税制の予見可能性とは何か 途中で自社株評価のルールが変わると事業承継計画が崩れる理由編

税理士
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税制には、公平であることと同時に、将来の税負担をある程度予測できることも求められます。

これを考えるうえで重要なのが「予見可能性」です。

中小企業の事業承継は、相続が発生してから考え始めるものではありません。

後継者を決める。

経営を引き継ぐ。

自社株を少しずつ移す。

納税資金を準備する。

事業承継税制の利用を検討する。

こうした準備を数年から十年以上かけて行うこともあります。

その途中で自社株の評価方法が大きく変われば、それまで作ってきた計画の前提が変わってしまう可能性があります。

今回の非上場株式評価の見直しでは、この予見可能性が大きな論点になります。

予見可能性とは何か

予見可能性とは、将来どのようなルールが適用され、どの程度の負担が生じるのかを事前に予測できることです。

税金は、企業や個人の行動に大きな影響を与えます。

例えば、経営者が自社株を後継者へ贈与する場合には、贈与税がどの程度かかるのかを事前に試算します。

相続で引き継ぐのであれば、相続税の負担を考えます。

現在の制度を前提として将来の行動を決めるわけです。

その前提となるルールが突然大きく変わると、適切な判断が難しくなります。

事業承継は長期計画になる

事業承継は、単に株式を渡せば終わるものではありません。

まず、誰を後継者にするのかを決めます。

その後、経営者として必要な経験を積んでもらいます。

役員として経営に参加してもらう場合もあります。

取引先や金融機関との関係も引き継ぎます。

そして、経営権を安定させるために自社株を後継者へ移していきます。

これらを短期間で行うことは難しく、長期的な計画になるのが一般的です。

株式移転にも時間がかかる

自社株を後継者へ移す方法には、贈与や相続などがあります。

一度にすべての株式を移す場合もあれば、何年かに分けて移転する場合もあります。

また、事業承継税制を利用するケースもあります。

どの方法を選ぶにしても、自社株の評価額が重要です。

現在の評価方法で自社株が1億円なのか、3億円なのかによって、承継方法は大きく変わります。

そのため、評価ルールが途中で変わると、計画全体に影響する可能性があります。

評価額が変われば贈与計画も変わる

例えば、経営者が5年間かけて後継者へ株式を移す計画を立てているとします。

現在の評価方法を前提として、毎年一定数の株式を贈与する計画です。

ところが途中で評価方法が変更され、自社株評価額が大きく上昇したとします。

同じ株数を贈与しても、贈与税の負担が増える可能性があります。

その結果、当初の計画を継続できなくなることも考えられます。

つまり、評価制度の変更は、すでに実行中の事業承継にも影響する可能性があります。

持株会社を使った計画にも影響する

事業承継では、持株会社を設立して株式を管理する方法が検討されることもあります。

持株会社を使うことで、グループ会社の株式をまとめたり、経営権を整理したりすることがあります。

こうしたスキームも、税制や株式評価の仕組みを前提として設計されています。

もし途中で評価方法が大きく変われば、当初想定していた税負担や株式価値が変わる可能性があります。

そのため、持株会社を利用した計画についても再検討が必要になる場合があります。

自社株対策の前提が変わる

中小企業では、自社株評価を意識しながらさまざまな対策を検討することがあります。

配当政策をどうするのか。

設備投資をいつ行うのか。

役員退職金をどうするのか。

組織再編を行うのか。

株式をいつ移すのか。

こうした判断は、税金だけで決めるものではありません。

しかし、現在の評価制度を前提として計画されていることは少なくありません。

評価体系そのものが大きく変われば、こうした計画の前提も変わります。

60年以上の実務の積み重ね

今回の問題で重要なのは、現行の非上場株式評価体系が60年以上にわたって使われてきたことです。

長期間使われてきたことで、多くの判例や裁決、実務上の解釈が積み重なっています。

税理士も、その蓄積を基に顧客へ助言しています。

このような制度では、条文や通達だけでなく、長年の運用そのものが実務上の判断材料になります。

新しい評価方式に変われば、その蓄積をそのまま利用できない場面が出てくる可能性があります。

新制度には実務の蓄積がない

新しい評価方法が導入された直後には、当然ながら過去の実務の蓄積がほとんどありません。

例えば、

どこまで利益を調整してよいのか

一時的な利益変動をどう扱うのか

特殊な業種をどう評価するのか

組織再編があった会社をどう扱うのか

といった疑問が生じる可能性があります。

制度の文章を読んだだけでは判断できないケースも出てきます。

その場合、税理士も顧客に確信を持って助言しにくくなります。

税理士が提案しにくくなる

税理士が事業承継について助言するときには、一定の前提が必要です。

この方法なら株式評価はいくらになる。

この時期に贈与すれば税負担はこの程度になる。

この制度を使えば納税猶予を受けられる。

こうした見通しを示すことで、経営者は判断できます。

ところが、新しい評価制度の運用が不明確であれば、その見通しを示しにくくなります。

つまり、予見可能性が低下すると、経営者だけでなく税理士の実務にも影響します。

短い周知期間では対応が難しい

制度変更には、周知期間が重要です。

例えば、年末に新しいルールが公表され、翌年1月からすぐに適用されるとします。

所得税の一部のように毎年処理する制度であれば、対応できるケースもあります。

しかし、事業承継は長期計画です。

数年前から準備している企業にとって、数カ月の周知期間だけでは計画を変更することが難しい場合があります。

そのため、大幅な評価制度変更では、十分な準備期間が必要になります。

