会社員の税金を考えるとき、給与として受け取った金額のすべてに所得税や個人住民税がかかるわけではありません。
給与収入からまず給与所得控除を差し引いて給与所得を計算します。
給与所得控除は、会社員などの給与所得者に認められている所得計算上の控除です。
その給与所得控除には最低保障額があります。
令和8年度税制改正では、物価上昇への対応として、この最低保障額が65万円から69万円へ引き上げられました。
さらに重要なのは、今回の引上げだけではありません。
今後、物価上昇を踏まえて給与所得控除の最低保障額を定期的に見直す仕組みが設けられたことです。
所得税だけでなく個人住民税にも関係するため、会社員にとって重要な改正です。
給与所得控除とは何か
個人事業主は、売上から事業に必要な経費を差し引いて事業所得を計算します。
たとえば売上が500万円あり、必要経費が100万円であれば、基本的には差額の400万円を基礎として所得を計算します。
一方、会社員も仕事をするためにさまざまな費用を負担することがあります。
しかし、一人ひとりが仕事に関連する支出をすべて集計し、必要経費として申告する仕組みにすると非常に複雑になります。
そこで給与所得者については、給与収入に応じて一定額を差し引いて給与所得を計算する仕組みが設けられています。
これが給与所得控除です。
給与所得控除には、給与所得者の勤務に伴う経費などを概括的に考慮する機能があります。
給与収入と給与所得は違う
給与所得控除を理解するときに重要なのが、給与収入と給与所得を区別することです。
会社から一年間に受け取った給与や賞与などの金額が給与収入です。
そこから給与所得控除を差し引いた金額が給与所得になります。
さらに給与所得から基礎控除、社会保険料控除、扶養控除などの所得控除を差し引いて課税所得を計算します。
大まかに整理すると、
給与収入
から、
給与所得控除
を差し引いて給与所得を求め、
さらに、
基礎控除などの所得控除
を差し引いて課税所得を求めるという流れです。
給与所得控除と基礎控除は名前に控除と付いていますが、税計算の中で使われる段階が異なります。
最低保障額とは何か
給与所得控除は給与収入に応じて計算されます。
ただし、給与収入が少ない人について控除額が極端に小さくならないよう、一定の最低額が設けられています。
これが給与所得控除の最低保障額です。
最低保障額が引き上げられると、その対象となる給与所得者については給与所得が小さくなります。
給与所得が小さくなれば、その後の課税所得も小さくなるため、所得税や個人住民税の負担軽減につながる可能性があります。
したがって、最低保障額は特に比較的給与収入の低い層の税負担を考えるうえで重要な数字です。
65万円から69万円へ引き上げられる
令和8年度税制改正では、給与所得控除の最低保障額について物価上昇を踏まえた見直しが行われました。
最低保障額は65万円から69万円へ4万円引き上げられます。
たとえば、改正によって給与所得控除が4万円増える人について考えてみます。
給与収入そのものは変わりません。
しかし給与収入から差し引く給与所得控除が4万円増えるため、給与所得は4万円小さくなります。
その結果、他の条件が同じであれば課税所得も小さくなり、税負担を軽減する方向に働きます。
ただし、4万円控除が増えたから税金が4万円減るわけではありません。
4万円は税額控除ではなく、所得計算上の控除額だからです。
なぜ物価上昇で給与所得控除を増やすのか
今回の改正の背景には物価上昇があります。
物価が上昇すると、企業が賃上げを行うことで給与の名目額も増えることがあります。
しかし、給与が5%増えて物価も5%上昇していれば、実質的な購買力が5%増えたとは限りません。
それにもかかわらず給与所得控除の最低保障額が固定されたままであれば、名目給与の増加によって給与所得が増え、税負担が重くなる可能性があります。
そこで、物価上昇に合わせて最低保障額についても見直すという考え方が採用されました。
固定された控除額の実質価値がインフレによって低下することを防ぐための仕組みです。
基礎控除と給与所得控除は両方が見直される
令和8年度税制改正では、所得税の基礎控除と給与所得控除の最低保障額の双方について物価上昇を踏まえた見直しが行われました。
給与所得者の場合、この二つは税計算の異なる段階で作用します。
まず給与収入から給与所得控除を差し引きます。
その後、給与所得を含む所得から基礎控除などの所得控除を差し引きます。
