ステーブルコインは価格を安定させることを目的としたデジタル通貨です。
円建てステーブルコインなら、基本的には1コインを1円として利用できるよう設計されています。
しかし、1コイン1円と表示されているからといって、どのような状況でも必ず安全だと考えることはできません。
もし多くの利用者が同時に不安を感じ、ステーブルコインを円へ戻そうとしたらどうなるのでしょうか。
銀行で預金者が一斉に預金を引き出す取り付け騒ぎに似た現象が、ステーブルコインでも起きる可能性を考える必要があります。
信用があるから1円として使える
ステーブルコインの価値を考えるうえで重要なのは信用です。
利用者が1JPYCを受け取ったとします。
それを1円相当として受け取れるのは、将来も1円相当として利用したり、一定の仕組みのもとで円へ戻したりできると考えているからです。
つまり、ステーブルコインの価値は技術だけで維持されているわけではありません。
発行者が十分な裏付け資産を保有していること。
必要なときに償還できること。
資産が適切に管理されていること。
こうした仕組みに対する信用が必要です。
裏付け資産が重要になる
元記事では、JPYCについて利用者から受け入れた資金以上の国債や円を保有し、資産を分別管理すると説明されています。
これはステーブルコインの信用を考えるうえで非常に重要です。
例えば100億円分のステーブルコインが発行されているとします。
それに対応する十分な円や国債が存在し、必要なときに換金できれば、利用者から償還を求められても対応しやすくなります。
反対に、発行残高に対して裏付け資産が不足していれば、大量償還が発生したときに問題になります。
ステーブルコインでは、発行残高と裏付け資産の関係が信用の基礎になります。
何がきっかけで大量償還が起きるのか
大量償還は、実際に発行者が破綻したときだけ起こるとは限りません。
重要なのは利用者の心理です。
裏付け資産が不足しているのではないかという情報が広がる。
発行者の経営不安が報道される。
サイバー攻撃が発生する。
償還が遅れているという情報が広がる。
こうした出来事があれば、利用者は早く円へ戻した方がよいと考える可能性があります。
最初は一部の利用者だけでも、償還する人が増えているという情報自体が次の償還を呼ぶことがあります。
金融では信用不安が自己増殖することがあります。
365日24時間動くことが不安を加速させる可能性
ステーブルコインには365日24時間取引できるというメリットがあります。
しかし、信用不安が発生した場合には、この特徴が逆方向に働く可能性もあります。
銀行店舗なら営業時間があります。
一方、デジタル資産ではスマートフォンから短時間で取引できます。
SNSなどを通じて不安が急速に広がり、多くの利用者が同時に資産を動かすことも考えられます。
デジタル金融では、資金移動の速度だけでなく信用不安が広がる速度も速くなる可能性があります。
国債を持っていれば絶対安全とは限らない
裏付け資産として国債を保有していれば安全だと考えたくなります。
確かに国債は重要な裏付け資産になり得ます。
しかし、ここでも注意が必要です。
国債には満期があります。
また、市場金利が上昇すれば既に発行されている債券の市場価格が下落することがあります。
大量の償還に対応するため、保有している国債を短期間で売却しなければならなくなった場合、保有資産の内容によっては影響を受ける可能性があります。
重要なのは国債を持っているかどうかだけではありません。
どのような国債をどの程度持ち、どの程度すぐに現金化できるのかという流動性も重要です。
銀行の取り付けとは構造が違う
銀行の取り付けとステーブルコインの大量償還は似ていますが、まったく同じではありません。
銀行は預金として集めた資金などを企業や個人へ貸し出します。
住宅ローンなら返済期間が数十年になることもあります。
そのため預金者が一斉に預金を引き出そうとしても、融資先からその場ですべて返済してもらうことはできません。
これが銀行の流動性管理が重要になる理由です。
一方、ステーブルコインでは発行残高に対応する円や国債などの裏付け資産を確保する仕組みが重要になります。
資産と負債の構造が銀行とは異なります。
分別管理は重要な安全策
発行者自身の財産と利用者のために保有する資産をどのように管理するかも重要です。
元記事ではJPYCについて資産を分別管理するとされています。
分別管理には、利用者のための資産と事業者自身の資産を区分する意味があります。
発行会社の事業に問題が生じた場合でも、利用者の資産をどのように保護するかという観点で重要な仕組みです。
ただし、分別管理という言葉だけで判断するのではなく、具体的にどのような法的仕組みで資産が保全されているのかを確認することが重要です。
預金保険と同じではない
銀行預金とステーブルコインを比較するとき、もう1つ重要なのが預金保険制度です。
一般の銀行預金には一定の範囲で預金保険制度があります。
ステーブルコインを銀行預金と同じものと考えることはできません。
ステーブルコインでは発行形態や資産保全の仕組みなどを確認する必要があります。
利用者から見れば、どちらも1円単位で表示されるため同じように見えるかもしれません。
しかし、その1円を守る制度は同じではありません。
信託型には別の資産保全の考え方がある
元記事で紹介されているJPYSCは信託型のステーブルコインです。
信託型では信託の仕組みを利用して資産を管理します。
これは発行者自身の信用だけに依存しない資産保全を考えるうえで重要な特徴です。
資金移動業型と信託型では、利用者の資産をどのような法律関係で保護するかが異なります。
ステーブルコインの安全性を比較するときには、利便性や手数料だけではなく発行形態まで見る必要があります。
情報開示が信用を支える
取り付けを防ぐうえで重要なのは、利用者が安心できる情報を提供することです。
現在いくら発行されているのか。
裏付け資産はいくらあるのか。
どのような資産を保有しているのか。
どこで管理されているのか。
必要なときにどの程度迅速に償還できるのか。
こうした情報が分かりやすく開示されれば、利用者は発行者の健全性を判断しやすくなります。
逆に情報が不透明なら、小さなうわさでも信用不安につながる可能性があります。
デジタル通貨だからこそ、裏側の資産について高い透明性が求められます。
信用不安は決済にも波及する
ステーブルコインが単なる投資商品なら、価格下落の影響は保有者を中心にとどまります。
しかし、日常の決済や企業間取引に利用されるようになれば影響は広がります。
企業が売上代金として受け取っている。
仕入先への支払いに使っている。
給与や経費の精算に利用している。
このような状況で特定のステーブルコインへの信用が失われれば、企業活動そのものに影響する可能性があります。
普及すればするほど、ステーブルコインの安定性は金融システム全体の問題に近づいていきます。
結論
ステーブルコインでも、利用者が一斉に円への交換を求める大量償還が起きる可能性を考える必要があります。
そのリスクを抑える鍵となるのが裏付け資産です。
発行残高に見合う資産が存在するか。
その資産は安全なのか。
必要なときにすぐ現金化できるのか。
利用者のための資産として適切に管理されているのか。
こうした条件がステーブルコインの信用を支えます。
そしてデジタル金融では、信用不安が広がる速度も資金が逃げる速度も速くなる可能性があります。
1コイン1円という表示だけを見て安全性を判断することはできません。
重要なのは、その1円の裏側に何があるかです。
ステーブルコインが社会の決済インフラへ成長するほど、発行者には銀行にも似た高い透明性と信頼性が求められるようになるでしょう。
便利なデジタル通貨を支える最後の土台は、最新技術ではなく信用なのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「個人間・国際送金を安く ステーブルコインを活用」
日本経済新聞 2026年10月3日 朝刊 「実証実験の最中」