身寄りのない高齢者などを対象として、身元保証や日常生活支援、死後事務などを提供する高齢者等終身サポート事業が広がっています。
家族が近くにいなくても、入院や介護施設への入所、日常生活、そして亡くなった後の手続きまで支援してもらえるサービスです。
しかし、利用するときに大きな問題となることがあります。
預託金です。
高齢者等終身サポート事業では、契約時に将来必要になる費用としてまとまった金額を預ける場合があります。
場合によっては200万円前後になることもあります。
なぜ、まだ発生していない医療費や葬儀費用まで先に預ける必要があるのでしょうか。
預託金の仕組みを理解すると、高齢者等終身サポート事業が抱える利用者保護と事業継続という二つの課題が見えてきます。
預託金とは何か
預託金とは、将来発生すると見込まれる費用に備えて、利用者があらかじめ預けておくお金です。
高齢者等終身サポート事業では、契約時に支払うお金がすべて事業者の売上になるとは限りません。
サービスそのものに対して支払う料金とは別に、将来必要になる費用を確保するためのお金が設けられることがあります。
それが預託金です。
例えば、利用者が亡くなった後に葬儀を行う契約を結んでいたとします。
葬儀費用は、利用者が生きている間には発生しません。
しかし、亡くなった後には確実に支払いが必要になります。
本人はすでに亡くなっているため、その時点で本人に請求して支払ってもらうことはできません。
そこで生前に一定のお金を確保しておくわけです。
何のためのお金を預けるのか
預託金の対象となる費用は、事業者や契約内容によって異なります。
代表的なものとして、将来の医療費や介護費などへの備えが考えられます。
高齢者が急に入院すれば、医療費の自己負担が発生します。
介護施設へ入所すれば、施設利用料などが必要になります。
日常生活支援を利用する場合には、その費用が発生することもあります。
さらに大きな特徴が死亡後に必要となる費用です。
葬儀費用。
火葬に関する費用。
納骨費用。
住居に残された家財の処分費用。
賃貸住宅を明け渡すための費用。
こうした費用を見込んで、あらかじめ一定額を預ける場合があります。
つまり預託金は、現在受けているサービスの料金ではなく、将来発生する可能性のある支出に備える性格を持っています。
なぜ葬儀費用まで生前に預けるのか
通常の商品やサービスであれば、サービスを受けた後に本人がお金を支払うことができます。
しかし死後事務には特殊な事情があります。
サービスが提供される時点で本人が存在しないからです。
例えば本人が事業者に自分の葬儀や納骨を依頼していたとします。
本人が亡くなれば、事業者は契約に従って葬儀会社への支払いなどを行います。
ところが、本人に請求することはできません。
相続財産から支払う方法も考えられますが、すぐに遺産を利用できるとは限りません。
相続人の確認に時間がかかる場合があります。
相続人がいない場合もあります。
預金口座の手続きにも時間が必要になる可能性があります。
そのため、死後事務を確実に実行するための資金として、生前に預託金を確保しておく方法が利用されます。
サービス料金と預託金は同じではない
高齢者等終身サポート事業を利用するときには、支払うお金の性質を区別することが重要です。
例えば契約時に100万円を支払ったとしても、その100万円すべてが同じ性質のお金とは限りません。
契約事務のための料金。
身元保証サービスの料金。
見守りサービスの料金。
死後事務を依頼するための料金。
将来の実費に備える預託金。
さまざまなものが含まれている可能性があります。
サービス料金は、事業者がサービスを提供することに対する対価です。
一方、預託金は将来発生する費用に備えて預けておくお金です。
この違いは非常に重要です。
サービス料金として支払ったお金であれば、サービスの提供に応じて事業者の収入になります。
これに対して預託金は、利用者のために将来使うことを予定したお金です。
したがって、どの部分がサービス料金で、どの部分が預託金なのかが分かる契約になっていることが重要です。
預託金は事業者の自由なお金ではない
利用者にとって特に重要なのが預託金の管理です。
預託金は将来の医療費や葬儀費用などのために預けたお金です。
事業者が自由に運転資金として使ってよい性質のお金ではありません。
仮に事業者が預託金を会社の通常の資金と一緒に管理し、事業運営に使ってしまったとします。
その後、経営が悪化して会社が倒産すれば、利用者のために使うはずだったお金が不足する危険があります。
利用者にとっては深刻です。
100万円や200万円というまとまった老後資金を預けていたにもかかわらず、必要になったときに使えなくなる可能性があるからです。
そのため、高齢者等終身サポート事業では、預託金をどのように管理するのかが利用者保護の重要なポイントになります。
分別管理が重要になる
そこで重要になる考え方が分別管理です。
分別管理とは、利用者から預かったお金を事業者自身の財産と区別して管理することです。
例えば事業者の通常の事業用口座と、利用者の預託金を管理する口座を分けることなどが考えられます。
さらに、預託金の安全性を高めるため、事業者自身が直接保管するだけではなく、第三者を利用した管理方法なども考えられます。
重要なのは、預託金が誰のお金で、いくら残っているのかを明確にできることです。
高齢者等終身サポート事業では、契約が数年から十数年に及ぶ可能性があります。
契約したときには事業者の経営状態が良好でも、利用者が亡くなるまで同じ状態が続くとは限りません。
