ステーブルコインには、信託の仕組みを利用するものだけでなく、資金移動業者が発行するタイプもあります。
個人が店舗で商品を購入したり、別の人へお金を送ったりする用途では、資金移動業の仕組みは重要な役割を担っています。
ただし、資金移動業型のステーブルコインを理解するときに重要なのが100万円という金額です。
一般的に利用される第二種資金移動業では、1件当たり100万円相当額以下の資金移動を取り扱います。
そのため、日常的な買い物や比較的小口の送金には利用しやすい一方、500万円の自動車や数千万円の住宅といった高額決済には向きにくいという特徴があります。
資金移動業者とは何か
資金移動業者とは、銀行以外で為替取引、つまり利用者から依頼を受けて資金を別の人へ移動させるサービスを提供する事業者です。
かつて送金業務は基本的に銀行が中心となって担っていました。
しかしインターネットやスマートフォンの普及によって、小口の送金やキャッシュレス決済など新しい金融サービスへの需要が拡大しました。
そこで銀行免許を持たない事業者でも、一定の規制のもとで送金サービスを提供できる資金移動業の制度が整備されました。
利用者から見ると、銀行口座から銀行口座へ振り込む方法だけでなく、スマートフォンなどを利用して資金を移動できる選択肢が増えたことになります。
ステーブルコインも、こうした資金移動の仕組みと組み合わせることができます。
銀行との違い
資金移動業者と銀行は、どちらもお金を移動させるサービスを提供します。
しかし両者は同じ金融機関ではありません。
銀行の大きな特徴は、預金を受け入れ、その資金を企業や個人へ貸し出すことです。
例えば利用者が銀行へ100万円を預金すると、銀行はその資金などを原資として企業への融資や住宅ローンなどを提供します。
預金と貸出を組み合わせて金融仲介を行うことが銀行の重要な役割です。
一方、資金移動業者は銀行のように預金を受け入れて融資することを中心的な業務としているわけではありません。
基本的には利用者から資金を受け取り、その資金を別の人や企業へ移動させることが役割です。
つまり銀行は、
預金
貸出
決済
など幅広い金融機能を持っています。
これに対して資金移動業者は、主として資金を移動させる機能に特化しています。
この違いが規制の違いにもつながっています。
資金移動業には3つの区分がある
現在の資金移動業は、取り扱う送金額などによって第一種、第二種、第三種に区分されています。
第一種資金移動業は、100万円を超える高額な資金移動を取り扱うことができます。
第二種資金移動業は、1件当たり100万円相当額以下の資金移動を取り扱います。
第三種資金移動業は、さらに少額の資金移動を対象とする仕組みです。
したがって、資金移動業ならすべて100万円までしか送金できないという意味ではありません。
100万円という数字は、主に第二種資金移動業を理解するときに重要になります。
日常的な個人向け決済や送金では、この第二種の仕組みが大きな役割を担っています。
100万円という上限にはどんな意味があるのか
なぜ第二種資金移動業には100万円という基準が設けられているのでしょうか。
背景には、銀行とは異なる事業者にどこまで大きな資金移動を認めるのかという利用者保護の問題があります。
1000円の送金と1億円の送金では、事業者に問題が起きた場合の影響が大きく異なります。
高額な資金を取り扱うほど、利用者保護や資金管理などについて、より厳格な仕組みが求められます。
そこで資金移動業では、取り扱う金額などに応じて事業者を区分し、それぞれ異なる規制を適用する仕組みになっています。
高額な資金移動を取り扱う第一種には、第二種より厳しい規制が設けられています。
100万円という数字は単なる送金サービスの仕様ではなく、金融規制上の区分を分ける重要な基準なのです。
100万円以下なら日常生活の多くをカバーできる
もっとも、日常生活の決済だけを考えれば100万円という金額はかなり大きなものです。
例えば、
5000円の飲食代
3万円の衣料品
10万円の家電
30万円の旅行代金
50万円の家具
といった支払いであれば100万円の範囲に収まります。
そのため、飲食店や小売店などで個人がステーブルコインを利用するのであれば、100万円という上限が大きな問題になるケースはそれほど多くありません。
資金移動業型は、こうした日常的な決済との相性が良い仕組みと考えることができます。
問題になるのは、さらに高額な商品や資産を購入するときです。
500万円の車を買うと100万円を超える
例えば500万円の自動車を購入するとします。
500万円は100万円を大きく超えます。
