後継者不在でも廃業を避けられるか 親族承継と従業員承継とM&Aの選択基準

経営

中小企業の事業承継において、後継者不足が深刻な経営課題となっています。

長年にわたり黒字経営を続けてきた会社であっても、経営者の高齢化や後継者不在によって、廃業を選択せざるを得ない場合があります。

特に問題なのは、事業そのものには十分な収益力があり、従業員や取引先からも必要とされているにもかかわらず、経営を引き継ぐ人材がいないという理由で会社が消滅してしまうことです。

帝国データバンクの調査によると、2026年4月から9月までの後継者難による倒産は263件となり、前年同期比23%増加しました。

後継者不足は、単なる経営者個人の問題ではありません。

会社が廃業すれば、従業員の雇用が失われる可能性があり、取引先の事業活動や地域経済にも影響が及びます。

一方、事業承継の方法は、必ずしも親族への引き継ぎだけではありません。

役員や従業員への承継、第三者へのM&A、外部人材による経営など、さまざまな選択肢があります。

重要なのは、経営者が元気なうちに自社の状況を客観的に把握し、最適な承継方法を検討することです。

今回は、後継者不在の中小企業が廃業を回避するための方法を整理し、親族内承継、従業員承継、M&Aの特徴と選択基準について解説します。

後継者不足が中小企業の存続を脅かしている

日本企業の99%以上を占める中小企業は、地域経済や雇用を支える重要な存在です。

しかし、中小企業の経営者の高齢化が進み、事業承継の問題が深刻になっています。

特に、創業者が長年にわたり経営を続けてきた会社では、経営者個人に営業力や技術、取引先との関係が集中している場合があります。

そのため、経営者が退任すると、会社の経営そのものが難しくなることがあります。

例えば、従業員20人の製造業の会社を考えます。

年間売上高は3億円、営業利益は2,000万円で、金融機関への返済も順調です。

しかし、70歳の社長には子どもがおらず、役員や従業員にも経営を引き継ぐ意思のある人材がいません。

この場合、会社の業績が良好であっても、社長が経営を続けられなくなれば廃業の危険があります。

後継者不足による廃業は、経営不振による廃業とは異なる問題です。

会社の事業価値が残っているうちに、承継方法を検討することが重要になります。

親族内承継のメリットと課題

親族内承継は、経営者の子どもや配偶者などの親族に会社を引き継ぐ方法です。

従来の中小企業では、親族内承継が一般的な選択肢でした。

親族内承継のメリットは、経営理念や企業文化を引き継ぎやすいことです。

また、取引先や従業員にとっても、創業家による経営が継続することで安心感につながる場合があります。

一方、親族だからといって、必ずしも経営能力や承継意思があるとは限りません。

例えば、社長の長男が大企業に勤務しており、現在の仕事を続けたいと考えている場合があります。

このような場合、親族であることだけを理由に後継者に指名しても、円滑な事業承継は難しくなります。

また、親族内承継では、自社株式の移転に伴う贈与税や相続税が問題になります。

株式評価額が高い会社では、後継者に多額の納税負担が生じる可能性があります。

法人版事業承継税制を利用できる場合には、一定の要件のもとで贈与税や相続税の納税猶予を受けられます。

ただし、制度の利用には継続的な要件管理が必要です。

親族内承継では、後継者の意思と能力、株式移転の方法、税負担を総合的に検討する必要があります。

従業員承継は経営の継続性を確保しやすい

従業員承継は、会社の役員や従業員に経営を引き継ぐ方法です。

長年勤務してきた役員や幹部社員が後継者となるため、会社の事業内容や取引先との関係を理解していることが大きなメリットです。

例えば、社長が65歳で、50歳の専務取締役が営業部門と製造部門を統括している会社を考えます。

専務取締役が経営能力と承継意思を持っていれば、従業員承継が有力な選択肢になります。

しかし、従業員承継には大きな課題があります。

それが、株式取得資金の確保です。

