租税回避対策のためにすべての非上場株式評価を変える必要があるのか 対象を限定する考え方編

税理士
水色 シンプル イラスト ビジネス 解説 はてなブログアイキャッチのコピー - 1

非上場株式の評価方法を見直す理由の一つとして、租税回避への対応が挙げられています。

制度の想定を超えた方法を使って、本来よりも著しく低い評価額で相続税や贈与税を計算するような行為が広がれば、課税の公平性が損なわれます。

悪質な租税回避へ対応すること自体に異論は少ないでしょう。

しかし、そこで次の問題が出てきます。

一部の特殊な事例に対応するために、すべての非上場会社に適用される株式評価の仕組みそのものを大きく変える必要があるのでしょうか。

今回の評価見直しでは、この「目的」と「手段」のバランスが重要な論点になります。

租税回避とは何か

租税回避は、単純な脱税とは意味が異なります。

脱税は、売上を隠したり架空の経費を計上したりするなど、法律に反して税負担を免れようとする行為です。

一方、租税回避では、形式上は法律や制度に沿っているように見えても、制度が本来想定していない取引などを利用して税負担を大きく減らすことが問題になります。

税法では、制度のルールを明確にすると、そのルールの境界を利用した取引が生まれることがあります。

非上場株式の評価でも同じ問題が起こり得ます。

非上場株式は租税回避に利用されやすいのか

非上場株式には市場価格がありません。

上場株式であれば市場で形成された株価がありますが、非上場会社にはそのような価格がありません。

そこで、財産評価基本通達に基づいて一定の方法で評価します。

つまり、実際の売買価格ではなく、決められた計算方法によって税務上の価額を算定する仕組みです。

この特徴から、会社の資産構成や利益、取引方法などを工夫することで、税務上の株式評価額が実際の経済価値より低くなるケースが問題になることがあります。

評価方法を利用した租税回避

例えば、企業価値そのものは高いのに、評価通達の計算方法では比較的低い金額になるケースがあるとします。

その仕組みを意図的に利用して株式を移転すれば、相続税や贈与税を圧縮できる可能性があります。

こうした取引が制度の趣旨に反するのであれば、税務当局が対応を検討するのは自然です。

問題は、その対応方法です。

特定の取引だけを規制するのか。

財産評価基本通達6項など既存の仕組みで対応するのか。

それとも、非上場株式の評価方式そのものを全面的に変更するのか。

複数の選択肢があります。

今回は評価体系全体の見直しが議論されている

今回の特徴は、一部の租税回避取引だけを対象とする議論にとどまっていないことです。

非上場株式の評価体系そのものについて、残余利益方式などを取り入れた抜本的な変更が検討されています。

もし新しい評価方式がすべての非上場会社に適用されれば、租税回避を行っている会社だけではなく、通常の経営を続けている中小企業にも影響が及びます。

ここが重要です。

大半の中小企業は租税回避を目的としていない

多くの中小企業は、日々の事業を継続するために経営しています。

従業員へ給与を支払います。

取引先へ代金を支払います。

設備投資を行います。

利益を内部留保して将来の不況に備えます。

経営者が自社株評価を意図的に引き下げるために会社を経営しているわけではありません。

それでも、評価体系全体が変更されれば、そうした一般的な企業も新しい評価方法の対象になります。

一部の問題と全体の制度を分けて考える

制度改正を考えるときには、「問題が存在すること」と「制度全体を変更する必要があること」は分けて考える必要があります。

租税回避事例が存在する。

だから非上場株式評価全体を変更する。

という結論が自動的に導かれるわけではありません。