長期間預けるお金だからこそ、管理方法が重要になります。
預託金はいくら必要なのか
預託金の金額は一律ではありません。
利用者が依頼するサービスの内容や、将来必要になると想定される費用などによって変わります。
例えば葬儀についても、小規模な葬儀を希望する人と、一定規模の葬儀を希望する人では必要な費用が違います。
納骨方法によっても費用は変わります。
賃貸住宅に住んでいる人であれば、死亡後の家財処分や住居の明け渡しに費用が必要になる可能性があります。
医療費などへの備えを含める場合には、さらに金額が大きくなることがあります。
その結果、契約内容によっては預託金が200万円前後になる場合もあります。
事業者から見れば、将来必要となる費用を確実に準備しておくための金額です。
しかし利用者側から見ると、大きな老後資金を契約時に動かさなければならないことになります。
預託金が高齢者の壁になる
ここに預託金制度の難しさがあります。
金融資産を十分に持っている高齢者であれば、200万円を預けることができるかもしれません。
しかし、高齢者等終身サポート事業を必要とする人が必ずしも十分な資産を持っているとは限りません。
例えば年金で毎月の生活費は賄えているものの、預貯金が100万円程度しかない人もいます。
この人に200万円の預託金が必要だと説明しても、用意することはできません。
つまり、身元保証や死後事務を必要としているにもかかわらず、預託金を準備できないため契約できない人が生まれます。
これが預託金の壁です。
支援を必要とする人ほど十分な金融資産を持っていない場合もあり、制度上の大きな課題になります。
預託金をなくせばよいわけでもない
それでは、預託金をなくせば問題は解決するのでしょうか。
そう単純ではありません。
例えば事業者が利用者の死亡後に葬儀や納骨を行う契約を結んでいたとします。
本人が亡くなった時点で必要な資金がなければ、事業者が自分のお金で費用を立て替えることになります。
その後、相続財産などから確実に回収できる保証はありません。
このような状態では、事業者が安心してサービスを引き受けることが難しくなります。
事業者が安定してサービスを提供するためには、将来発生する費用を何らかの方法で確保する必要があります。
したがって問題は、預託金そのものが悪いということではありません。
契約時に一括して多額の現金を預ける方法以外に、費用を確実に確保する方法を作れるかどうかが重要になります。
残った預託金はどうなるのか
もう一つ確認しておきたいのが、使われなかった預託金です。
例えば150万円を預けていたものの、実際に必要となった費用が100万円だったとします。
50万円が残ります。
この残額がどうなるのかは重要な問題です。
預託金が利用者から預かったお金であるならば、契約内容に従って残額を本人や相続関係者などへ返還することが考えられます。
一方、最初からサービスの対価として支払った料金であれば、同じ扱いにはなりません。
だからこそ契約時に、どのお金が返還対象となる預託金なのか、どのお金が返還されないサービス料金なのかを確認する必要があります。
さらに、中途解約した場合に預託金がどのように返還されるのかも重要です。
契約が長期間に及ぶ可能性があるからこそ、契約終了時の精算方法まで確認しておく必要があります。
預託金問題は利用者保護の問題でもある
高齢者等終身サポート事業では、契約する高齢者と事業者との間に情報量の差が生じやすいという特徴があります。
高齢者側は、身元保証や死後事務について初めて契約する人がほとんどでしょう。
一方、事業者は契約内容を熟知しています。
さらに、契約期間が長期間になる可能性があります。
利用者の判断能力が将来低下することも考えられます。
そのようなサービスで100万円や200万円という大きなお金を預けるのであれば、預託金の金額だけを見るのでは不十分です。
何のためのお金なのか。
誰が管理するのか。
どのような場合に使われるのか。
使った金額をどのように確認できるのか。
途中で解約したらどうなるのか。
残ったお金は誰に返されるのか。
こうした点を契約時に明確にしておくことが重要になります。
結論
高齢者等終身サポート事業の預託金とは、将来発生すると見込まれる医療費や介護費、葬儀費用、納骨費用、家財処分費用などに備えて、利用者があらかじめ預けておくお金です。
特に死後事務では、サービスが提供される時点で本人が亡くなっているため、生前に必要な資金を確保しておくことには合理的な理由があります。
ただし、預託金とサービス料金は同じではありません。
サービスの対価として事業者へ支払うお金なのか、将来の実費のために預けておくお金なのかを区別する必要があります。
また、預託金は場合によっては200万円前後になることもあり、十分な金融資産を持たない高齢者にとって利用の壁になります。
一方で、単純に預託金をなくせば、事業者が死亡後の葬儀や納骨などの費用を確保できなくなる可能性があります。
重要なのは、利用者の初期負担を抑えながら、将来必要となる費用を確実に確保できる仕組みを作ることです。
そして利用者側も、預託金はいくらなのかだけではなく、どのように管理され、何に使われ、残額がどのように返還されるのかまで確認する必要があります。
預託金は、高齢者等終身サポート事業を安定して提供するための重要な仕組みであると同時に、高齢者の大切な老後資金をどのように守るのかという利用者保護の問題でもあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 高齢者の「預託金の壁」解消を