経過措置が重要になる

予見可能性を守る方法の一つが経過措置です。

例えば、新制度の施行前から進めている一定の事業承継については、一定期間旧制度を使えるようにする方法があります。

また、新しい評価方式を段階的に導入する方法も考えられます。

こうした措置によって、突然の制度変更による影響を和らげることができます。

ただし、どの範囲まで経過措置を認めるかは難しい問題です。

経過措置が広すぎても問題になる

経過措置を広く認めれば、既存の計画を保護できます。

一方で、新制度への移行が遅れることになります。

また、旧制度を利用できる人と新制度しか利用できない人との間で公平性の問題が生じる可能性もあります。

そのため、

誰を対象とするのか

いつまで認めるのか

どの時点を基準とするのか

を明確にする必要があります。

駆け込みを生む可能性もある

制度変更が事前に公表されると、改正前に取引を行おうとする動きが出ることがあります。

例えば、新制度では自社株評価が高くなると予想されれば、施行前に株式を贈与しようと考える経営者が増える可能性があります。

こうした行動を一般に駆け込みと呼ぶことがあります。

制度変更を十分前に公表すると準備期間を確保できますが、その一方で駆け込みが起こる可能性があります。

ここにも制度設計上の難しさがあります。

だからといって突然変えてよいわけではない

駆け込みを防ぐために、制度変更を直前まで公表しなければよいというわけではありません。

それでは納税者が準備できません。

特に事業承継のような長期計画では、突然の変更による影響が大きくなります。

制度変更では、

十分な周知期間

駆け込みへの対応

既存計画の保護

新制度への円滑な移行

をバランスよく考える必要があります。

令和10年1月1日施行という見方

今回のインタビューでは、高橋達也税理士が、国税庁は見直し後の評価方法について令和10年1月1日の施行を考えているのではないかとの見方を示しています。

これは現時点で正式決定された施行日という意味ではありません。

しかし、仮にこの時期に施行されるのであれば、それまでに制度の詳細をどの時点で明らかにするのかが重要になります。

評価方式だけでなく、還元率などの具体的な数値や経過措置も早期に示されなければ、企業側は十分な準備ができません。

施行日だけでは足りない

制度変更で重要なのは、いつ始まるのかだけではありません。

どの財産から適用されるのか。

相続の場合は相続開始日を基準にするのか。

贈与の場合は贈与日を基準にするのか。

すでに進めている事業承継に旧制度を適用できるのか。

こうした細かなルールも必要です。

企業にとっては、この部分が実務上非常に重要になります。

予見可能性は税負担の軽重とは別問題

ここで注意したいのは、予見可能性の問題は「税金を安くすべきだ」という議論とは違うことです。

税負担が増える制度であっても、十分な理由があり、事前にルールが明確で、準備期間が確保されていれば、納税者は対応することができます。

逆に、税負担がそれほど増えなくても、ルールが突然変更されれば混乱が生じます。

つまり、税額の大小と予見可能性は別の問題です。

なぜ税制への信頼につながるのか

企業や個人は、国の税制を前提として長期的な判断をしています。

住宅を買う。

投資をする。

会社を設立する。

事業を承継する。

こうした判断をした後で、前提となる制度が頻繁に大きく変われば、将来の計画を立てにくくなります。

そのため、税制への信頼を維持するには、制度変更の必要性だけでなく、変更方法にも配慮する必要があります。

中小企業オーナーが今確認したいこと

今回の評価見直しを受けて、すぐに株式を移す必要があるという話ではありません。

まず確認したいのは、現在の状況です。

自社株評価額はいくらか。

経営者は何%の株式を持っているか。

後継者は決まっているか。

いつ経営を引き継ぐ予定か。

すでに贈与を始めているか。

事業承継税制を利用しているか。

持株会社などを使った計画があるか。

こうした情報を整理しておけば、新制度が具体化したときに影響を判断しやすくなります。

制度が決まる前に慌てないことも重要

予見可能性が低い時期ほど、慌てて行動することにはリスクがあります。

まだ還元率などが決まっていない段階で、新制度では必ず株価が大幅に上がると決めつけることはできません。

一方で、何も確認しないまま制度確定を待つだけでも、対応が遅れる可能性があります。

重要なのは、現在の自社の状況を把握し、制度が具体化した時点ですぐ比較できる状態にしておくことです。

結論

税制の予見可能性とは、将来どのようなルールが適用され、どの程度の税負担になるのかを納税者がある程度予測できることです。

特に事業承継では、この予見可能性が重要です。

自社株の移転は数年から十年以上かけて計画することがあります。

その途中で評価方法が抜本的に変われば、贈与計画、相続対策、持株会社の利用、事業承継税制の選択などを見直さなければならなくなる可能性があります。

今回の非上場株式評価の見直しでは、新しい評価方法が合理的かどうかだけでなく、いつ公表し、いつ施行し、どのような経過措置を設けるのかも重要です。

60年以上積み上げられてきた評価体系を大きく変更するのであれば、企業や税理士が新制度へ対応できる十分な時間を確保する必要があります。

税制への信頼は、税額の軽重だけで決まるものではありません。

将来のルールを予測でき、それを前提に安心して行動できることも重要です。

次回は、その予見可能性を守るために重要になる「経過措置」を取り上げます。

新しい自社株評価へ移行するとき、なぜ旧制度から新制度への橋渡しが必要なのかを整理します。

参考

税のしるべ 2026年9月14日 財務省主税局で相続税・贈与税等の企画・立案に従事した高橋達也氏に取引相場のない株式の評価見直しについて聞く

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