも免責金額の引き上げによって自己負担額が5万円増えるとすれば、年間15万円の負担増加です。
保険料の削減額10万5,000円を上回ります。
結果として、年間4万5,000円の負担増加になります。
一方、事故が年間1件であれば、自己負担額の増加は5万円です。
保険料の削減額10万5,000円との差額である5万5,000円が、年間の実質的な負担軽減になります。
このように、免責金額の引き上げが有利になるかどうかは、事故の発生頻度によって変わります。
なお、実際の負担増加額は事故ごとの損害額や保険金の支払条件によって異なり、すべての事故で5万円増えるとは限りません。
漏水事故が多いマンションでは慎重な判断が必要になる
免責金額の引き上げを検討する際に、特に注意したいのが漏水事故です。
マンションでは、給排水管の老朽化によって漏水事故が発生することがあります。
特に築40年以上の高経年マンションでは、配管の劣化が進み、事故が繰り返される可能性があります。
例えば、あるマンションで過去5年間に漏水事故が10件発生していたとします。
平均すると年間2件です。
免責金額を5万円から10万円に引き上げ、各事故の自己負担額が5万円増加すると仮定すれば、年間10万円の負担増加となります。
年間の保険料削減額が10万5,000円であれば、実質的な削減効果は5,000円にとどまります。
さらに、事故件数が増えれば、免責金額の引き上げによって負担が増加する可能性があります。
一方、給排水管の更新工事が実施され、漏水事故がほとんど発生していないマンションでは、免責金額を引き上げることによる保険料削減効果を得やすくなる場合があります。
つまり、免責金額の適正水準は、建物の管理状況によって異なるのです。
管理組合は、過去の事故履歴を確認し、今後の事故発生リスクを見積もったうえで判断する必要があります。
免責金額を高くすればするほど有利になるわけではない
保険料を抑えるために、免責金額をさらに高く設定する方法も考えられます。
例えば、免責金額を10万円から20万円、あるいはそれ以上に引き上げる場合です。
一般的には、免責金額を高く設定するほど、保険会社が負担する少額事故の保険金が減少します。
そのため、保険料を抑えられる可能性があります。
しかし、免責金額を高くしすぎると、事故発生時の自己負担が大きくなります。
例えば、免責金額が20万円で、補償対象となる損害が15万円だった場合、差額方式では保険金が支払われません。
管理組合などが全額を自己負担することになります。
また、損害額が100万円の場合でも、20万円の自己負担が発生します。
このような事故が繰り返されれば、管理組合の財政負担は大きくなります。
重要なのは、免責金額を最大限に引き上げることではありません。
管理組合が無理なく負担できる金額を設定し、重大事故に備えることです。
管理組合の財政状態によって適切な免責金額は異なる
免責金額を検討する際には、管理組合の財政状態も重要です。
例えば、管理費会計に十分な繰越金があり、年間収支も安定している管理組合では、一定額の自己負担に対応しやすいと考えられます。
一方、管理費会計の資金余力が少なく、毎年の収支が赤字に近い管理組合では、少額事故の自己負担が重くなる可能性があります。
具体的に考えてみましょう。
ある管理組合では、管理費会計の繰越金が1,000万円あります。
年間の保険料は200万円で、漏水事故などによる自己負担は年間10万円程度です。
このような場合、免責金額を一定程度引き上げても、財政運営に大きな支障が生じない可能性があります。
一方、別の管理組合では、管理費会計の繰越金が100万円しかありません。
年間の保険料は同じ200万円ですが、事故が頻発し、自己負担額が年間50万円になることもあります。
この場合、免責金額を引き上げることによって、管理費会計の資金不足が深刻化する可能性があります。
したがって、免責金額の適正水準は、保険料だけでなく、管理組合の資金余力と事故発生リスクを踏まえて判断する必要があります。
主契約と賠償責任特約の免責金額は分けて考える
