正社員には退職金制度があるのに、契約社員やパート社員には退職金がない。
こうした待遇差は、同一労働同一賃金の考え方ではどのように扱われるのでしょうか。
退職金は金額が大きくなりやすく、長期間勤務した社員ほど正社員と非正規社員の差も大きくなるため、重要な待遇の一つです。
しかし、正社員にだけ退職金を支給しているからといって、その待遇差が直ちに不合理になるわけではありません。
退職金には、賃金の後払い、長期間勤務したことへの功労報償、将来の退職後の生活保障、社員に長く働いてもらうためのインセンティブなど、さまざまな性質があるからです。
さらに、会社が正社員をどのような人材として採用し、育成し、活用しているのかも関係します。
2026年の同一労働同一賃金ガイドライン改正では、退職手当が新たな待遇項目として追加されています。 02121ea7-51b0-43f2-ab19-7ccfb5f…
企業にとっても、正社員だけに退職金を支給している理由を改めて確認することが重要になります。
退職金とは何か
退職金とは、従業員が退職するときに会社から支給される金銭です。
会社によって制度は大きく異なります。
勤続年数と退職時の基本給などから計算する会社もあれば、ポイント制を採用する会社もあります。
企業年金制度を利用している会社もあります。
そして重要なのは、退職金には一つだけの性質があるわけではないことです。
退職金には一般に、
賃金の後払い
長期勤務への功労報償
退職後の生活保障
長期勤務を促すためのインセンティブ
など、複数の性質があると考えられます。
どの性質が強いのかは、その会社の退職金制度によって変わります。
そのため、退職金という名称だけを見て同一労働同一賃金の結論を出すことはできません。
賃金の後払いという考え方
退職金の性質としてよく挙げられるのが、賃金の後払いという考え方です。
従業員が長期間働くなかで、本来受け取る賃金の一部を退職時まで繰り延べて支給するという考え方です。
仮に退職金の性質が純粋な賃金の後払いに近いのであれば、
同じように働いた非正規社員にはなぜ支給されないのか
という問題が生じやすくなります。
一方、実際の退職金制度は、単純な賃金の後払いだけで説明できるとは限りません。
長期間会社に貢献したことへの報償や、将来も長く働いてもらうための人事政策などが組み合わされている場合があります。
したがって、退職金については制度の実態を確認することが重要になります。
功労報償という性質もある
退職金には、長年会社に貢献してきた社員への功労報償という性質もあります。
たとえば勤続年数が長くなるほど退職金額が大きくなる制度は、その性質を理解しやすい例です。
会社としては、
長期間会社に貢献してくれたことへの報償
として退職時にまとまった金額を支給します。
この場合、単に退職時点で担当している仕事だけを見るのでは十分ではありません。
その社員が長期間にわたってどのような仕事を担当してきたのか、どの程度の責任を負ってきたのかといった事情も関係してきます。
正社員について幅広い配置転換を行い、さまざまな職務を経験させる会社であれば、そのような長期的な人材活用も退職金制度と結び付く場合があります。
長期雇用との関係
退職金には、社員に長く働いてもらうためのインセンティブという性質もあります。
勤続年数が長くなるほど退職金が増える制度であれば、
長く働けば退職時に多くの退職金を受け取れる
という仕組みになります。
これは社員の定着を促す効果があります。
ここで問題になるのが、非正規社員にも長期間勤務する人がいることです。
1年契約であっても契約更新を繰り返し、10年、20年と働くケースがあります。
形式上は有期雇用であっても、実際には長期勤務しているわけです。
そのため、
正社員は長期雇用だから退職金を支給する
非正規社員は有期雇用だから支給しない
という形式的な説明だけで十分とは限りません。
実際の雇用や人材活用の違いを確認する必要があります。
メトロコマース事件では何が争われたのか
退職金と同一労働同一賃金を考えるうえで重要なのが、メトロコマース事件です。
参考資料では、2020年10月13日の最高裁判決を踏まえて、退職金についての考え方が2026年改正ガイドラインに新たに追加されたことが示されています。 02121ea7-51b0-43f2-ab19-7ccfb5f…
この事件では、正社員には退職金制度がある一方、有期契約労働者には退職金が支給されないことが問題となりました。
退職金については、労務の対価の後払い、功労報償など複合的な性質があり、正社員としての人材の確保や定着を図る目的なども考慮されました。
そして、正社員と有期契約労働者の職務内容や配置変更の範囲などの違いを踏まえ、退職金を支給しない待遇差が直ちに不合理とは判断されませんでした。
ここからも、
非正規社員に退職金がないから違法
という単純な仕組みではないことが分かります。
正社員人材確保目的との関係
退職金についても、正社員人材確保目的が関係する場合があります。
企業が将来の中核人材となる正社員を採用し、長期間育成し、会社に定着してもらうために退職金制度を設けるという考え方です。
たとえば正社員について、
広い範囲で配置転換を行う
責任の重い仕事を担当させる
