大企業で巨額の粉飾決算が発覚すると、必ずといってよいほど出てくる疑問があります。
監査法人は何をしていたのか。
監査を受けていたのに、なぜ粉飾を見抜けなかったのか。
中国恒大集団では、2019年から2020年にかけて総額5,640億元、日本円で約13兆円に相当する売上高の水増しが問題になりました。
これほど巨額の不正会計が行われていたのであれば、監査法人が発見できなかったことに疑問を持つのは自然でしょう。
しかし、ここで理解しておかなければならないことがあります。
監査は、企業内のすべての不正を100%発見することを保証する制度ではありません。
だからといって、監査法人が不正を見逃しても責任を問われないという意味でもありません。
この2つを分けて考えることが重要です。
監査の目的は何か
企業の財務諸表を作成する責任は、まず経営者にあります。
監査法人が決算書を作成しているわけではありません。
経営者が作成した財務諸表について、監査人が監査を実施し、重要な点において適正に表示されているかについて意見を表明します。
つまり、
経営者が財務諸表を作る、
監査人がそれを監査する、
という役割分担があります。
この基本的な関係を理解していないと、粉飾決算が発覚したときに経営者と監査法人の責任を混同してしまいます。
監査は絶対的保証ではない
監査を理解するうえで重要なのが「合理的保証」という考え方です。
監査は、財務諸表に重要な虚偽表示がないことについて高い水準の保証を得ることを目指します。
しかし、絶対的な保証ではありません。
大企業では膨大な数の取引が行われています。
すべての伝票、契約書、請求書、銀行取引などを1件ずつ完全に確認することは現実的ではありません。
そのため監査では、重要性やリスクを考慮しながら監査手続を設計します。
監査人が一定の手続を適切に実施していても、虚偽表示が発見されない可能性は残ります。
誤りと不正では発見の難しさが違う
財務諸表の間違いには、大きく分けて誤りと不正があります。
単純な入力ミスや計算間違いなどは誤りです。
一方、意図的に売上を水増ししたり、損失を隠したりする行為は不正です。
不正が難しいのは、発見されないよう意図的に行われることです。
架空の書類を作る。
複数の関係者が口裏を合わせる。
取引条件を意図的に隠す。
監査人に虚偽の説明をする。
こうした行為が組み合わされると、不正を発見する難易度は高くなります。
特に経営者自身が関与する不正は、通常の内部統制を無視して行われる可能性があります。
それでも監査人は不正リスクを考えなければならない
監査がすべての不正を必ず発見する制度ではないからといって、監査人が不正を考えなくてよいわけではありません。
むしろ監査では、不正によって重要な虚偽表示が発生する可能性を考慮することが重要です。
例えば売上が急激に増えている企業があれば、その理由を確認する必要があります。
業界全体が低迷しているのに、その企業だけ売上が急増していれば注意が必要でしょう。
決算直前に大量の売上が計上されている場合も、取引が本当に成立しているのかを確認する必要があります。
企業から提出された資料だけを見るのではなく、必要に応じて外部から証拠を取得することも重要になります。
売上は特に重要な監査項目になる
粉飾決算では、売上高が利用されることがあります。
企業の業績を良く見せる最も分かりやすい方法の1つが、売上を実際より大きく見せることだからです。
例えば商品をまだ引き渡していないのに売上を計上する。
翌期の売上を当期に前倒しする。
実在しない取引を売上として計上する。
取引条件を操作して売上計上の要件を満たしたように見せる。
さまざまな方法が考えられます。
そのため監査では、売上の実在性や計上時期などが重要な確認項目になります。
現場を見ることにも意味がある
中国当局によると、PwC中天が恒大の監査で視察した開発案件では、記録と実態が一致しない事例が多数あったとされています。
一部では、更地の状態でありながら引き渡し可能な物件として扱われていたことも問題とされました。
不動産会社の場合、建物がどこまで完成しているのか、顧客への引き渡し条件を満たしているのかといった事実が会計処理に大きな影響を与えることがあります。
帳簿上は売上になっていても、現実の物件がその状態になっていなければ疑問が生じます。
監査では書類だけでなく、必要に応じて現物や現場を確認する意味があります。
監査人には職業的懐疑心が求められる
監査で非常に重要なのが「職業的懐疑心」です。
難しい言葉ですが、簡単にいえば、経営者から説明を受けたからといって、そのまま無条件に信用するのではなく、疑問を持ちながら証拠を確認する姿勢です。
もちろん、すべての経営者が嘘をついていると考えるわけではありません。
しかし、
説明と証拠が一致しているのか、
不自然な取引はないのか、
都合のよい資料だけが提出されていないか、
別の説明が可能ではないか、
と考える必要があります。
特に不正リスクが高まっている場合、この姿勢が重要になります。
見抜けなかったことと監査上の過失は同じではない
ここは特に重要です。
後になって粉飾決算が判明したからといって、それだけで監査法人に過失があったと決まるわけではありません。
監査時点で入手可能だった情報を前提として、必要な監査手続を適切に実施していたかを検討する必要があります。
反対に、
重要な矛盾を把握していたのに追加調査をしなかった、
必要な監査証拠を取得しなかった、
明らかな異常を見過ごした、
といった事情があれば、監査の適切性が問題になります。
したがって重要なのは、最終的に不正を発見できたかどうかだけではありません。
不正リスクに応じた適切な監査を行ったのかというプロセスです。
監査済みという言葉を過信してはいけない
投資家にとっても重要なポイントがあります。
監査済みの財務諸表だから絶対に正しい、という理解は適切ではありません。
監査は財務情報の信頼性を高める非常に重要な制度です。
しかし、企業の倒産を防ぐ制度でも、不正が存在しないことを100%保証する制度でもありません。
監査報告書が何を保証しているのかを理解したうえで利用する必要があります。
これは企業の財務諸表を読むうえで重要な金融リテラシーでもあります。
結論
監査法人は粉飾決算を必ず発見できるわけではありません。
監査が提供するのは絶対的な保証ではなく、重要な虚偽表示がないことについての合理的な保証だからです。
特に不正は、発見されないよう意図的に隠されるため、単純な誤りより発見が難しくなります。
しかし、それは監査法人が不正を見逃しても責任を問われないという意味ではありません。
不正リスクを適切に評価したのか。
必要な監査証拠を取得したのか。
不自然な事実を把握したときに追加調査を行ったのか。
職業的懐疑心を持って経営者の説明を検証したのか。
こうした監査プロセスが重要になります。
中国恒大問題で問われているのも、単純に「粉飾を見抜けなかった」という結果だけではありません。
巨額の売上高が計上される過程で、監査人がどのような証拠を集め、どのような判断を行ったのかが問題になります。
監査には限界があります。
しかし、その限界があるからこそ、監査人がどこまで適切な手続を尽くしたのかが厳しく問われるのです。
次回は、適正意見が付いていた企業で、なぜ後から粉飾決算が発覚することがあるのかを取り上げます。
参考
日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 恒大不正、逃げられぬPwC