まず確認すべきなのは、どの程度の問題が発生しているのかということです。

どのくらいの企業で問題が起きているのか。

どの程度の税収への影響があるのか。

既存の制度では対応できないのか。

こうした検証が重要になります。

対象を限定する方法もある

租税回避への対応方法としては、問題となる取引を限定して規制する方法があります。

例えば、一定の条件を満たす取引についてだけ特別な評価方法を適用するという考え方です。

会社の規模を基準にすることも考えられます。

特定の資産構成や取引形態を対象とすることも考えられます。

こうした方法であれば、一般的な中小企業への影響を抑えながら、問題となる取引へ対応できる可能性があります。

財産評価基本通達6項という既存の仕組み

前回取り上げた財産評価基本通達6項も、特殊なケースへ対応するための仕組みです。

通常の評価方法をそのまま適用することが著しく不適当と認められる場合には、通常とは異なる評価を行う余地があります。

そのため、極端な租税回避事例については、6項を利用して対応できる可能性もあります。

ただし、6項には予見可能性という問題があります。

どのような場合に適用されるのかが分かりにくければ、納税者にとって不安定な制度になります。

だからこそ、既存制度でどこまで対応でき、新しいルールがどこまで必要なのかを整理することが重要です。

すべての会社へ適用するメリットもある

一方、評価体系全体を変更することにも理由はあります。

現行の評価方法そのものが、現在の企業価値を適切に表していないのであれば、一部の租税回避だけを規制しても根本的な問題は残ります。

例えば、多くの企業で税務上の評価額と経済的な企業価値との間に大きな差が生じているのであれば、評価体系全体を見直す必要性は高まります。

つまり、全面的な見直しが適切かどうかは、現行制度の問題がどの程度広がっているのかによって変わります。

必要なのはデータによる検証

そこで重要になるのがデータです。

現行の評価方法では、どの程度の企業で評価額と経済価値に大きな差が生じているのか。

租税回避と考えられる取引はどの程度行われているのか。

税収への影響はどの程度なのか。

新しい評価方式を導入すれば、どの程度改善するのか。

そして、通常の中小企業の評価額はどの程度変わるのか。

こうした数字が示されれば、全面的な見直しが必要なのか、対象を限定した対応で十分なのかを判断しやすくなります。

租税回避防止と事業承継は両立できるのか

今回の評価見直しでは、もう一つの問題があります。

租税回避を防ぐために評価額をより企業価値へ近づければ、自社株評価が上昇する会社が出てくる可能性があります。

その結果、事業承継時の相続税や贈与税の負担が重くなる可能性があります。

つまり、

租税回避を防止する

評価を適正化する

事業承継を円滑にする

という3つの政策目的を同時に考える必要があります。

どれか一つだけを見ればよいわけではありません。

会社を成長させた企業への影響

特に問題になる可能性があるのが、長年にわたって利益を積み重ねてきた中小企業です。

こうした企業は租税回避を行っているわけではありません。

むしろ、長期間事業を継続し、利益を蓄積してきた優良企業です。

しかし、残余利益方式などによって収益力をより強く評価する仕組みになれば、自社株評価額が大きく上昇する可能性があります。

租税回避防止という政策目的のために、通常の事業活動を行っている企業へどの程度の負担を求めるのか。

ここは慎重に検討する必要があります。

目的と手段の均衡

高橋達也税理士は今回のインタビューで、一部の租税回避への対応のために全体の評価制度を大幅に変えることについて、「スズメを撃つために大砲を使う」という趣旨の表現で問題提起しています。

