企業で大きな取引が決まった後、税務部門にこんな相談が持ち込まれることがあります。
「この取引の税金はいくらになりますか」
もちろん、税額を正確に計算することは税務部門の重要な仕事です。
しかし、M&Aや事業再編が経営戦略の中心になる時代には、それだけでは十分ではありません。
なぜなら、取引方法や実行する順番によって税務上の結果が大きく変わることがあるからです。
事業を売却すると決めてから税務を検討するのではなく、どの事業をどのような方法で再編するのかという構想段階から税務部門が参加する。
これからの企業税務には、そんな役割が求められると思います。
税務部門が最後に呼ばれる問題
企業のM&Aでは、まず経営企画部門や事業部門が案件を検討します。
買収価格を決め、相手企業と交渉し、取引の大枠が固まります。
その後、経理、法務、税務などの管理部門が詳細を確認する。
こうした進め方は珍しくありません。
しかし、税務部門が最後に参加すると問題が生じる場合があります。
すでに取引方法が決まっている。
契約条件もほぼ固まっている。
スケジュールも変更できない。
その段階で税務上の問題が判明しても、できることは限られます。
税務部門は税金を計算するだけになってしまいます。
同じ事業売却でも税務は同じではない
例えば、ある事業を他社へ売却するとします。
経営者から見れば「事業を売る」という1つの取引です。
しかし、実際にはさまざまな方法があります。
事業そのものを譲渡する方法があります。
対象事業を子会社へ移して、その子会社株式を売却する方法もあります。
会社分割などの組織再編を組み合わせることも考えられます。
どの方法を選ぶかによって、法人税をはじめとする税務上の取扱いが異なる可能性があります。
買い手側の税務も違います。
つまり、税務は取引が決まった後に計算するだけの問題ではありません。
取引の形を決める段階から関係しているのです。
税引後でいくら残るかを見る
M&Aでは売却価格が注目されます。
例えば、A社から500億円、B社から480億円の買収提案を受けたとします。
単純に考えれば500億円を提示したA社の方が有利です。
しかし、取引条件や売却方法が違えば、税引後で会社に残る金額が逆転する可能性もあります。
経営にとって重要なのは表面的な売却価格だけではありません。
税金や取引費用を差し引いた後に、いくら手元へ残るのか。
その資金を次の成長投資へいくら振り向けられるのか。
税務部門には、この税引後キャッシュフローを経営陣へ示す役割があります。
買収でも税務は重要になる
税務が重要なのは事業売却だけではありません。
企業を買収するときにも税務は大きな論点になります。
買収対象企業に過去の税務リスクがないか。
税務調査で問題になる可能性はないか。
繰越欠損金などの税務上の項目をどのように扱うのか。
買収後の組織再編をどうするのか。
海外企業を買収する場合には、さらに複雑な国際税務の問題も加わります。
買収価格だけを見て意思決定すると、買収後に想定外の税負担が発生する可能性があります。
税務デューデリジェンスが重要になる理由です。
新税制では売却と買収を一体で見る
2027年度税制改正に向けて要望されている事業ポートフォリオ転換・強化促進税制が実現すれば、税務部門の役割はさらに広がる可能性があります。
この制度で重要なのは、事業などの売却だけを見るのではなく、その後の買収などまで一体として考える点です。
どの事業を売るのか。
売却益はいくらになるのか。
その後、どの事業を取得するのか。
売却と買収の間隔はどの程度になるのか。
制度の適用要件を満たすのか。
税務部門が個々の取引だけを見ていては対応できません。
企業全体の事業ポートフォリオ計画を理解する必要があります。
税務部門にも未来を見る仕事が増える
従来の企業税務は、過去の取引を正しく処理する仕事が中心でした。
決算を締める。
課税所得を計算する。
申告書を作成する。
税務調査に対応する。
いずれも非常に重要な仕事です。
しかし、M&Aや事業再編では未来を見る必要があります。
今後どの事業を成長させるのか。
どの事業を売却する可能性があるのか。
どの地域へ進出するのか。
どの会社を買収する可能性があるのか。
その経営戦略を理解したうえで、将来発生する税務上の論点を先回りして整理する必要があります。
税務が過去を処理する仕事から、未来の取引を設計する仕事へ広がっていくわけです。
経営企画との距離が近くなる
この変化によって、税務部門と経営企画部門の距離も近くなるでしょう。
経営企画部門が、
3年後までに非中核事業を売却する。
成長分野で大型M&Aを実施する。
海外事業を拡大する。
といった計画を持っているのであれば、税務部門も早い段階で把握する必要があります。
取引が具体化してから相談を受けるのではなく、経営計画そのものを共有することが重要です。
税務部門が経営会議に近い場所で仕事をする意味も大きくなります。
税務の専門用語を経営の言葉へ変える
一方で、税務部門側にも変化が必要です。
経営者に税法の条文をそのまま説明しても、意思決定にはつながりません。
重要なのは、専門的な税務論点を経営の言葉へ変えることです。
この方法なら税引後で300億円残ります。
この方法では税負担が先に発生するため、買収に使える資金が減ります。
この順番なら課税繰延べ制度を利用できる可能性があります。
この再編方法には将来の税務リスクがあります。
こうした形で説明できれば、税務情報が経営判断の材料になります。
税務部門に必要なのは税法の知識だけではありません。
その知識を経営判断につなげる力です。
税金を減らすことが目的ではない
ここで注意したいことがあります。
税務部門が経営戦略へ深く関与することは、税金をできるだけ減らすことを意味するわけではありません。
企業経営の目的は税負担の最小化ではありません。
企業価値を高めることです。
税金が少なくても、収益性の低い取引であれば意味がありません。
逆に、大きな税負担が発生しても、それ以上に大きな企業価値を生み出す投資なら実行する合理性があります。
税務部門が示すべきなのは、
税金が一番少ない方法
ではなく、
税引後で企業価値を最も高められる選択肢
なのだと思います。
税務部門はブレーキ役だけではない
管理部門はしばしば、事業部門からブレーキ役と見られることがあります。
税務リスクがあります。
この方法は難しいです。
制度上できません。
もちろん、企業を守るために止めなければならない取引もあります。
しかし、それだけでは経営への貢献は限定されます。
この方法は難しいが、別の方法なら実現できる。
この順番なら税務上の問題を抑えられる。
この制度を利用すれば選択肢が広がる。
問題を指摘するだけではなく、代替案を示す。
これからの税務部門には、この姿勢がますます重要になるでしょう。
結論
M&Aや事業再編が増えるほど、税務部門を最後に呼ぶ経営では対応が難しくなると思います。
取引が決まった後に税金を計算するだけでは、選択肢を変えられないからです。
税務部門は、事業再編の構想段階から参加する。
売却価格ではなく税引後キャッシュフローを見る。
個別取引ではなく事業ポートフォリオ全体を見る。
過去の申告だけではなく未来の経営計画を見る。
そして税法の専門知識を、経営者が判断できる言葉へ翻訳する。
こうした役割が重要になります。
企業税務は経営の後工程ではありません。
税務を早く検討することで、経営者が選べる選択肢を増やすことができます。
税金を計算する部門から、税引後の企業価値を考える部門へ。
事業再編が本格化する時代には、税務部門そのものにも大きな変革が求められているのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月6日朝刊 新税制は企業を目覚めさせるか 事業再編の起爆剤に