銀行口座や証券口座のデジタル化が進んでいます。
通帳を発行しない銀行。
店舗を持たないネット銀行。
取引報告書を郵送しないネット証券。
スマートフォンだけで預金や投資を管理している人も珍しくありません。
本人が元気なうちは便利です。
しかし認知症によって本人がスマートフォンを操作できなくなったとき、家族はどの金融機関にいくら財産があるのか把握できるでしょうか。
デジタル化によって財産そのものが消えるわけではありません。
問題は、財産の存在を示す紙が消えていくことです。
人生100年時代の財産管理では、デジタル資産を家族がどう把握するかという新しい課題が生まれています。
ネット銀行も本人名義の財産である
ネット銀行だからといって、認知症になったときの基本的な考え方が変わるわけではありません。
預金は本人の財産です。
本人が取引内容を理解して判断できる間は、自分で取引できます。
問題になるのは、認知症が進み、本人自身が取引の意味を理解することが難しくなった場合です。
家族だからという理由だけで、本人の口座を自由に操作できるようになるわけではありません。
ネット銀行でも店舗型銀行でも、この基本原則は同じです。
家族がパスワードを知っていればよいわけではない
ネット銀行やネット証券では、IDやパスワードを家族へ伝えておけば安心だと考える人もいるかもしれません。
しかしこれは財産管理の仕組みとは別の問題です。
本人のIDやパスワードを家族が知っていることと、家族が本人を代理して取引する正当な権限を持っていることは同じではありません。
各金融機関の利用規約や代理手続きに従う必要があります。
さらにパスワードを家族全員が知っている状態は、不正利用や家族間トラブルにつながる可能性もあります。
認知症対策をパスワードの共有だけで済ませるのは適切ではありません。
紙の通帳がないことが大きな問題になる
従来の銀行口座であれば、自宅を整理していると銀行の通帳が見つかることがあります。
証券会社から取引報告書や残高報告書が郵送されていれば、家族が証券口座の存在に気づくこともできます。
ネット銀行やネット証券では、この手掛かりが少なくなります。
通帳がない。
郵便物もない。
取引明細はオンラインだけ。
本人のスマートフォンを開かなければ、どの金融機関を利用しているのかさえ分からない。
こうした状況が起こり得ます。
デジタル化された財産では、存在を家族へ伝える仕組みがこれまで以上に重要になります。
スマートフォンそのものが財産管理の入口になる
現在はスマートフォンが金融資産への入口になっています。
銀行アプリ。
証券会社のアプリ。
クレジットカード。
電子マネー。
スマートフォン決済。
暗号資産関連サービス。
本人が元気な間は1台の端末で多くの財産を管理できます。
しかし本人が認知症になり、端末の操作方法や認証方法が分からなくなると、その便利さが逆に家族の障壁になる可能性があります。
スマートフォンの中に何があるのかを、本人以外は誰も知らないという状態を避ける必要があります。
二段階認証も家族には壁になる
金融サービスのセキュリティーは強化されています。
パスワードだけでなく、SMSによる認証や認証アプリ、生体認証などを利用するサービスも増えています。
これは本人の財産を不正利用から守るためには重要です。
一方で、本人が操作できなくなった場合には家族が簡単に代わることもできません。
セキュリティーが強くなるほど、正式な代理制度や財産管理の準備が重要になります。
家族に認証情報をすべて渡しておくという方法ではなく、本人が判断できなくなった場合にどのような正式手続きが用意されているのかを確認しておく必要があります。
ネット証券では投資商品の管理も続く
ネット証券の場合には、預金とは異なる問題もあります。
株式や投資信託などの価格は変動します。
配当金や分配金が入ることもあります。
保有商品によっては、本人の判断能力が低下した後にも資産管理上の判断が必要になる可能性があります。
本人が自分で売買できなくなった場合に、誰がどのように資産を管理するのかを考えておく必要があります。
家族が本人のIDで勝手に売買することを前提にするのではなく、証券会社の正式な手続きや後見制度などによる対応を考えることが重要です。
資産運用を複雑にしすぎない
現役時代には複数の証券会社を使い分けることにメリットがある場合があります。
しかし高齢期になると、管理のしやすさという別の視点が重要になります。
