企業の決算書を見るとき、投資家が確認する重要な情報の一つが監査報告書です。
これまで監査報告書は、財務諸表が適正に作成されているかについて監査法人や公認会計士が意見を表明することが中心でした。
しかし今後は、企業のどこに会計不正のリスクがあると監査人が考えたのかについても、これまで以上に具体的な情報が開示されることになりそうです。
日本公認会計士協会は、監査基準報告書240号「財務諸表監査における不正」の改正を進めています。改正後の基準は2028年3月期の監査から適用される見通しです。
企業の会計不正が相次ぐなか、監査の役割と責任を明確にするとともに、投資家から見た監査の透明性を高める狙いがあります。
監査報告書に不正リスクが書かれる
今回の改正で特に注目したいのが、不正リスクとKAMの関係です。
KAMとは「監査上の主要な検討事項」のことです。
監査人が監査を行うなかで、特に重要だった事項を監査報告書に記載する仕組みです。
改正案では、監査を担当する会計士が特に重要と判断した不正リスクに関する事項をKAMとして監査報告書に記載することになります。
これは投資家にとって大きな意味があります。
単に「監査法人が適正意見を出しているから大丈夫」と考えるのではなく、監査人がどの部分に不正リスクを感じ、どのように監査したのかを見ることができるからです。
EDINETで投資家も確認できる
監査報告書は金融庁の電子開示システムであるEDINETで確認できます。
したがって今回の改正が実施されれば、投資家は企業ごとの不正リスクについて監査人がどのように考えているのかを比較しやすくなります。
例えば、売上高の計上に不正リスクがあるのか、固定資産の評価に問題が起こりやすいのか、海外子会社の取引に注意が必要なのかといった点です。
もちろん、KAMに記載されたからといって、その企業で不正が発生しているという意味ではありません。
重要なのは、監査人がどの領域をリスクの高い場所として認識しているのかが外部から見えやすくなることです。
監査報告書が企業分析の材料として、さらに重要になる可能性があります。
不正の疑いを把握した後の対応も明確にする
今回の改正は、監査報告書への記載だけではありません。
監査の途中で不正や不正の疑いを把握した場合に、監査人が何をするべきかについても新しい規定が設けられます。
草案では、監査人が会社の監査役などに質問することが求められます。
企業自身が不正調査や是正措置を実施している場合には、その調査や対応が適切なのかについても評価します。
明らかに軽微と判断されるものを除き、追加的な監査手続きも実施します。
つまり「不正らしいものを見つけたが、会社から問題ないと説明されたので終了」という監査ではなく、その説明を裏付ける証拠まで確認する姿勢が一段と求められることになります。
経営者の説明をうのみにしない
監査で非常に重要なのが、経営者の説明と監査証拠の関係です。
改正案では、経営者の主張を裏付ける監査証拠を入手するとともに、経営者の説明と矛盾する証拠を意図的に除外する方向へ偏らないことも明確にしています。
これは監査人に求められる職業的懐疑心と深く関係しています。
監査人は経営者を最初から疑って監査するわけではありません。
一方で、経営者から説明を受けただけで納得することも許されません。
特に会計不正では、経営者自身が関与している可能性があります。
そのため説明を客観的な証拠によって裏付けることが重要になります。
日本だけのルールではない
今回の改正には、もう一つ重要なポイントがあります。
国際的な監査基準との整合性です。
国際監査・保証基準審議会は2025年、不正に関する国際監査基準ISA240を改訂しました。
日本公認会計士協会の改正案も、この国際基準と基本的に同じ内容になるよう検討されています。
日本企業の多くは海外に子会社や事業拠点を持っています。
海外子会社を含めた連結財務諸表を監査する以上、日本と海外で不正リスクに対する監査の考え方が大きく異なることは望ましくありません。
会計だけでなく監査についても国際的な共通化が進んでいると考えることができます。
会計不正は決して珍しい問題ではない
会計士協会によると、2026年3月期に会計不正を公表した企業は40社でした。
前年より10社減少したものの、過去5年間の平均と同程度です。
粉飾決算の手口では、売上高の過大計上や費用の繰り延べなどが目立ちます。
利益を実態より大きく見せようとすれば、売上を早く計上する、架空の売上を計上する、本来その期に計上するべき費用を将来へ先送りするといった方法が考えられます。
固定資産の減損を適切な時期に認識しないことも、利益を大きく見せる方向に働きます。
こうした不正の背景には、単なる会計処理の問題だけではなく、過度な業績目標や経営陣からのプレッシャーなど企業組織の問題が隠れている場合があります。
監査報告書は決算書の付属資料ではない
個人投資家が企業の決算を見る場合、売上高や営業利益、純利益、自己資本比率などの数字に目が向きがちです。
しかし今後は、監査報告書にも目を通す価値がさらに高まります。
特にKAMを読めば、監査人がその企業のどこを難しい監査領域と考えたのかが分かります。
そこに不正リスクに関する情報が加われば、企業を見る視点はさらに広がります。
財務諸表は企業が作成します。
その財務諸表を第三者の立場からチェックするのが監査人です。
したがって、企業側の説明だけでなく「監査人が何を気にしているのか」を読むことは、投資家にとって重要な企業分析の一つになるでしょう。
結論
2028年3月期から、企業監査における不正リスクへの対応が大きく変わる可能性があります。
特に重要なのは、監査人が重要と判断した不正リスクに関する事項をKAMとして監査報告書に記載することです。
さらに、不正やその疑いを把握した場合の追加的な監査手続きや、経営者の説明を客観的な証拠によって確認する姿勢も明確になります。
これは単なる監査業界のルール変更ではありません。
企業にとっては内部統制や不正防止体制を改めて点検する契機となり、投資家にとっては企業を見る新しい情報が増えることになります。
これからの企業分析では「決算数字がどうなったのか」だけでなく、「その数字を監査した会計士が何をリスクと考えたのか」まで読む時代になっていくのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年9月12日 朝刊 監査報告書、不正リスク記載