マンション保険では、主契約と賠償責任特約について、それぞれ異なる免責金額を設定できる場合があります。
この点は、保険料を合理的に削減するうえで重要です。
例えば、火災や風災などによる建物の損害を補償する主契約と、施設賠償責任補償では、事故の性質が異なります。
主契約では、建物そのものに発生した損害が対象になります。
一方、施設賠償責任補償では、共用部分の管理などに起因して第三者に損害を与え、法律上の損害賠償責任を負った場合などが対象になります。
そのため、両者の免責金額を一律に引き上げることが適切とは限りません。
例えば、主契約の免責金額を10万円に設定し、施設賠償責任補償については5万円を維持する方法も考えられます。
反対に、事故履歴や補償内容によっては、賠償責任特約の免責金額を調整する方が合理的な場合もあります。
重要なのは、事故の種類ごとに発生頻度と損害額を分析することです。
管理組合は、保険代理店に複数の免責金額の組み合わせによる見積もりを依頼し、保険料と自己負担リスクを比較することが望まれます。
免責金額の自己負担は誰が負うのか
免責金額を引き上げる際に、見落としてはならないのが自己負担の帰属です。
例えば、共用配管からの漏水によって階下の住戸に損害が発生した場合です。
管理組合が法律上の損害賠償責任を負い、施設賠償責任保険が適用される場合、免責金額に相当する部分について管理組合が負担することが考えられます。
一方、専有部分の設備に原因があり、区分所有者や居住者が損害賠償責任を負う場合には、個人賠償責任保険などの適用が問題になります。
この場合、管理組合の保険契約に免責金額が設定されているからといって、その負担を当然に管理組合が負うわけではありません。
実際の負担関係は、事故原因、法律上の責任、保険契約、管理規約などによって異なります。
また、管理組合が包括的な個人賠償責任補償に加入している場合には、免責金額の負担方法をあらかじめ確認しておく必要があります。
保険料削減のために免責金額を引き上げた結果、事故発生時に管理組合と区分所有者の間で負担を巡るトラブルが生じることは避けなければなりません。
免責金額の変更には区分所有者への説明が欠かせない
マンションの保険契約は、管理組合の財政運営と区分所有者の利益に関わる重要な事項です。
免責金額を引き上げれば、保険料は下がる可能性がありますが、事故発生時の自己負担は増加します。
そのため、管理組合の理事会だけで判断するのではなく、管理規約や予算承認などの手続きに従い、必要な説明や決議を行うことが重要です。
特に、区分所有者個人の負担に影響する場合には、十分な周知が必要です。
例えば、免責金額を5万円から10万円に引き上げる場合、管理組合は次の内容を説明することが望まれます。
保険料が年間いくら削減されるのか。
事故が発生した場合、自己負担額がいくら増えるのか。
その自己負担は管理組合と区分所有者のどちらが負うのか。
過去の事故履歴を踏まえると、どの程度の負担増加が想定されるのか。
こうした情報を具体的な数字で示すことが重要です。
保険料の削減効果だけを強調し、自己負担の増加を十分に説明しなければ、事故発生後にトラブルとなる可能性があります。
免責金額の見直しでは複数の保険会社を比較する
免責金額を引き上げる場合には、現在契約している保険会社だけでなく、他の保険会社の見積もりも比較することが重要です。
保険会社によって、築年数、事故履歴、建物の管理状況などに対する評価が異なる場合があります。
また、同じ免責金額でも、保険料の削減効果が異なる可能性があります。
例えば、ある保険会社では免責金額を5万円から10万円に引き上げることで保険料が5%下がる一方、別の保険会社では8%下がるといったケースも考えられます。
ただし、これは比較方法を説明するための仮定です。
実際には、保険料だけでなく、補償範囲、保険金額、免責事項、事故対応サービスなども比較する必要があります。
特に高経年マンションでは、保険会社によって引受条件が異なることがあります。
そのため、保険契約の更新時には、十分な時間的余裕を持って複数社の見積もりを取得することが望まれます。