例えば、会社の株式価値が1億円で、専務取締役の個人資産が1,000万円だった場合、株式を買い取るためには多額の資金が必要になります。

金融機関から融資を受ける方法もありますが、後継者個人の返済能力や会社の収益力によっては難しい場合があります。

また、先代経営者が株式を保有したまま経営権だけを移転すると、所有と経営が分離することになります。

この場合、株主である先代経営者と後継経営者の意見が対立する可能性もあります。

従業員承継では、経営権と株式の移転をどのように進めるかが重要になります。

MBOによる従業員承継という方法

従業員承継では、MBOという方法が利用される場合があります。

MBOとは、経営陣が会社の株式を取得し、経営権を確保する取引です。

例えば、社長が保有する株式を、後継者となる役員が設立した会社などを通じて取得する方法があります。

買収資金については、金融機関からの借入れや外部投資家からの出資などを組み合わせる場合があります。

MBOのメリットは、会社の事業内容を熟知した経営陣が経営を引き継げることです。

一方、買収資金の返済負担が大きくなる場合があります。

例えば、株式取得のために1億円を借り入れた場合、買収後の会社の利益やキャッシュフローが返済原資となることがあります。

会社の収益力が十分でなければ、借入金返済が経営を圧迫する可能性があります。

また、経営者保証の取り扱いにも注意が必要です。

先代経営者の個人保証が解除されないまま経営権だけが移転すると、先代経営者が引き続き保証責任を負う可能性があります。

MBOでは、株式取得資金、返済計画、経営者保証の解除を一体として検討する必要があります。

第三者M&Aは後継者不在企業の有力な選択肢

親族や従業員に後継者がいない場合には、第三者へのM&Aが有力な選択肢になります。

M&Aでは、外部の企業や個人に株式や事業を譲渡することで、会社の経営を引き継ぐことができます。

例えば、地方の製造業の会社が、同業の大手企業に買収される場合を考えます。

買い手企業が持つ営業網や資金力を活用することで、売り手企業の事業拡大につながる可能性があります。

また、買い手企業が経営人材を派遣することで、後継者不在の問題を解消できる場合もあります。

さらに、売り手経営者は株式譲渡によってまとまった資金を受け取れる可能性があります。

その資金を老後生活や資産運用に活用することも考えられます。

一方、M&Aでは買い手企業の信用力や経営方針を慎重に確認する必要があります。

買収後に従業員の雇用が維持されるか、主要取引先との関係が継続するかなども重要な判断材料です。

第三者M&Aは、単に会社を売却するための方法ではありません。

事業を継続し、会社の価値を次の経営者へ引き継ぐための手段として考える必要があります。

外部経営人材を活用する方法もある

後継者不在の問題に対応する方法として、外部から経営人材を招くことも考えられます。

例えば、経営経験のある人材を社長として採用し、創業者が株主として会社を保有し続ける方法です。

この場合、会社の所有権を直ちに移転する必要はありません。

外部経営者が事業運営を担当し、創業者は株主として経営を監督することができます。

ただし、所有と経営が分離するため、経営方針や利益配分を巡る対立が生じる可能性があります。

また、外部経営者の能力や人柄を十分に確認する必要があります。

経営者保証についても、先代経営者の保証が自動的に解除されるわけではありません。

さらに、創業者が死亡した場合には、株式の相続が発生します。

そのため、外部経営人材の活用は、経営者交代の方法として有効であっても、株式承継の問題を完全に解決するとは限りません。

将来的な株式移転や相続対策まで含めて検討することが重要です。

承継方法を選ぶ際には税負担を比較する

事業承継方法を選択する際には、税負担の違いを理解する必要があります。

親族内承継では、株式の贈与や相続に伴う贈与税や相続税が問題になります。

一定の要件を満たす場合には、法人版事業承継税制による納税猶予を利用できる可能性があります。

