監査法人の仕事というと、企業の決算書や帳簿を調べる姿を思い浮かべるかもしれません。
しかし、大手監査法人にはもう1つ重要な仕事があります。
自分たちが行った監査そのものの品質を管理することです。
特にPwC、デロイト、EY、KPMGなどのビッグ4は、世界各国のメンバー事務所が同じブランドを掲げています。
ある国の事務所で重大な監査上の問題が起これば、その影響はその国だけでは終わりません。
世界共通ブランドへの信用にも影響します。
では、世界各国で行われる監査の品質をどのように維持しているのでしょうか。
中国恒大集団の不正会計問題を考えるうえでも、この品質管理という仕組みを理解することが重要です。
監査にも品質管理が必要になる
監査は、公認会計士が自由な方法で企業を調べればよいという仕事ではありません。
一定の監査基準などに従い、必要な監査手続を実施し、その結果に基づいて監査意見を形成します。
しかし、基準が存在するだけで監査品質が自動的に保証されるわけではありません。
実際の監査では多くの判断が必要になるからです。
どの項目に重大な虚偽表示のリスクがあるのか。
どの程度の証拠を集めるのか。
経営者の説明をどこまで信用できるのか。
追加調査が必要なのか。
こうした判断を誤れば、重要な問題を見逃す可能性があります。
そこで監査法人自身にも、組織として監査品質を確保する仕組みが必要になります。
個人の会計士だけに任せない
大企業の監査は、1人の公認会計士が担当するものではありません。
多数の会計士やスタッフによって監査チームが組まれます。
さらに海外子会社があれば、外国の監査人が関与することもあります。
規模が大きくなればなるほど、多くの人が監査に参加します。
そのため監査品質を個々の会計士の経験や能力だけに依存させることはできません。
誰が担当しても一定水準以上の監査が行われるよう、組織として仕組みを作る必要があります。
これが品質管理の基本的な考え方です。
監査の前から品質管理は始まっている
品質管理は、監査が終わった後に書類をチェックするだけではありません。
監査契約を受ける段階から始まります。
例えば非常にリスクの高い企業から監査を依頼された場合、本当にその仕事を受けてよいのかを検討する必要があります。
経営者の誠実性に重大な疑問がないか。
監査を行うための十分な人員を確保できるか。
その業界に必要な専門知識があるか。
監査人としての独立性を維持できるか。
こうした点を確認します。
監査能力を超える仕事を引き受けてしまえば、その時点で監査品質が低下する危険があります。
監査チームをどう作るかも重要になる
監査契約を受けた後は、適切な監査チームを編成する必要があります。
大企業になるほど、会計だけでは対応できない問題が増えます。
税務、IT、企業価値評価、金融商品、不動産などの専門知識が必要になることがあります。
例えば複雑な金融商品の評価であれば、評価の専門家が監査チームを支援する場合があります。
巨大な情報システムを利用している企業であれば、ITの専門家がシステム統制を確認することもあります。
監査品質は、担当する公認会計士の人数だけで決まるものではありません。
必要な専門家を適切に配置できるかどうかも重要です。
重要な判断を別の人がチェックする
監査では、担当チームだけで結論を出さない仕組みも重要です。
特に社会的影響の大きい企業などでは、重要な監査判断について担当チームとは別の立場から検討する仕組みがあります。
担当者が企業の説明を妥当と判断していても、別の経験豊富な会計士が、
本当に十分な監査証拠があるのか、
重要なリスクを見落としていないか、
監査意見は適切なのか、
といった観点から確認します。
監査人も人間です。
長期間同じ企業を担当していると、その企業の説明や慣行に慣れてしまう可能性があります。
第三者的な視点を入れることには、こうしたリスクを抑える意味があります。
監査が終わった後にもチェックする
監査報告書を出せば品質管理が終わるわけではありません。
完了した監査について、監査手続や判断が適切だったかを事後的に確認することも重要です。
問題が見つかれば、その監査だけの問題なのか、組織全体に共通する問題なのかを分析します。