免責金額の見直しと修繕工事を組み合わせる
免責金額の調整は、保険料を抑えるための有効な選択肢ですが、それだけでマンションの事故リスクが低下するわけではありません。
特に漏水事故が多いマンションでは、給排水管の老朽化対策が重要です。
例えば、免責金額を引き上げて保険料を削減しても、漏水事故が頻発すれば自己負担額が増加します。
一方、給排水管の更新工事によって漏水事故を減らすことができれば、自己負担額の減少が期待できます。
さらに、事故履歴の改善や適切な修繕状況が保険料の算定に反映される場合もあります。
つまり、免責金額の見直しと建物の修繕を組み合わせることで、保険料と事故対応費用の両方を抑えられる可能性があります。
管理組合は、保険契約の見直しを単独の支出削減策として考えるのではなく、建物全体のリスク管理の一環として位置付けることが重要です。
管理組合が実施すべき免責金額の比較シミュレーション
免責金額を変更する前には、複数の条件によるシミュレーションを実施することが望まれます。
例えば、現在の免責金額が5万円であれば、10万円、20万円に変更した場合の見積もりを取得します。
そのうえで、年間保険料の削減額を比較します。
さらに、過去5年間の事故履歴を確認し、各免責金額を適用した場合の自己負担額を試算します。
例えば、過去5年間に補償対象となる事故が5件あり、それぞれの損害額が30万円だったとします。
免責金額5万円の場合、自己負担額は合計25万円です。
免責金額10万円の場合、自己負担額は合計50万円になります。
差額は25万円です。
5年間の保険料削減額が52万5,000円であれば、過去と同じ事故状況が続くと仮定した場合、差引27万5,000円の負担軽減になります。
ただし、過去の事故履歴が将来も同じように続くとは限りません。
また、実際には事故の種類によって免責金額の適用条件が異なる場合があります。
そのため、過去の実績だけでなく、今後の建物の老朽化や修繕計画も踏まえて判断する必要があります。
結論
マンション保険料の高騰が続く中、免責金額の引き上げは、管理組合にとって有力な保険料削減策の1つです。
必要な補償を維持しながら、少額事故の自己負担を増やすことで、保険料を抑えられる可能性があります。
しかし、免責金額を引き上げれば、事故発生時の自己負担額も増加します。
特に漏水事故が頻発する高経年マンションでは、保険料の削減額よりも自己負担額の増加が大きくなる可能性があります。
したがって、免責金額の引き上げが合理的かどうかは、管理組合ごとに判断する必要があります。
重要なのは、過去の事故履歴、建物の管理状況、管理費会計の資金余力、将来の修繕計画などを総合的に検討することです。
また、主契約と賠償責任特約では事故の性質が異なるため、それぞれの免責金額を分けて検討することも有効です。
さらに、免責金額の変更によって生じる自己負担について、管理組合と区分所有者の責任関係を明確にしておく必要があります。
保険料を削減すること自体が目的になってはいけません。
保険の本来の役割は、管理組合や区分所有者が負担しきれない重大な損害に備えることです。
少額の損害は管理組合が負担し、大規模な損害は保険で補償するという考え方は、財政状態が安定している管理組合にとって合理的な選択肢となります。
一方、事故が多発しているマンションや資金余力の乏しい管理組合では、免責金額の引き上げに慎重な判断が求められます。
これからのマンション管理では、保険料の安さだけでなく、保険料と自己負担額を合わせた総費用を比較する視点が重要になります。
免責金額の適正化は、単なる保険料削減策ではなく、管理組合の財政運営とリスク管理を改善するための重要な経営判断なのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月10日「マンション保険に危機、管理組合向け大幅値上げ 免責額調整など対応策」
国土交通省「マンション標準管理規約」
国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」
日本損害保険協会「損害保険の基礎知識」