一方、従業員承継では、株式を時価で売買する場合と、贈与によって移転する場合で税務上の取り扱いが異なります。

また、第三者M&Aでは、個人株主が株式を譲渡した場合、原則として譲渡益に20.315%の税率が適用されます。

例えば、株式譲渡価格が1億円、取得費が1,000万円、譲渡費用が500万円だった場合を考えます。

株式譲渡所得は8,500万円です。

この金額に20.315%を乗じると、税額は約1,727万円になります。

したがって、税金と譲渡費用を差し引いた手取り額は約7,773万円です。

ただし、実際の税負担は株式の取得経緯や他の税務上の事情によって異なります。

重要なのは、承継方法ごとの税負担と資金収支を比較することです。

経営者の老後資金も重要な判断材料になる

事業承継では、会社の将来だけでなく、先代経営者の老後生活も考える必要があります。

例えば、65歳の経営者が会社を引退し、その後の生活費として年間500万円を必要とする場合を考えます。

仮に90歳までの25年間を想定すると、単純計算では1億2,500万円の生活費が必要になります。

もちろん、実際には公的年金、退職金、保有金融資産、生活費の変化などを考慮する必要があります。

親族内承継では、株式を子どもに贈与しても、経営者自身が売却代金を受け取るわけではありません。

そのため、役員退職金や個人金融資産などによって老後資金を確保する必要があります。

一方、第三者M&Aでは、株式譲渡によってまとまった資金を受け取れる可能性があります。

ただし、税金や仲介手数料を差し引いた手取り額で考える必要があります。

また、経営者保証が残っている場合には、売却後も個人財産に影響が及ぶ可能性があります。

事業承継では、会社の承継計画と経営者個人の老後資金計画を一体として検討することが重要です。

後継者候補の経営能力をどう判断するか

事業承継では、後継者候補がいることだけで安心してはいけません。

重要なのは、その人材が会社を継続的に経営できるかどうかです。

例えば、営業成績が優秀な幹部社員であっても、資金繰りや人事管理、設備投資、金融機関対応などの経営判断に十分な経験があるとは限りません。

また、親族であるという理由だけで後継者を決めることも適切ではありません。

後継者には、事業内容の理解に加え、財務管理能力、従業員との信頼関係、取引先との交渉能力などが求められます。

そのため、承継前から段階的に経営経験を積ませることが重要です。

例えば、営業部門の責任者から取締役へ昇格させ、経営会議への参加や金融機関対応を経験させる方法があります。

また、事業計画の策定や設備投資の判断を担当させることで、経営者としての能力を確認できます。

後継者育成には時間がかかるため、早期に準備を始めることが望まれます。

事業承継を先送りすることのリスク

後継者問題を抱える経営者のなかには、まだ元気だからという理由で事業承継を先送りする人もいます。

しかし、経営者の健康状態や会社の経営環境は、必ずしも予測どおりに推移するわけではありません。

例えば、70歳の社長が突然入院し、長期間経営判断を行えなくなった場合を考えます。

会社の資金繰りや取引先対応が社長個人に集中していれば、事業運営に支障が生じる可能性があります。

また、社長が会社の株式を100%保有している場合、相続が発生すると株式が相続人に移転します。

相続人が複数いる場合には、株式の分散や経営方針を巡る対立が生じる可能性があります。

さらに、経営者が高齢になるほど、買い手企業が経営者の退任後の事業継続性を慎重に評価する場合があります。

事業承継の準備を先送りすると、選択肢が狭まる可能性があるのです。

廃業を避けるための事業承継計画

後継者不在の会社が廃業を回避するためには、早い段階から事業承継計画を策定することが重要です。

まず、会社の現状を把握します。

財務内容、収益力、借入金、役員借入金、保有不動産、従業員構成、主要取引先などを整理します。

次に、後継者候補の有無を確認します。

