企業の成長戦略というと、何を始めるかが注目されます。
新しい事業へ進出する。
企業を買収する。
工場を建設する。
研究開発を増やす。
海外市場へ進出する。
しかし、企業が使える資金や人材には限界があります。
新しいことを始め続けるだけでは、事業も組織も膨らんでいきます。
そこで必要になるのが「何をやめるか」という判断です。
事業ポートフォリオ改革の本質は、新しい事業を増やすことだけではありません。
企業が持っている事業の中から、何を残し、何を手放すのかを決めることにあります。
そして、この「捨てる決断」こそ経営者にとって最も難しい仕事の1つなのだと思います。
赤字事業を捨てるだけでは足りない
企業が事業整理を行う場合、最初に対象となるのは赤字事業です。
毎年損失を出している。
将来の黒字化も難しい。
市場そのものが縮小している。
こうした事業から撤退することには比較的説明がつきやすいでしょう。
しかし、本格的な事業ポートフォリオ改革では、それだけでは十分ではありません。
利益が出ている事業についても見直す必要があります。
年間5億円の利益を出している事業でも、そこに200億円の資本を投入しているのであれば、その収益性が十分なのかを考えなければなりません。
黒字だから残す。
この判断だけでは、企業全体の資本効率はなかなか改善しません。
過去の成功事業ほど捨てにくい
特に難しいのが、かつて会社を成長させた事業です。
創業事業。
会社の名前を世の中に広めた商品。
長年利益を支えてきた部門。
こうした事業には数字では測れない思い入れがあります。
経営者だけではありません。
従業員にも取引先にも顧客にも歴史があります。
そのため、収益性が低下していても、
もう少し頑張れば回復する。
この事業だけは残したい。
と考えやすくなります。
しかし、過去に会社を成長させた事業が、未来も会社を成長させるとは限りません。
企業経営で難しいのは、過去の成功を否定することではなく、過去の成功と未来の成長を切り分けて考えることです。
経営資源には限界がある
企業が何かを捨てなければならない最大の理由は、経営資源が有限だからです。
資金には限りがあります。
人材にも限りがあります。
経営者が使える時間にも限りがあります。
例えば、10の事業を持つ企業があるとします。
すべての事業を成長させようとすれば、資金も人材も10に分散します。
一方、将来性の高い3つの事業へ経営資源を集中できれば、その3事業の競争力を大きく高められる可能性があります。
選択と集中とは、成長分野を選ぶことだけではありません。
選ばなかった分野から経営資源を引き上げるところまで実行して初めて成立します。
撤退には見えないコストがある
低収益事業を持ち続けるコストは、損益計算書だけでは分かりません。
例えば、その事業が年間1億円の利益を出しているとします。
黒字なので、会社に貢献しているように見えます。
しかし、その事業に優秀な営業担当者が50人配置されていたらどうでしょうか。
その50人を成長事業へ配置すれば、10億円の利益を生み出せるかもしれません。
工場や研究開発費についても同じです。
現在の事業に投入しているため、別の事業へ投入できない。
これが機会費用です。
企業が捨てるべき事業を判断するときは、その事業が生み出している利益だけでなく、そこに固定されている経営資源を見る必要があります。
売却という選択肢を持つ
事業をやめる方法は、廃止だけではありません。
他社へ売却する方法があります。
自社では優先順位の低い事業でも、他社にとっては重要な成長事業になる可能性があります。
これがベストオーナーという考え方です。
自社で持ち続けるよりも、別の企業が保有した方が事業価値を高められる。
そう判断できるのであれば、売却は合理的な選択になります。
しかも、売却によって得た資金を自社の成長事業へ投入できます。
売る側も成長する。
買う側も成長する。
売却される事業にも新しい成長機会が生まれる。
理想的な事業再編は、単なる縮小ではなく経営資源の再配置なのです。
税制が捨てる決断を難しくすることもある
ただし、事業を売却すると税務上の問題が生じることがあります。
長期間保有してきた事業や子会社を売却すると、多額の売却益が発生することがあります。
