年収の壁を超えて働くことを考えるとき、多くの人が最初に気にするのは社会保険料です。
厚生年金や健康保険に加入すれば、給与から保険料が差し引かれます。
扶養内で働いていた人にとっては、それまでなかった負担が発生するため、手取りが減ったと感じやすくなります。
しかし、厚生年金の保険料は単なる支出ではありません。
加入した期間と給与に応じて、将来受け取る老齢厚生年金が増えます。
年収の壁を考える場合には、現在の手取りだけではなく、将来いくら年金が増えるのかを見ることが重要です。
厚生年金は基礎年金への上乗せ
日本の公的年金は、よく2階建てに例えられます。
1階部分が国民年金から支給される老齢基礎年金です。
会社員などが加入する厚生年金は、その上に乗る2階部分にあたります。
配偶者の扶養に入り国民年金の第3号被保険者になっている期間も、一定の要件のもとで老齢基礎年金の計算上は保険料納付済期間として扱われます。
一方、自分で厚生年金に加入すれば、老齢基礎年金に加えて老齢厚生年金を受け取ることができます。
この上乗せ部分が、扶養内勤務と厚生年金加入を比較するときの重要なポイントです。
年金増加額は給与と加入期間で決まる
老齢厚生年金の報酬比例部分は、基本的に加入していた期間の報酬と加入月数に応じて計算されます。
したがって、給与が高いほど、加入期間が長いほど、将来の年金額も大きくなります。
短時間労働者の場合でも同じです。
1年間だけ加入する場合と10年間加入する場合では、将来の年金への影響は大きく異なります。
年収の壁を考えるときには、今年1年の社会保険料だけを見るのではなく、今後何年間働く予定なのかまで考える必要があります。
月収10万円ならどのくらい増えるのか
大まかなイメージをつかむため、単純化して考えてみます。
老齢厚生年金の報酬比例部分では、2003年4月以降の加入期間について、平均標準報酬額に5.481を1,000で割った率と加入月数を掛けることが基本となります。
仮に計算上の報酬を月10万円として単純計算すると、1年間加入した場合に増える年金は年額約6,600円です。
10年間なら年額約6万6,000円、20年間なら年額約13万2,000円程度になります。
実際の年金額は標準報酬月額や加入記録、制度改定などによって異なりますが、加入期間が長くなるほど上乗せが積み重なる仕組みは分かります。
月収15万円なら増加額も大きくなる
同じ方法で、計算上の報酬を月15万円として単純計算してみます。
1年間加入した場合の年金増加額は、年額約9,900円です。
10年間なら年額約9万9,000円、20年間なら年額約19万7,000円程度になります。
月額に直せば、20年間加入した場合には約1万6,000円の上乗せになる計算です。
年金は原則として生涯受け取るものです。
そのため、毎月の増加額だけを見ると小さく感じても、長い老後期間で考えると影響は大きくなります。
保険料は会社も負担する
厚生年金の重要な特徴の1つが、保険料を労使で負担することです。
給与から本人負担分が差し引かれるため、本人から見ると負担増であることは間違いありません。
しかし、年金給付を支える保険料を本人だけが負担しているわけではありません。
事業主も負担しています。
扶養内勤務と比較するときには、給与明細から差し引かれる金額だけを見るのではなく、この仕組みも理解しておく必要があります。
長く加入するほど差が積み重なる
例えば50代後半で数年間だけ厚生年金に加入する場合と、30代から20年、30年と加入する場合では意味が違います。
若い時期から長期間加入すれば、報酬比例部分が長く積み上がります。
さらに賃金が上昇すれば、それに応じて将来の年金額にも反映されます。
年収の壁を理由として長期間勤務時間を抑え続ける場合には、その間に積み上げることができた厚生年金を放棄しているとも考えられます。
現在の社会保険料負担だけでは、この違いは見えません。
老齢年金だけではない
厚生年金を考えるときには、老後の年金だけに注目しないことも重要です。
公的年金には老齢年金のほか、障害年金や遺族年金があります。
厚生年金加入中に一定の要件を満たす障害状態になった場合には、障害厚生年金の対象になる可能性があります。
加入者が亡くなった場合には、一定の要件のもとで遺族厚生年金が支給されることがあります。
つまり、厚生年金には老後の積み立てという側面だけでなく、現役時代を含めた社会保障という役割があります。
単純に支払った保険料と老齢年金だけを比較して損得を判断できる制度ではありません。
健康保険の保障も加わる
勤務先の社会保険に加入すると、通常は厚生年金だけでなく健康保険にも加入します。
一定の要件を満たせば、病気やけがで働けなくなった場合の傷病手当金などの給付があります。
扶養されている人にも医療保険の給付はありますが、被保険者本人に用意されている現金給付には違いがあります。
したがって、社会保険加入によって得られるものを考える場合には、老齢厚生年金だけではなく健康保険の保障まで含めて考える必要があります。
年収の壁直前だけを見ない
年収の壁をめぐる議論では、壁を超えた直後の手取りが注目されがちです。
確かに社会保険に加入すると、保険料負担によって手取りの伸びが一時的に小さくなる場合があります。
しかし、そこで働く時間を止める必要はありません。
さらに勤務時間を増やして収入そのものを増やせば、社会保険料を負担しながら手取りを増やすこともできます。
同時に厚生年金の上乗せも大きくなります。
壁の直前と直後だけを比較するのではなく、その先まで働いた場合を含めて考えることが大切です。
将来の年金は自分で確認できる
自分の場合に厚生年金へ加入すると将来の年金がどの程度変わるのかは、加入記録や今後の働き方によって異なります。
そのため、一般的なモデル計算だけで最終判断するのは適切ではありません。
これまでの年金加入記録を確認し、今後の給与や就業期間を想定して考えることが重要です。
特に50代以降は、働く期間と年金受給開始までの期間が具体的に見えてきます。
年収の壁だけでなく、自分自身の年金額を確認しながら働き方を考える意味が大きくなります。
結論
厚生年金に加入すると、現在の給与から保険料が差し引かれます。
そのため、扶養内勤務から社会保険加入へ移ると、最初は手取りの減少を強く感じることがあります。
しかし、その保険料負担によって将来の老齢厚生年金が増えます。
例えば計算上の報酬を月10万円とすれば、単純計算では10年間の加入で年額約6万6,000円、20年間なら約13万2,000円の年金上乗せになります。
さらに厚生年金には障害や死亡に対する保障があり、健康保険にも傷病手当金などの仕組みがあります。
年収の壁を考えるとき、現在の手取りだけを見ると社会保険料は負担に見えます。
しかし、生涯所得や老後の年金、現役時代の保障まで含めると見え方は変わります。
いくら保険料を払うのかだけではなく、その結果として何を受け取れるのか。
年収の壁を超えるかどうかを判断する際には、この両面を見ることが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年10月1日朝刊 労働臨界「働き控え」なお400万人超 「年収の壁」106万円撤廃