第二種資金移動業の1件当たり100万円相当額以下という枠組みでは、500万円を一度に資金移動することはできません。
さらに住宅になると金額は大きくなります。
5000万円の住宅を購入する場合、100万円の50倍です。
このような取引では、日常的な小口決済を前提とした仕組みでは対応が難しくなります。
ここで信託型ステーブルコインとの違いが重要になります。
信託型には、第二種資金移動業と同じ100万円という上限がそのまま適用されるわけではありません。
そのため、自動車や住宅などの高額決済では信託型が注目されることになります。
分割すればよいという単純な話ではない
それなら500万円を100万円ずつ5回に分ければよいのではないかと思うかもしれません。
しかし金融規制は、単純に取引を分割すれば自由に高額決済ができるという考え方ではありません。
実質的に一つの高額取引であるものを形式的に分割して規制を回避することを前提に制度を考えることはできません。
また、自動車や住宅の売買では、代金をいつ支払ったのかという決済の確実性も重要になります。
5000万円の住宅代金を50回に分けて送金するような仕組みでは、実務上も非常に扱いにくくなります。
高額決済には、高額決済に対応した金融インフラが必要なのです。
第一種資金移動業なら高額送金も可能
ここで注意したいのは、資金移動業そのものが高額送金を禁止しているわけではないことです。
第一種資金移動業では100万円を超える資金移動を取り扱うことができます。
ただし、高額な資金を扱うため、第二種より厳しい規制が設けられています。
つまり制度全体としては、
比較的小口の資金移動を取り扱う仕組み
高額な資金移動を取り扱う仕組み
を分けることで、利便性と利用者保護のバランスを取っています。
ステーブルコインについて100万円という数字が話題になる場合も、どの資金移動業の区分を前提としているのかを確認することが重要です。
なぜ高額決済では信託型が注目されるのか
自動車や住宅へのステーブルコイン利用が議論されるなかで信託型が注目されているのは、高額な資金を扱える仕組みを構築しやすいためです。
例えば住宅購入では数千万円の資金が動きます。
企業間取引なら数億円、数十億円という決済も珍しくありません。
こうした世界では、100万円単位の小口決済とは異なる仕組みが必要です。
信託型では、利用者から受け入れた円などを信託財産として管理し、その財産を裏付けとしてステーブルコインを発行します。
高額な資金を信託という法的な枠組みのなかで管理することによって、大口決済への利用が期待されています。
小口決済と高額決済では求められる仕組みが違う
ステーブルコインという同じ名称でも、何に使うのかによって適した仕組みは異なります。
コンビニで500円の商品を購入する場合と、5000万円の住宅を購入する場合を同じ制度で処理する必要はありません。
小口決済では、使いやすさや送金の手軽さが重要です。
一方、高額決済では、資産の保全、本人確認、マネーロンダリング対策、決済の確実性などがより重要になります。
資金移動業が金額などによって区分されているのも、この違いがあるからです。
ステーブルコインが普及していけば、日常的な少額決済と高額な資産決済で異なる仕組みが使い分けられていく可能性があります。
結論
資金移動業者とは、銀行以外で資金を別の人や企業へ移動させるサービスを提供する事業者です。
銀行のように預金を受け入れて融資することを中心とするのではなく、主として資金移動を担う点に特徴があります。
資金移動業には第一種、第二種、第三種があり、一般的な第二種資金移動業では1件当たり100万円相当額以下の資金移動を取り扱います。
この100万円という基準は、利用者保護を図りながら銀行以外の事業者に資金移動サービスを認めるための金融規制上の重要な境界です。
100万円以下であれば、飲食、買い物、旅行、家電など個人の日常的な決済の多くをカバーできます。
一方、500万円の自動車や5000万円の住宅となれば100万円を大きく超えるため、一般的な第二種資金移動業の枠組みでは対応しにくくなります。
ステーブルコインを理解するときには、単にデジタルのお金として見るだけでは不十分です。
誰が発行し、どの金融制度のもとで資金を動かしているのかによって、利用できる金額や用途は大きく変わります。
100万円という数字は、ステーブルコインが日常的な決済に使われるのか、それとも自動車や住宅などの高額決済にまで広がるのかを考えるうえで重要な境界線なのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 家・車もステーブルコイン