認知機能が衰えた高齢者を特殊詐欺などの被害から守るため、金融機関と福祉機関の連携が強化されます。
厚生労働省と金融庁は、銀行などが認知機能の低下した高齢者を見つけた場合、本人の同意がなくても地域包括支援センターなどへ情報提供できる仕組みを整える方針です。
これまで金融機関が顧客の異変に気付いても、個人情報保護との関係から福祉機関へ連絡することが難しい場合がありました。
金融機関を単なる「お金を預ける場所」ではなく、高齢者の生活上の異変を発見する地域の見守り拠点として活用しようという動きです。
なぜ金融機関が高齢者の異変に気付きやすいのか
特殊詐欺では、金融機関の窓口やATMが被害を防ぐ最後の防波堤になることがあります。
例えば、高齢者が突然多額の現金を引き出そうとしたり、普段とは異なる相手へ高額の振り込みをしようとしたりするケースです。
銀行員が理由を確認したところ、「息子が会社のお金をなくした」「税金の還付を受けるためにATMを操作するよう言われた」といった話が出てくれば、特殊詐欺を疑うことができます。
しかし問題は、明確な詐欺とは判断できないものの、顧客の認知機能や判断能力に不安を感じる場合です。
金融機関だけでは、その人の日常生活まで継続的に支援することはできません。
そこで重要になるのが福祉機関との連携です。
本人同意なしの情報共有が検討される理由
通常、金融機関が保有する顧客情報を外部へ提供する場合には、個人情報保護の観点から本人の同意が重要になります。
ところが、認知機能が低下している高齢者の場合、この本人同意を得ること自体が難しくなることがあります。
本人が自分の状況を十分に理解できなかったり、金融機関から説明を受けても意思確認が困難だったりするためです。
本人を保護するために福祉機関へ相談したいのに、本人の同意を得られないため相談できないという問題が生じます。
そこで金融庁は個人情報保護に関する指針を見直し、一定の場合には本人の同意なしで地域包括支援センターなどへ連絡できることを明確にする方向です。
プライバシーを守ることと、高齢者の財産や生活を守ることをどのように両立させるかが重要になります。
地域包括支援センターとは何か
金融機関からの連絡先として重要になるのが地域包括支援センターです。
地域包括支援センターは、高齢者が住み慣れた地域で生活を続けられるよう支援する地域の相談窓口です。
保健師や社会福祉士、主任介護支援専門員などが配置され、介護だけでなく高齢者の権利擁護や生活上の相談にも対応します。
銀行員が顧客の認知機能低下を疑ったとしても、その後の生活支援まで担当することはできません。
地域包括支援センターにつなぐことで、本人の生活状況や家族関係などを踏まえ、必要な支援を検討できるようになります。
金融から福祉へ支援をつなぐことが今回の仕組みの重要なポイントです。
成年後見制度につなげる
判断能力が大きく低下している場合には、成年後見制度の利用が選択肢になります。
成年後見制度は、認知症などによって判断能力が十分ではない人について、本人に代わって契約や財産管理などを行う人を選任する仕組みです。
例えば、預貯金の管理、不動産や施設入所などに関する契約、各種支払いなどについて支援を受けることができます。
特殊詐欺だけでなく、不要な商品を繰り返し購入したり、不利な契約を結んだりする消費者被害への対策にもなります。
もっとも、成年後見制度を利用すればすべて解決するわけではありません。
本人の判断能力や財産状況、生活環境などに応じて制度を利用する必要があります。
日常生活自立支援事業という選択肢もある
判断能力が完全に失われているわけではなく、日常生活に一定の支援があれば生活できる高齢者には、日常生活自立支援事業という仕組みもあります。
社会福祉協議会などが中心となり、福祉サービスの利用援助や日常的な金銭管理などを支援します。
例えば、預金から生活費を引き出したり、公共料金を支払ったり、重要な書類を保管したりする支援があります。
成年後見制度よりも日常生活に近い部分を支える仕組みと考えると分かりやすいでしょう。
金融機関が異変を発見し、福祉機関へ情報をつなぐことによって、その人に適した制度を利用できる可能性が高まります。
金融機関と福祉を地域全体でつなぐ
今回の取り組みは、銀行と地域包括支援センターだけを結び付けるものではありません。
厚生労働省は、金融と福祉が連携するモデル自治体を増やす方針です。
介護、障害、生活困窮など複数の問題を抱える人を地域全体で支援する重層的支援体制整備事業などの仕組みも活用します。
自治体や社会福祉協議会などが参加する支援会議に、銀行や信用金庫などの金融機関が加われば、高齢者の異変をより早い段階で共有できる可能性があります。
高齢者の問題は、金融だけ、介護だけ、消費者行政だけでは解決できないケースが少なくありません。
複数の機関が持つ情報を組み合わせることが重要になります。
見守りネットワークにも金融機関が加わる
消費者庁が関係する地域の見守りネットワークとの連携も想定されています。
高齢者などの消費者被害を防ぐため、自治体、消費者団体、民生委員などが地域で見守る仕組みです。
ここに銀行や信用金庫などが加われば、お金の動きから異変を発見できるようになります。
例えば、民生委員は生活上の変化に気付き、金融機関は預金の異常な引き出しに気付き、福祉機関は認知機能や生活状況の変化に気付くことがあります。
それぞれが単独で持っていた情報を適切につなげれば、詐欺被害が発生する前に介入できる可能性があります。
情報共有には慎重なルールも必要になる
一方で、本人同意なしの情報共有を広げればよいという単純な問題ではありません。
預金や取引に関する情報は極めて重要な個人情報です。
認知機能が低下しているという理由だけで、本人の知らないところで幅広く情報が共有されるようになれば、本人のプライバシーや自己決定権を損なうおそれがあります。
どのような場合に情報提供できるのか、どこまでの情報を提供できるのか、誰が情報を管理するのかといったルールを明確にする必要があります。
高齢者を保護する仕組みであるからこそ、必要以上に本人の権利を制限しない制度設計が求められます。
金融機関の役割が変わり始めている
これまで銀行の高齢者対応というと、特殊詐欺を疑う振り込みや現金引き出しを窓口で止める取り組みが中心でした。
今後はさらに一歩進みます。
詐欺が発生する瞬間だけを見るのではなく、その前段階にある認知機能の低下や生活上の異変を発見し、福祉につなげる役割が期待されるからです。
超高齢社会では、金融機関が高齢者の財産を管理するだけでは十分ではありません。
金融、福祉、介護、消費者行政などが連携し、高齢者の生活と財産を一体として守る仕組みが必要になっています。
結論
認知機能が低下した高齢者の特殊詐欺被害を防ぐため、金融機関と福祉機関の情報共有を進める仕組みが整備されようとしています。
重要なのは、銀行が高齢者の異変を発見した後、その情報を地域包括支援センターなどへつなげられるようにすることです。
そこから成年後見制度や日常生活自立支援事業などにつながれば、詐欺被害だけでなく日常的な財産管理まで支援できる可能性があります。
一方、本人同意なしの情報共有には、プライバシーや自己決定権を守るための慎重なルールが欠かせません。
高齢者の財産を守る金融と、高齢者の暮らしを支える福祉。この二つを地域で結び付けることが、超高齢社会における新しい高齢者保護の形になりそうです。
参考
日本経済新聞 2026年8月18日朝刊 高齢者の詐欺被害防止、金融機関と福祉連携 本人同意なしで情報共有