親族や役員、従業員に承継意思のある人材がいるかどうかを確認します。

そのうえで、親族内承継、従業員承継、第三者M&Aなどの選択肢を比較します。

特に重要なのは、次の事項です。

  1. 後継者候補の有無と承継意思
  2. 後継者の経営能力と育成期間
  3. 自社株式の評価額
  4. 贈与税や相続税などの税負担
  5. 株式取得資金の調達方法
  6. 経営者保証の解除
  7. 役員借入金の整理
  8. 従業員の雇用維持
  9. 主要取引先との関係継続
  10. 先代経営者の老後資金

これらを整理することで、承継方法ごとの課題が明確になります。

また、事業承継・引継ぎ支援センターなどの公的支援機関を活用することも考えられます。

第三者M&Aを検討する場合には、仲介業者の選定や買い手企業の信用調査にも注意が必要です。

事業承継には複数の選択肢を残しておく

事業承継を成功させるためには、最初から一つの方法に限定しないことも重要です。

例えば、経営者が60歳の時点では、長男への親族内承継を想定していたとします。

しかし、長男が会社を継ぐ意思を持たない場合には、従業員承継や第三者M&Aを検討する必要があります。

また、後継者候補となる幹部社員がいても、株式取得資金を確保できない場合があります。

そのような場合には、外部投資家の活用や第三者へのM&Aなど、別の方法を検討することが考えられます。

重要なのは、会社の事業価値が維持されているうちに複数の選択肢を比較することです。

業績が悪化してからM&Aを検討しても、希望する買い手が見つからない可能性があります。

また、経営者が高齢になってから後継者育成を始めても、十分な時間を確保できない場合があります。

事業承継は、一度決めた方法を最後まで変更できないものではありません。

会社の状況や後継者候補の意思に応じて、柔軟に計画を見直すことが重要です。

結論

後継者不在は、中小企業の存続を左右する重要な経営課題です。

しかし、後継者がいないからといって、直ちに廃業を選択する必要はありません。

親族内承継、従業員承継、第三者M&A、外部経営人材の活用など、複数の方法を検討することができます。

親族内承継では、経営理念や企業文化を引き継ぎやすい一方、後継者の意思や能力、株式移転に伴う税負担が問題になります。

従業員承継では、会社の事業内容を熟知した人材が経営を引き継げる一方、株式取得資金の確保が課題になります。

第三者M&Aでは、外部企業の資金力や経営資源を活用できる可能性がありますが、買い手の信用力や買収後の経営方針を慎重に確認する必要があります。

また、どの方法を選択する場合でも、経営者保証の解除、役員借入金の整理、従業員の雇用維持、先代経営者の老後資金などを検討することが重要です。

事業承継の目的は、単に経営者を交代させることではありません。

長年にわたり培ってきた技術、顧客基盤、従業員の雇用、地域社会との関係を次の世代へ引き継ぐことにあります。

そのためには、経営者が元気なうちに会社の現状を把握し、複数の承継方法を比較することが必要です。

特に、後継者不在を理由とする廃業を避けるためには、会社の収益力や事業価値が維持されている段階から準備を進めることが重要になります。

後継者がいないことは、必ずしも会社の将来がないことを意味しません。

適切な承継方法を選択することで、経営者の引退後も会社が事業を継続し、新たな成長につながる可能性があります。

事業承継を経営者個人の引退問題として捉えるのではなく、会社の未来を設計する重要な経営戦略として考えることが、廃業を回避するための第一歩になると考えます。

参考

日本経済新聞 2026年10月10日 中小の事業承継、悪質なM&A仲介排除へ 強制調査など法整備検討

中小企業庁 2024年8月 中小M&Aガイドライン第3版

中小企業庁 2025年版中小企業白書

中小企業庁 事業承継ガイドライン

帝国データバンク 2026年10月 後継者難倒産に関する調査

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