これは高橋氏の評価ですが、制度設計における「目的と手段の均衡」という問題を分かりやすく示しています。

ある問題を解決するための制度変更が、その問題よりはるかに広い範囲へ影響するのであれば、その方法が適切なのかを検討する必要があります。

小さな対象に大きな制度変更をする必要があるのか

例えば、問題となっている租税回避事例がごく少数だとします。

その場合、全国すべての非上場会社に新しい評価方式を適用することが必要なのかという疑問が出てきます。

一方で、問題が広範囲に存在しているのであれば、個別対応だけでは不十分です。

つまり、制度変更の範囲は、問題の規模に応じて決める必要があります。

事業承継税制で調整すればよいのか

評価方法は企業価値に近づけ、事業承継への影響は事業承継税制で調整するという考え方もあります。

評価と政策支援を分けて考える方法です。

この考え方には一定の合理性があります。

一方、事業承継税制には適用要件があります。

すべての企業が利用できるわけではありません。

また、制度利用には手続きや継続的な要件もあります。

そのため、評価額上昇によるすべての影響を事業承継税制だけで吸収できるとは限りません。

通達改正だけで全国へ適用する重さ

今回の見直しは、法律改正ではなく財産評価基本通達の改正として行われる可能性があります。

しかし、対象は全国の非上場会社です。

そのため、形式としては通達改正でも、実務への影響は非常に広くなる可能性があります。

一部の租税回避への対応を目的として、全国の中小企業へ適用される評価方法を変更するのであれば、その必要性や影響をより丁寧に説明することが重要になります。

租税回避対策はスピードも必要

一方で、租税回避対策には迅速性も必要です。

問題となる取引が広がっている場合、長期間議論している間にも同様の取引が増える可能性があります。

したがって、問題となる部分について早急に対応することには意味があります。

ここでも考えられるのが、段階的な対応です。

緊急性の高い租税回避事例には限定的な対策を行う。

その一方で、評価制度全体の抜本的見直しについては時間をかけて議論する。

こうした方法も制度設計上の選択肢になります。

60余年ぶりの見直しだからこそ慎重さが必要

今回の評価見直しは、長年使われてきた非上場株式評価の基本的な考え方を変える可能性があります。

その影響は、現在の相続や贈与だけではありません。

数年後の事業承継を計画している企業にも及びます。

さらに、今は自社株評価が問題になっていない小規模企業でも、将来的に利益や純資産が増えれば影響を受ける可能性があります。

だからこそ、短期的な租税回避防止だけではなく、長期的な事業承継への影響まで考える必要があります。

中小企業オーナーが確認すべきこと

今回の議論で経営者が確認したいのは、まず自社がどのような評価方法の対象になる可能性があるのかという点です。

次に、現行方式と新方式で評価額がどの程度違うのかを確認します。

さらに、評価額が上昇した場合に事業承継へどのような影響が出るのかも考えます。

後継者が決まっているのか。

株式をいつ移すのか。

事業承継税制を利用するのか。

納税資金をどう準備するのか。

評価制度の議論を、自社の承継計画へ結びつけて考えることが重要です。

結論

租税回避を防止することは、税制の公平性を維持するうえで重要です。

しかし、一部の租税回避事例へ対応するために、すべての非上場会社へ適用される評価体系を抜本的に変更する必要があるのかは、別の問題です。

問題となる取引を限定して規制する方法もあります。

財産評価基本通達6項など既存の仕組みで対応する方法もあります。

一方、現行の評価方式そのものに広範な問題があるのであれば、評価体系全体を見直す必要性もあります。

だからこそ重要なのは、問題の規模を示す具体的なデータです。

どの程度の租税回避が起きているのか。

現行評価はどの程度実態と離れているのか。

新方式によって一般の中小企業の評価額はどの程度変化するのか。

こうした数字を基に、目的に対してどの程度の制度変更が必要なのかを判断することが重要です。

租税回避防止と、中小企業の円滑な事業承継は、どちらも重要な政策課題です。

一方を実現するために、もう一方へ過度な負担が生じない制度設計が求められます。

次回は、税制の「予見可能性」を取り上げます。

事業承継を何年もかけて準備している途中で自社株評価のルールが大きく変わると、なぜ企業や税理士が困るのか。

税制を事前に予測できることの意味を整理します。

参考

税のしるべ 2026年9月14日 財務省主税局で相続税・贈与税等の企画・立案に従事した高橋達也氏に取引相場のない株式の評価見直しについて聞く

タイトルとURLをコピーしました