証券口座が5社、銀行口座が8行といった状態では、本人が判断できなくなった後の管理は複雑になります。
すべてを1つにまとめる必要はありません。
ただし利用していない口座を解約する。
同じ目的の口座を整理する。
主要な金融機関を絞る。
こうした整理は立派な認知症対策です。
高齢期の資産管理では、運用効率だけでなく管理効率も考える必要があります。
金融機関の代理制度を確認する
本人に十分な判断能力がある段階で確認しておきたいのが、利用している金融機関の代理人制度です。
金融機関によっては、将来本人が取引することが難しくなった場合に備え、あらかじめ家族などを代理人として指定できるサービスがあります。
ただし制度の名称や対象者、利用条件、代理できる取引の範囲は金融機関によって異なります。
銀行で利用できる仕組みが、そのまま証券会社でも利用できるとは限りません。
ネット銀行だから対応できない、店舗型銀行だから安心という単純な違いでもありません。
自分が利用している金融機関ごとに確認する必要があります。
法定後見制度が必要になることもある
何も準備しないまま本人の判断能力が大きく低下した場合には、法定後見制度などによる対応が必要になる可能性があります。
家庭裁判所によって後見人などが選任されれば、与えられた権限の範囲で本人の財産を管理します。
ネット銀行やネット証券だから法定後見制度の対象外になるわけではありません。
ただし実際の手続きは金融機関によって異なります。
後見人が選任された後、金融機関へ必要な届け出を行い、正式な方法で財産管理を進めることになります。
家族信託でもすべて解決するわけではない
家族信託を利用すればネット上の金融資産をすべて家族が管理できると思うかもしれません。
しかし家族信託で管理できるのは、適切に信託財産とした財産です。
本人名義の証券口座をそのまま家族が操作できるようになる制度ではありません。
また金融機関によって信託財産の取り扱いや利用できるサービスは異なります。
家族信託を利用する場合でも、実際にどの財産をどのような形で信託できるのかを事前に確認する必要があります。
制度の名前だけで判断することはできません。
デジタル財産一覧を作る
ネット銀行やネット証券を利用している人ほど、財産一覧が重要になります。
銀行名。
証券会社名。
口座の種類。
主な用途。
どのサービスを利用しているのか。
こうした情報を一覧にしておきます。
ただし暗証番号やパスワードまで同じ一覧に書く必要はありません。
財産の所在を示す情報と、取引するための認証情報は分けて管理することが重要です。
家族が必要になったときに、少なくともどの金融機関へ問い合わせればよいのか分かる状態を作っておきます。
紙をなくしても情報までなくしてはいけない
金融サービスのペーパーレス化には多くのメリットがあります。
郵便物が減ります。
書類の保管場所も必要ありません。
スマートフォンからいつでも確認できます。
しかし紙をなくすことと、家族が財産の存在を確認できなくすることは別問題です。
本人だけが分かる資産管理は、本人が管理できる間は効率的です。
本人が管理できなくなった瞬間、非常に非効率な仕組みに変わる可能性があります。
デジタル化するほど、別の形で情報を残しておく必要があります。
結論
ネット銀行やネット証券を利用している人が認知症になった場合でも、財産管理の基本的な考え方は店舗型の金融機関と変わりません。
本人の財産を家族が自由に取引できるわけではありません。
IDやパスワードを家族へ教えておくことも、正式な財産管理の仕組みとは異なります。
むしろネット金融では、通帳や郵便物がないため、家族が財産の存在そのものに気づけないリスクがあります。
どの銀行を利用しているのか。
どの証券会社に口座があるのか。
どのような代理制度があるのか。
判断能力が低下した場合には誰が管理するのか。
こうした情報を元気なうちに整理しておくことが重要です。
人生100年時代には資産管理のデジタル化がさらに進むでしょう。
だからこそ必要なのは、本人しか分からない便利さではありません。
自分が操作できなくなった後にも財産へ適切にたどり着ける仕組みなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 マネー相談 黄金堂パーラー 認知症と財産管理 上 変わる法定後見 必要なとき利用 解任も可能
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 改正法待たず早めに準備を