トークン化預金が普及すると、銀行そのものがなくなるのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
トークン化預金は、現在の銀行預金を否定して新しいお金へ置き換える仕組みではないからです。
預金という基本的な仕組みを残したまま、そのお金を動かす金融インフラを大きく変える可能性があります。
銀行のデジタル化というとスマートフォンアプリやインターネットバンキングを思い浮かべますが、次の変化は利用者から見えない銀行システムの内部で起きようとしています。
預金のデジタル化とは何か
銀行預金はすでに大部分がデジタルな数字として管理されています。
給与が振り込まれても、銀行の金庫に自分専用の現金が積み上がるわけではありません。
銀行のシステム上で預金残高が記録されます。
それなら、なぜ改めて預金をトークン化する必要があるのでしょうか。
ポイントは、単にデジタルで記録することと、デジタル上で価値そのものを移転しやすくすることの違いです。
トークン化預金では、銀行預金をブロックチェーンなどの共通基盤上で移転できる形にします。
銀行内部のデジタル化から銀行間のデジタル化へ
これまで銀行は、それぞれ巨大なコンピューターシステムを構築してきました。
銀行内部では多くの処理がデジタル化されています。
しかし、別の銀行へお金を送る場合には銀行間をつなぐ決済インフラが必要です。
特に国際送金では複数の銀行を経由することがあり、それぞれのシステムで処理や照合が行われます。
トークン化預金が目指しているのは、銀行内部だけではなく、銀行と銀行の間までデジタル化することです。
金融機関同士が共通基盤上で価値を移転できれば、銀行間取引の仕組みが大きく変わる可能性があります。
決済が24時間365日になる
トークン化預金が普及した場合の大きな変化が、決済時間です。
従来の金融システムでは営業日という考え方が重要でした。
夜間や休日には一部の決済処理が進まないことがあります。
国際送金では時差や各国の休日も関係します。
一方、ブロックチェーンなどのデジタル基盤は原則として24時間365日稼働できます。
銀行同士のトークン化預金を常時移転できるようになれば、土曜日や日曜日でも国境を越えて価値を移動できる世界に近づきます。
国際送金の低コスト化が進む可能性
現在の国際送金では、送金元銀行と受取銀行の間に複数の銀行が入る場合があります。
銀行を経由するたびに処理が必要となり、手数料が発生することもあります。
さらに外国為替のコストもあります。
トークン化預金を共通基盤上で銀行間移転できれば、中間処理を減らせる可能性があります。
送金経路が短くなり、照合作業なども自動化されれば、国際送金のコスト低下につながることが期待されます。
利用者にとっては、送金速度だけでなく手数料の低下も大きなメリットになります。
企業の資金管理も変わる
トークン化預金の影響は送金だけではありません。
企業の資金管理にも大きな変化をもたらす可能性があります。
現在は海外への支払いに備えて、企業が早めに資金を用意することがあります。
休日や時差を考慮し、必要になる前から海外口座に資金を置いておくこともあります。
その資金は支払いが完了するまで自由に使いにくくなります。
国際送金を必要な瞬間に実行できれば、こうした待機資金を減らせる可能性があります。
企業はより少ない資金で効率的に事業を運営できるようになります。
銀行の収益構造にも影響する
国際送金が高速化し、手数料が低下すれば、銀行の収益にも影響します。
これまで銀行は送金や外国為替などから手数料を得てきました。
トークン化によって単純な資金移動のコストが下がれば、その部分の収益は縮小する可能性があります。
一方で、新しいビジネスも生まれます。
トークン化預金の発行や管理、企業のデジタル資金管理、異なるデジタルマネーの交換などです。
銀行には、お金を移動させるだけではなく、デジタル化された資金を安全に管理する役割が求められるようになるでしょう。
銀行はステーブルコインとも競争する
銀行がトークン化預金を急ぐ背景には、ステーブルコインの存在もあります。
ステーブルコインはブロックチェーン上で24時間365日移転できます。
国際決済で利用が広がれば、従来の銀行送金の一部を代替する可能性があります。
銀行が預金を従来の仕組みのまま動かしていれば、速度や利便性で不利になる可能性があります。
そこで銀行預金そのものをトークン化し、デジタルマネーとしての競争力を高めようとしているのです。
銀行の強みは預金だけではない
それでも銀行には重要な役割があります。
銀行は預金を受け入れるだけではありません。
企業や個人への融資を行います。
外国為替取引を提供します。
企業の資金繰りを支援します。
本人確認やマネーロンダリング対策なども担っています。
トークン化預金が普及しても、こうした金融仲介機能が直ちになくなるわけではありません。
むしろ銀行は、既存の信用力や顧客基盤をデジタル金融の世界でどのように活用するかを問われることになります。
小さな銀行にも変化が広がるのか
トークン化預金の取り組みは、現在のところ大手銀行が中心です。
新しい金融インフラを構築するには技術投資や制度対応が必要になるためです。
しかし、大手銀行だけがトークン化され、小さな銀行が接続できなければ金融システムが分断されてしまいます。
そこで重要になるのが共通インフラです。
Swiftのような既存の国際金融ネットワークが共通の接続基盤を提供できれば、将来的には幅広い金融機関が参加できる可能性があります。
トークン化預金の普及では、1つの銀行の技術力より金融機関全体をどのようにつなぐかが重要になります。
銀行はなくなるのではなく裏側が変わる
利用者から見れば、将来も銀行口座の残高は100万円と表示されているかもしれません。
給与も銀行口座へ振り込まれ、公共料金もそこから支払うでしょう。
見た目には現在とあまり変わらない可能性があります。
しかし、その100万円を海外へ送るときの裏側では大きな変化が起きているかもしれません。
複数の銀行を順番に経由する代わりに、トークン化預金が共通のデジタル基盤上を移動します。
数日かかっていた国際送金が短時間で完了し、夜間や休日でも決済できるようになる可能性があります。
金融インフラの変革は、利用者から見えないところで進むのです。
結論
トークン化預金が普及しても、銀行預金そのものがなくなるわけではありません。
大きく変わる可能性があるのは、預金を動かす金融インフラです。
銀行内部だけで管理されていた預金をトークンとして銀行間で移転できるようになれば、決済の24時間365日化や国際送金の高速化、低コスト化が進む可能性があります。
企業にとっては待機資金を減らし、資金効率を高められる可能性もあります。
一方、銀行にはステーブルコインなど新しいデジタルマネーとの競争が待っています。
そのため銀行の役割は、単に預金を預かって送金することから、さまざまなデジタルマネーを安全につなぎ、企業や個人の資金を総合的に管理する方向へ広がっていく可能性があります。
トークン化預金がもたらす本当の変化は、お金の名前が変わることではありません。
私たちが普段使っている銀行預金はそのままでも、その裏側で動く世界の金融インフラが大きく作り替えられていくことなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月15日 朝刊 トークン化預金、国際送金即時に