ステーブルコインが日本で本格的な決済手段として普及するうえで、重要な役割を担うと考えられているのが信託型ステーブルコインです。
特に注目されるのは、資金移動業者が取り扱う仕組みとは異なり、100万円を超える高額な資金移動にも対応できる点です。
自動車なら数百万円、住宅なら数千万円という支払いが必要になります。こうした高額決済にステーブルコインを利用するには、100万円という金額を超えて資金を動かせる仕組みが必要です。
そこで重要になるのが、信託を利用して円などの裏付け資産を管理する仕組みです。
信託型とは何か
信託とは、財産を一定の目的に従って管理する仕組みです。
例えば、ある事業者が100万円分の円連動型ステーブルコインを発行するとします。
利用者が100万円を払い込み、その金額に対応するステーブルコインを受け取ります。
このとき、利用者から受け取った100万円を発行事業者自身の財産として自由に使うのではなく、信託の仕組みによって分別して管理します。
つまり、
利用者が円を払い込む
その円を信託財産として管理する
その円を裏付けとしてステーブルコインを発行する
という構造になります。
これが信託型ステーブルコインの基本的な考え方です。
単に企業が独自のデジタルポイントを発行するのとは大きく異なります。
誰がステーブルコインを発行するのか
日本では2023年に施行された改正資金決済法によって、法定通貨と連動し額面で償還できる一定のステーブルコインが電子決済手段として制度化されました。
その発行には銀行、資金移動業者、信託会社など、それぞれの制度に基づく仕組みがあります。
信託型では、信託会社や信託銀行などが関係し、利用者から受け入れた円などを信託財産として管理しながらステーブルコインを発行する形が考えられます。
重要なのは、誰でも自由に円連動型ステーブルコインを発行できるわけではないということです。
お金に近い性質を持つ以上、利用者保護やマネーロンダリング対策などを含めた金融規制の対象になります。
デジタル上では簡単に移転できても、その背後には金融制度によって管理された仕組みがあります。
信託財産として円を管理する仕組み
信託型の大きな特徴が、ステーブルコインの裏付けとなる財産を信託財産として管理することです。
例えば、1コインが1円に対応するステーブルコインを1000万円分発行するとします。
原則として、それに対応する1000万円の裏付けとなる財産を確保する必要があります。
この裏付けがあるからこそ、利用者は保有しているステーブルコインを円へ戻せるという信用を持つことができます。
ここで重要なのが、信託財産の独立性です。
信託財産は、信託を引き受けた事業者自身の財産とは区別して管理されます。
例えば通常の事業会社が利用者から集めたお金を自社の運転資金として使ってしまえば、その会社が経営破綻した場合に利用者のお金が戻らなくなる可能性があります。
信託型では、ステーブルコインの裏付けとなる財産を事業者自身の財産と分けて管理することで、利用者保護を図る仕組みになっています。
この分別された財産が、デジタル上に存在するステーブルコインの信用を支えます。
1コイン1円はどのように維持されるのか
円連動型ステーブルコインでは、1コインを1円相当として利用できることが重要です。
そのためには、単に市場参加者が1円だと思っているだけでは十分ではありません。
ステーブルコインの背後に円などの裏付け資産が存在し、一定の条件のもとで円へ償還できる仕組みが必要になります。
例えば100万円を払い込んで100万コインを受け取り、後でその100万コインを100万円へ戻せるのであれば、1コインと1円の関係は維持されやすくなります。
ビットコインなどの暗号資産とは、この点が大きく違います。
ビットコインには1ビットコインを一定額の円へ交換してくれる発行者が存在するわけではありません。
そのため価格は市場の需給によって大きく変動します。
一方、円連動型ステーブルコインは、裏付け資産と償還の仕組みによって円との価値の連動を目指します。
なぜ100万円を超えて送金できるのか
今回のテーマで最も重要なのが、100万円という金額です。
資金移動業には業務区分があり、一般的に利用される第二種資金移動業では、1件当たり100万円相当額以下の資金移動を取り扱う仕組みになっています。
そのため、こうした資金移動業の枠組みを利用したステーブルコインでは、数百万円、数千万円という高額決済にそのまま対応することが難しくなります。
