賃上げ税制は本当に賃金を上げたのか(政策効果編)

税理士
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日本では近年、「賃上げ」が経済政策の中心テーマとなっています。政府は企業に対し、継続的な賃上げを求め、その後押しとして「賃上げ促進税制」を拡充してきました。

法人税の税額控除を通じて企業行動を誘導しようという政策ですが、果たしてこの制度は本当に賃金上昇につながったのでしょうか。

表面的には、近年の春闘賃上げ率は高水準となっています。しかし、その背景には物価上昇、人手不足、最低賃金上昇など複数の要因が存在しており、税制効果だけを切り分けることは簡単ではありません。

本記事では、賃上げ税制の政策目的と実際の効果を整理しながら、「税制で賃金は上げられるのか」という本質的な論点を考えていきます。

賃上げ税制の基本構造

賃上げ促進税制は、一定以上の給与増加を行った企業に対し、法人税または所得税の税額控除を認める制度です。

制度趣旨は非常に明確です。

  • 企業の内部留保を賃金へ回す
  • 消費を拡大する
  • デフレ脱却を促す
  • 成長と分配の好循環を作る

つまり、「減税をインセンティブとして企業の賃上げ行動を促す」制度です。

近年は人的資本経営の考え方も加わり、

  • 教育訓練費
  • 子育て支援
  • 女性活躍
  • 継続雇用

なども制度要件へ組み込まれてきました。

実際に賃金は上がったのか

表面的に見ると、日本の賃上げ率は確かに上昇しています。

特に2024年以降は、春闘賃上げ率が高水準となり、「30年ぶりの賃上げ」とも言われました。

しかし、ここで重要なのは、

「なぜ賃金が上がったのか」

です。

その背景には、少なくとも以下の要因があります。

人手不足の深刻化

現在の日本では、多くの業種で人材確保競争が激化しています。

特に、

  • 建設業
  • 物流業
  • 介護業
  • 飲食業
  • 地方中小企業

では、賃上げしなければ採用できない状況が広がっています。

つまり現在の賃上げは、

「政策誘導型」

というより、

「人手不足対応型」

の側面が極めて強いのです。

物価上昇への対応

近年はインフレが進み、企業側にも賃上げ圧力が高まっています。

従業員側から見れば、

「給料が上がっても生活は楽にならない」

という実感も少なくありません。

実際には、名目賃金が上がっても実質賃金はマイナスという局面も続きました。

つまり、

「賃上げ=豊かになった」

とは単純には言えない状況です。

税制効果はどこまであったのか

では、賃上げ税制そのものに効果はあったのでしょうか。

結論からいえば、

「一定の後押し効果はあったが、決定打ではなかった」

という評価が現実的でしょう。

大企業では“後押し”として機能

利益余力のある大企業では、

  • 税額控除メリット
  • 政府要請
  • ESG対応
  • 投資家評価

などもあり、賃上げを進めやすい環境がありました。

特に上場企業では、

「賃上げをしていない企業」

への社会的視線も強まりました。

この意味では、税制は「最後の一押し」として機能した側面があります。

中小企業では限界も大きい

一方、中小企業では事情が異なります。

そもそも赤字企業が多く、税額控除を十分活用できないケースも少なくありません。

また、

  • 原材料高
  • 人件費高騰
  • 価格転嫁難
  • 人手不足

が同時進行しており、賃上げ余力自体が乏しい企業もあります。

つまり、

「税制優遇があるから賃上げする」

以前に、

「賃上げしたくてもできない」

企業も多いのです。

賃上げ税制の構造的限界

賃上げ税制には、制度設計上の限界もあります。

税額控除は“利益企業優遇”になりやすい

税額控除制度は、利益が出ている企業ほど恩恵が大きくなります。

しかし、日本経済全体で見ると、人手不足が深刻なのは必ずしも高収益企業だけではありません。

むしろ、

  • 地方企業
  • 労働集約型産業
  • 小規模事業者

ほど人材確保が難しくなっています。

つまり、

「支援が必要な企業ほど使いにくい制度」

という側面があります。

生産性向上なしでは持続できない

賃上げは、本来は生産性向上によって支えられるべきものです。

しかし現在は、

  • 人手不足
  • インフレ
  • 最低賃金上昇

による“防衛的賃上げ”も多くなっています。

この状態が続けば、

  • 利益圧迫
  • 倒産増加
  • 人件費負担増

につながる可能性もあります。

つまり、

「賃上げだけ先行する構造」

には限界があるのです。

政策は「賃上げ」から「構造改革」へ向かうのか

今後の政策は、単なる賃上げ支援から、より広い構造改革型へ移行していく可能性があります。

例えば、

  • DX投資
  • AI導入
  • 省人化
  • リスキリング
  • 価格転嫁支援
  • 労働移動支援

などとの組み合わせです。

つまり、

「賃上げを補助する」

のではなく、

「賃上げできる企業体質を作る」

方向へ政策軸が移っていく可能性があります。

これは税制だけではなく、

  • 補助金政策
  • 労働政策
  • 社会保険制度
  • 地方政策

とも一体化していくテーマでしょう。

中小企業経営に求められる視点

今後の中小企業経営では、単なる「賃上げ対応」だけでは不十分になる可能性があります。

重要なのは、

  • どの業務を人が担うのか
  • どこをAI・DX化するのか
  • 価格転嫁をどう進めるのか
  • 少人数で回る組織をどう作るのか

という構造改革視点です。

つまり、

「賃上げに耐える経営」

ではなく、

「賃上げできる経営」

への転換が問われる時代に入っています。

結論

賃上げ税制は、日本企業の賃上げを一定程度後押ししたことは間違いありません。

しかし現在の賃上げは、

  • 人手不足
  • 物価上昇
  • 労働市場変化

によって生じている側面も大きく、税制だけで説明できるものではありません。

また、税額控除型制度には、

「利益企業ほど有利」

という構造的限界もあります。

本質的には、

  • 生産性向上
  • DX化
  • 価格転嫁
  • 労働市場改革

と一体で進めなければ、持続的賃上げは難しいでしょう。

今後の日本では、「賃上げ政策」そのものよりも、「賃上げできる経済構造を作れるか」が問われる段階へ入りつつあるのかもしれません。

参考

・月刊 所長のミカタ 2026年5月号「教育訓練費の上乗せ廃止 変化する賃上げ税制を活用」
・財務省「令和8年度税制改正大綱」
・経済産業省「賃上げ促進税制の概要」
・厚生労働省「毎月勤労統計調査」
・中小企業庁「中小企業白書」

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