その売却益に対して大きな税負担が生じれば、
今売却すると税金が発生するから持っておこう。
という判断につながる可能性があります。
経営上は売却した方が合理的なのに、税制によって事業が固定されるわけです。
2027年度税制改正に向けて要望されている事業ポートフォリオ転換・強化促進税制が注目される理由もここにあります。
一定期間内に事業などの売却と買収を行う場合に売却益への課税を繰り延べることで、企業の事業入れ替えを後押しすることが狙われています。
売った後に何をするかがもっと重要
しかし、事業を売却すれば事業ポートフォリオ改革が完成するわけではありません。
むしろ重要なのは、その後です。
例えば、非中核事業を500億円で売却したとします。
500億円の現金が会社に入ります。
その資金を何年も現預金として保有するだけなら、企業の成長力が高まるとは限りません。
成長企業を買収する。
設備投資を増やす。
研究開発を強化する。
人材へ投資する。
株主へ還元する。
複数の選択肢の中から、企業価値を最も高める資本配分を考える必要があります。
何を捨てるかと、何を強くするかはセットなのです。
撤退基準を平時に決めておく
事業撤退が難しくなる理由の1つは、判断基準が曖昧だからです。
業績が悪くなってから撤退を検討すると、
来年は回復するかもしれない。
新商品が成功すれば変わる。
もう少し投資すれば黒字化できる。
という議論が続きます。
そこで重要になるのが、平時から撤退基準を決めておくことです。
資本収益性。
市場成長率。
競争力。
将来必要となる投資額。
他事業との相乗効果。
こうした指標を定期的に確認し、一定の基準を下回った場合には売却や撤退を検討する。
事業ポートフォリオ改革を特別なイベントではなく、通常の経営管理に組み込むことが重要です。
税務部門にも撤退戦略への参加が求められる
事業を手放すときには、税務も早い段階から検討する必要があります。
事業譲渡にするのか。
子会社株式を売却するのか。
会社分割などを先に行うのか。
スピンオフという方法は使えるのか。
新しい税制の対象になるのか。
取引方法によって税務上の結果が変わる可能性があります。
そのため、経営者が売却を決定してから税務部門へ相談するのではなく、
「この事業を3年以内に見直す可能性がある」
という段階から情報を共有することが重要です。
税務部門も撤退戦略の設計に参加する時代になるでしょう。
経営者の仕事は資源配分である
事業ポートフォリオ改革を突き詰めていくと、経営者の重要な仕事が見えてきます。
それは資源配分です。
会社が持っている資金をどこへ使うのか。
優秀な人材をどこへ配置するのか。
経営者自身の時間をどの事業へ使うのか。
何を買うのか。
そして何を売るのか。
企業が持つ限られた資源を、最も価値を生み出せる場所へ移すことが経営者の役割です。
新しい事業を始める決断だけが経営ではありません。
長年続けてきた事業を手放す決断もまた、重要な経営なのです。
結論
企業には歴史があります。
その歴史は、多くの事業の積み重ねによって作られてきました。
だからこそ、事業を手放すことは簡単ではありません。
しかし、会社の歴史を守ることと、過去の事業をすべて守ることは同じではありません。
企業が100年続くためには、むしろ事業を変え続ける必要があります。
何を始めるか。
何を強くするか。
何を手放すか。
そして、手放して生まれた資金と人材をどこへ移すか。
これを繰り返すことが事業ポートフォリオ経営なのだと思います。
経営者にとって最も難しいのは、成長事業へ投資する決断ではないのかもしれません。
利益が出ていて、長い歴史があり、多くの人が関わっている事業について、それでも手放した方が会社と事業の未来にとってよいと判断することです。
何を持っている会社なのかではなく、限られた経営資源をどこへ配分する会社なのか。
日本企業が本格的な事業再編の時代へ入るのであれば、経営者にはこの問いへの答えがますます求められるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月6日朝刊 新税制は企業を目覚めさせるか 事業再編の起爆剤に