一方、信託型には、この第二種資金移動業と同じ100万円の上限がそのまま適用されるわけではありません。
ここが高額決済への利用を考えるうえで大きな違いになります。
例えば500万円の自動車を購入するとします。
100万円までしか取り扱えない仕組みでは、一度に500万円を決済することはできません。
しかし信託型であれば、制度上は100万円を超える金額を扱えるため、500万円の決済にも利用できる可能性があります。
さらに5000万円の住宅購入代金など、より大きな金額にも利用できる可能性が出てきます。
上限がないだけでは高額決済は普及しない
ただし、信託型ならすでに自由に数千万円を送金できるという単純な話ではありません。
今回、金融庁が制度改正を求めている背景もここにあります。
信託型には100万円という同じ上限がなくても、ステーブルコインの所有者が変更される際に、税法上の書類提出が必要になることがあります。
所有者の氏名や価格などを記載した書類を取引のたびに税務署へ提出しなければならないのであれば、日常的な決済には使いにくくなります。
500万円の自動車を購入するたび、あるいは5000万円の住宅代金を支払うたびに複雑な事務手続きが発生するからです。
つまり信託型には、
金額面では高額決済が可能
しかし事務手続きが実用化の障害になる
という問題があります。
金融庁が相続税法や所得税法に関する書類提出の簡略化を求めているのは、この障害を取り除くためです。
高額決済で信託型が注目される理由
信託型ステーブルコインの特徴は、単に100万円を超える送金ができることだけではありません。
高額な資金をデジタル上で動かせるようになると、企業間決済や資産取引との組み合わせが可能になります。
例えば企業が取引先へ1億円を支払う場合です。
現在なら銀行振り込みなどを利用するのが一般的です。
これをステーブルコインによって行えるようになれば、ブロックチェーン上で資金移動を記録できます。
さらに将来的には、商品の引き渡し、証券の移転、不動産取引などと決済を連動させる仕組みも考えられます。
そのため信託型ステーブルコインは、小売店で1000円の買い物をするためだけの決済手段ではありません。
むしろ企業間取引や自動車、不動産、金融商品など、金額の大きな取引で特徴を発揮する可能性があります。
100万円の違いを理解するとステーブルコインの将来が見える
ステーブルコインを一括りにしてしまうと、なぜあるステーブルコインでは高額決済が難しく、別の仕組みでは可能なのか分かりにくくなります。
重要なのは、ステーブルコインという名称よりも、その背後にどのような法的な仕組みが存在するのかを見ることです。
資金移動業の仕組みを利用するのか。
信託の仕組みを利用するのか。
裏付けとなる円をどのように管理するのか。
誰が利用者に対して償還の責任を負うのか。
こうした違いによって、利用できる金額や用途も変わります。
今後、住宅や自動車の購入にステーブルコインが使われるようになれば、信託型という言葉を目にする機会も増えていくでしょう。
結論
信託型ステーブルコインとは、円などの裏付け資産を信託財産として分別管理し、その財産を基礎として発行されるステーブルコインです。
裏付けとなる財産を事業者自身の財産と分けて管理することで、利用者保護を図りながら、円との価値の連動を支える仕組みになっています。
そして高額決済を考えるうえで重要なのが100万円という金額です。
一般的な第二種資金移動業では1件当たり100万円相当額以下という枠組みがありますが、信託型に同じ上限がそのまま設けられているわけではありません。
そのため信託型は、500万円の自動車や数千万円の住宅、さらには企業間の大口決済などに利用できる可能性があります。
これまでの大きな障害の一つは、金額の上限ではなく税務上の煩雑な手続きでした。
その手続きが簡略化されれば、信託型ステーブルコインは暗号資産取引の周辺にある存在から、高額な商品や資産を購入するための決済インフラへと役割を広げる可能性があります。
ステーブルコインの将来を考えるときには、デジタル通貨という技術だけを見るのではなく、その裏側にある信託と金融規制の仕組みを理解することが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 家・車もステーブルコイン