つまり、対象となる給与所得者については、
給与所得控除の最低保障額の引上げ
と、
所得税の基礎控除の引上げ
という二つの仕組みが税負担を軽減する方向に働く可能性があります。
ただし、個人住民税については事情が異なります。
給与所得控除は個人住民税にも反映される
今回のテーマで特に重要なのがここです。
給与所得控除の見直しは、所得税だけの問題ではありません。
個人住民税の所得割に係る所得金額の計算は、基本的に所得税の計算の例による仕組みになっています。
そのため、所得税で給与所得控除が見直されれば、その変更は個人住民税の所得計算にも反映されます。
つまり最低保障額が65万円から69万円へ引き上げられる改正については、個人住民税にも反映されることになります。
この点が基礎控除との大きな違いです。
住民税の基礎控除は自動的には変わらない
所得税の基礎控除については、物価上昇を踏まえた引上げが行われています。
しかし、その変更が個人住民税の基礎控除に自動的に反映されるわけではありません。
個人住民税の基礎控除を変更するためには、地方税法上の対応が必要になります。
整理すると、
給与所得控除の最低保障額の見直しは個人住民税にも反映される
一方で、
所得税の基礎控除の見直しは個人住民税の基礎控除にはそのまま反映されない
という違いがあります。
同じ令和8年度税制改正による物価対応でも、個人住民税への反映のされ方が違うわけです。
会社員の住民税にも時間差で影響する
個人住民税には前年所得課税という特徴があります。
所得税は基本的にその年の所得についてその年の税額を計算します。
これに対して個人住民税は、前年の所得を基礎として翌年度に課税されます。
会社員の場合、自治体が計算した住民税を会社が給与から差し引く特別徴収が一般的です。
したがって給与所得控除の改正によって給与所得が変われば、その影響は個人住民税にも及びますが、所得税と住民税では実際に負担へ表れる時期に違いがあります。
税制改正の記事を見るときには、何年分の所得税に適用されるのかだけでなく、何年度の個人住民税に影響するのかを確認することが重要です。
会社の給与計算実務にも影響する
給与所得控除の改正は、納税者だけでなく企業にも関係します。
会社員の所得税は毎月の給与から源泉徴収され、年末調整で一年間の税額が精算されるのが一般的です。
制度が変われば、企業は新しい税制に対応した給与計算や年末調整を行う必要があります。
個人住民税についても、会社は自治体から通知された税額を給与から特別徴収します。
税制上の金額を物価に連動して定期的に変更する仕組みが広がれば、税務行政だけでなく企業の給与計算システムにも継続的な対応が必要になります。
物価連動の頻度を考える際には、こうした実務負担も無視できません。
最低保障額だけで会社員の税負担は決まらない
給与所得控除の最低保障額が69万円に引き上げられたからといって、すべての会社員が同じ金額だけ減税されるわけではありません。
給与所得控除は給与収入の水準によって計算方法が異なるためです。
また、最終的な税額は基礎控除、社会保険料控除、扶養控除などの所得控除や税率などによっても変わります。
個人住民税では、さらに所得割、均等割、非課税限度額なども関係します。
したがって最低保障額の引上げを見るときには、
69万円になったから税金がいくら減る
と単純に考えるのではなく、
給与所得を計算する最初の段階の金額が変わった
と理解することが重要です。
結論
給与所得控除とは、給与収入から一定額を差し引いて給与所得を計算する仕組みです。
その給与所得控除には最低保障額が設けられており、令和8年度税制改正では物価上昇を踏まえて65万円から69万円へ引き上げられました。
最低保障額が引き上げられれば、対象となる給与所得者の給与所得が小さくなり、所得税や個人住民税の負担を軽減する方向に働きます。
そして重要なのは、給与所得控除の見直しは個人住民税にも反映されるという点です。
一方、所得税の基礎控除の引上げは、個人住民税の基礎控除には自動的には反映されません。
同じ物価対応でも、所得税と個人住民税では制度変更の伝わり方が異なるのです。
物価連動型の税制が広がれば、会社員にとっては給与額だけではなく、給与所得控除や基礎控除が物価に合わせてどのように変わるのかを見ることが、実質的な税負担を考えるうえでますます重要になります。
参考
税のしるべ 2026年8月10日 物価に連動した基礎控除等の引上げに関連して総務省の検討会が今後の個人住民税での対応を検討