例えば複数の監査で同じような不備が見つかれば、個々の担当者だけを指導しても十分ではありません。
監査マニュアル、研修、人員配置、審査制度など、組織そのものを改善する必要があります。
品質管理とは、問題を発見して終わる仕組みではありません。
発見した問題を次の監査に反映させる仕組みでもあります。
国際ネットワークではさらに難しくなる
国内だけで活動する監査法人でも品質管理は簡単ではありません。
世界各国にメンバー事務所を持つ国際ネットワークでは、さらに複雑になります。
法律も違います。
会計制度も違います。
監査制度も違います。
人材育成の状況も違います。
それでも同じブランドを掲げる以上、一定水準の品質を世界的に維持する必要があります。
そのため国際ネットワークでは、共通の監査手法や品質管理方針、研修などを整備し、メンバー事務所の品質を確認する仕組みが重要になります。
世界共通ブランドは、世界共通の看板だけで成り立っているわけではありません。
その裏側に品質管理の仕組みがあります。
恒大問題では品質管理そのものが問われる
中国恒大問題が重要なのは、実際に監査を担当したメンバー事務所の監査手続だけが問題になっているわけではないことです。
恒大の清算人は、PwCの国際ネットワークを束ねる中核組織についても責任を追及しています。
そこで重要になるのが、中核組織がメンバー事務所の品質管理にどこまで関与していたのかです。
どのような基準を定めていたのか。
品質レビューをどの程度行っていたのか。
問題を把握できる仕組みがあったのか。
問題を発見した場合に改善を求める権限があったのか。
こうした実態が、中核組織の責任を考えるうえで重要になります。
品質管理を強くすると責任も重くなる可能性がある
ここには監査法人の国際ネットワークにとって難しい問題があります。
ブランドを守るためには、品質管理を強化する必要があります。
ところが、中核組織が各メンバー事務所を強く管理すればするほど、
それだけ管理権限があるのなら、問題が起きたときにも責任を負うべきではないか、
という議論が生じる可能性があります。
逆に中核組織の関与を弱めれば、法的責任を限定しやすくなるかもしれません。
しかし、それでは世界共通ブランドとして一定の監査品質を維持できるのかという問題が生じます。
品質管理と法的責任は切り離せない問題になりつつあります。
監査品質はブランドそのものである
製造業であれば、品質に問題のある商品を販売するとブランドへの信用が低下します。
監査法人も基本的な構造は同じです。
ただし、監査法人が提供しているものは目に見える商品ではありません。
重要な商品の1つは、財務諸表に対する信頼です。
だからこそ監査品質の低下は、そのままブランド価値の低下につながります。
世界のどこかで重大な監査問題が起きれば、別の国のメンバー事務所にも信用面で影響する可能性があります。
法律上は別法人であっても、ブランド上は完全に切り離すことが難しいのです。
結論
監査法人の品質管理とは、監査が終わった後に書類をチェックするだけの仕組みではありません。
監査契約を受けるかどうかの判断から、人員配置、専門家の活用、重要な判断の審査、監査終了後の検証、改善まで、監査業務全体に関係します。
特にビッグ4のような国際ネットワークでは、世界各国のメンバー事務所が同じブランドを使用するため、一定水準の監査品質を世界的に維持する必要があります。
そして中国恒大問題は、その品質管理を誰が担い、管理する側がどこまで責任を負うのかという問題を浮かび上がらせました。
世界共通ブランドへの信用は、名前だけでは維持できません。
そのブランドの裏側にある品質管理が実際に機能していることが必要です。
監査法人にとって品質管理は内部的な手続ではなく、社会から監査制度への信頼を維持するための土台といえるでしょう。
次回は、監査法人は粉飾決算を必ず見抜かなければならないのかという、監査に対する大きな誤解を取り上げます。
参考
日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 恒大不正、逃げられぬPwC