管理職候補として育成する
教育研修を継続して行う
長期的なキャリア形成を予定する
といった人材活用をしている場合があります。
こうした人材を確保して定着させる目的で退職金を設けるのであれば、それは待遇差を判断する際の事情になります。
しかし、正社員人材確保目的という言葉だけで結論が決まるわけではありません。
正社員だから退職金があるでは足りない
2026年改正の重要なポイントは、正社員人材確保目的について、より慎重な考え方が示されていることです。
参考資料では、正社員人材確保目的があることだけをもって、待遇差が当然に不合理ではないと認められるわけではないとされています。 02121ea7-51b0-43f2-ab19-7ccfb5f…
つまり、
正社員を確保するための退職金です
という説明だけでは足りません。
本当に正社員について特別な人材活用が行われているのかを確認する必要があります。
正社員と契約社員が実際には同じ仕事を行い、責任も同程度で、配置転換の範囲にもほとんど違いがないとすれば、正社員人材確保目的という説明の説得力は弱くなる可能性があります。
制度の名称ではなく、人事制度の実態を見る必要があるのです。
客観的な人事制度の違いを見る
参考資料では、裁判所が正社員人材確保目的を判断するとき、具体的な人事制度の違いを丁寧に確認する傾向が紹介されています。
たとえば、
責任の程度
職能資格制度
配置転換の範囲
採用方法
管理職候補としての位置付け
教育や研修
などです。 02121ea7-51b0-43f2-ab19-7ccfb5f…
退職金についても、こうした客観的な違いと制度の目的を結び付けて考える必要があります。
会社が正社員を長期的な中核人材として活用しているのであれば、その実態が退職金の待遇差を説明する材料になります。
反対に、会社が正社員と非正規社員をほぼ同じように活用しているのであれば、
雇用区分が違うから
というだけでは十分な説明にならない可能性があります。
退職金だけを単独で見ない
退職金の合理性を考えるときには、退職金制度だけを切り離して見るのではなく、会社の人事制度全体を確認することも重要です。
正社員と非正規社員について、
仕事内容
責任
配置転換
昇進
教育
評価
長期的なキャリア
などにどのような違いがあるのかを確認します。
そのうえで、なぜ正社員にだけ退職金制度を設けているのかを考えます。
同一労働同一賃金では、待遇差の不合理性を基本的に待遇ごとに判断しますが、その待遇の性質や目的と仕事側の事情を合わせて検討することが重要です。 02121ea7-51b0-43f2-ab19-7ccfb5f…
退職金も例外ではありません。
長く働く非正規社員は特に確認する
企業が特に注意したいのが、契約更新を繰り返して長期間勤務している非正規社員です。
形式上は有期雇用でも、実際には正社員と同じくらい長期間働いているケースがあります。
さらに、
仕事内容も正社員とほぼ同じ
責任も大きく変わらない
配置転換にも実質的な違いがない
という状態であれば、なぜ退職金だけ大きな差があるのかという問題が生じます。
参考資料でも、長期間雇用され、正社員と同じ業務を行っているような非正規社員については、正社員への転換も対応策として挙げられています。 02121ea7-51b0-43f2-ab19-7ccfb5f…
同一労働同一賃金への対応は、退職金を支給するかしないかだけではなく、雇用区分そのものが実態に合っているかを考えるきっかけにもなるのです。
2026年改正で退職手当が明記された意味
2026年の同一労働同一賃金ガイドライン改正では、退職手当について新たな記載が加えられました。
これは企業にとって重要です。
これまで基本給や賞与などを中心に点検してきた会社でも、退職金制度について改めて確認する必要があります。
正社員には退職金がある。
非正規社員にはない。
そこで点検を終えるのではありません。
なぜ正社員に退職金を支給しているのか。
その目的は何か。
正社員と非正規社員のどのような違いが、その待遇差につながっているのか。
こうした点まで整理する必要があります。
結論
同一労働同一賃金では、正社員だけに退職金を支給し、非正規社員には支給しないことが直ちに不合理になるわけではありません。
退職金には、賃金の後払い、長期勤務への功労報償、退職後の生活保障、長期勤務を促すインセンティブなど、複数の性質があるからです。
また、将来の中核人材となる正社員を確保し、育成し、定着させるという正社員人材確保目的が考慮される場合もあります。
ただし、
正社員だから退職金がある
という説明だけでは十分ではありません。
正社員と非正規社員の仕事内容、責任、配置転換、昇進、教育などにどのような違いがあり、その違いが退職金制度の目的とどのようにつながっているのかを具体的に確認する必要があります。
2026年のガイドライン改正で退職手当が明記されたことは、企業に自社の退職金制度の目的を改めて問い直すことを求めるものでもあります。
退職金の同一労働同一賃金で重要なのは、非正規社員に退職金があるかないかだけではありません。
なぜその待遇差があるのかを、会社の実際の人事制度に基づいて説明できるかどうかなのです。
参考
企業実務 2026年9月号 同一労働同一賃金改正対応の総点検