企業が社会課題の解決をパーパスとして掲げても、利益を生み出せなければ長期間事業を続けることはできません。そこで重要になるのが、事業に投入した資本からどれだけ利益を生み出したかを見る「ROIC」です。社会的価値を追求しながら資本効率も高める。ROIC経営は、パーパス経営を持続可能なものにするうえでも重要な考え方です。
ROICとは何か
ROICはReturn on Invested Capitalの略で、日本語では「投下資本利益率」と呼ばれます。
簡単にいえば、
「事業に投入したお金を使って、どれだけ効率よく利益を生み出したか」
を見る指標です。
一般的には、税引後営業利益などを投下資本で割って求めます。
例えば企業が事業に100億円の資本を投入し、その事業から税引後で5億円相当の営業利益を生み出したとします。
単純化すればROICは5%です。
同じ100億円を使って10億円の利益を生み出せれば、ROICは10%になります。
つまりROICが高いほど、投入した資本を効率的に利益へ結びつけていると考えることができます。
なぜ売上高や利益だけでは分からないのか
企業を見るとき、売上高や営業利益が注目されます。
もちろん重要な指標です。
しかし利益額だけを見ても、どれだけ効率よく稼いでいるかは分かりません。
例えばA事業とB事業があり、どちらも10億円の利益を上げているとします。
A事業には100億円の資本が必要です。
B事業には500億円の資本が必要です。
利益額だけを見れば同じです。
しかし投入した資本まで考えれば、A事業の方が効率よく利益を生み出していることになります。
企業には無限に資金があるわけではありません。
株主から集めた資本や金融機関から借りた資金などを、さまざまな事業に配分しています。
だからこそ、
「利益はいくらか」
だけではなく、
「その利益を生み出すために、いくら資本を使ったのか」
を見る必要があります。
ROEとは何が違うのか
ROICとよく比較される指標にROEがあります。
ROEはReturn on Equityの略で、自己資本利益率と呼ばれます。
株主が出資した自己資本に対して、どれだけ利益を生み出したかを見る指標です。
一方、ROICでは株主資本だけではなく、事業に投入されている資本全体を意識します。
両者の大きな違いの一つは、負債の扱いです。
例えば企業が借入金を増やして事業を行えば、自己資本との関係ではROEが高くなる場合があります。
しかし借金を増やせば企業の財務リスクも高まります。
ROICでは、借入金を含めて事業に投入した資本を意識するため、事業そのものの資本効率を考えやすいという特徴があります。
ROEが株主の立場から企業の収益性を見る指標だとすれば、ROICは事業に投入された資本がどれだけ効率よく使われているかを見る指標と考えると分かりやすいでしょう。
ROIC経営とは何か
ROICを単に決算分析の指標として見るだけでなく、企業内部の経営判断に活用するのがROIC経営です。
例えば企業が複数の事業を持っているとします。
A事業のROICは15%。
B事業は8%。
C事業は2%。
この数字だけで事業の良し悪しを決めることはできません。
成長段階や事業リスクなどが異なるからです。
しかし、
「どの事業が資本を効率的に使っているのか」
を考える重要な材料になります。
ROICの低い事業については、
なぜ資本効率が低いのか。
改善できるのか。
追加投資すべきなのか。
縮小すべきなのか。
場合によっては撤退すべきなのか。
といった議論ができます。
ROICを経営資源の配分に使うところにROIC経営の特徴があります。
資本にはコストがある
ROICを考えるうえで忘れてはいけないのが、資本は無料ではないということです。
企業が株主から資金を集めれば、株主は一定のリターンを期待します。
金融機関などから借入れをすれば利息を支払います。
つまり企業が事業に使う資金にはコストがあります。
そこでROICと比較されるのがWACCです。
WACCは加重平均資本コストと呼ばれ、企業が資金を調達するために負担する資本コストを表す代表的な指標です。
考え方を単純化すると、
ROICが資本コストを上回っている
のであれば、企業は資本コスト以上の収益を生み出していることになります。
反対にROICが資本コストを長期間下回っていれば、資本を投入している割に十分な利益を生み出していない可能性があります。
ROICを高めるにはどうするのか
ROICを高める方法は、大きく考えれば利益を増やすか、必要な投下資本を減らすかです。
利益を増やすためには、
商品の価格を適正化する。
高付加価値商品を増やす。
原材料費を削減する。
生産性を高める。
事業構成を見直す。
といった方法があります。
一方、投下資本を効率化するためには、
在庫を減らす。
売掛金を早く回収する。
遊休資産を売却する。
設備の稼働率を高める。
不要な資産を持たない。
といった取り組みが考えられます。
つまりROICは経営トップや財務部門だけが考える指標ではありません。
営業、製造、調達、物流など日常の事業活動とも深く関係しています。
ROIC経営は短期利益を最大化する経営ではない
ROICを重視すると、
「利益率の低い投資はすべて削減するのか」
と思うかもしれません。
しかし、それでは長期的な企業価値を損なう可能性があります。
例えば研究開発です。
新しい技術への投資は、すぐに利益を生むとは限りません。
人材育成も同じです。
社員教育に資金を使えば、短期的には費用が増えます。
環境投資についても、設備を導入した直後は資本が増えるためROICを押し下げる場合があります。
しかし将来の競争力や事業継続に必要な投資であれば、短期的なROIC低下だけを理由に止めるべきではありません。
ROIC経営で重要なのは、
「投資を減らすこと」
ではなく、
「資本をどこに使えば将来より大きな価値を生み出せるのか」
を考えることです。
社会的価値とROICは対立するのか
パーパス経営では社会的価値が重視されます。
一方、ROIC経営では経済的な資本効率を重視します。
一見すると両者は対立するように見えます。
例えば環境負荷を減らす設備に100億円を投資したとします。
すぐに売上が増えるわけではありません。
短期的にはROICが低下する可能性があります。
しかし長期的に考えると違った見方ができます。
エネルギー使用量が減る。
将来の環境規制への対応費用を抑えられる。
環境意識の高い顧客から支持される。
新しい環境関連商品につながる。
企業ブランドが高まる。
こうした効果によって将来的な収益が増えれば、社会的価値への投資が経済的価値にもつながります。
社会的価値を経済価値につなげる
ここでCSVの考え方ともつながります。
CSVでは社会課題を解決することによって、社会価値と経済価値を同時に生み出そうとします。
ROIC経営を組み合わせれば、
「社会的に良い事業か」
だけではなく、
「社会的価値を持続的に生み出せる経済構造になっているか」
まで考えることができます。
例えば社会的意義の大きい事業でも、毎年大きな赤字が続けば、いずれ企業は事業を続けられなくなります。
社会的価値を長期間生み出すためにも、一定の収益性が必要です。
利益は社会的目的の敵ではありません。
社会的目的を継続するための条件でもあります。
オムロンに見るパーパスとROIC
パーパス経営とROICの関係を考えるうえで参考になるのがオムロンです。
オムロンは社会的ニーズの創造を重視し、社会課題を捉えて事業を通じた解決を目指す経営を進めています。
一方で、社会的意義だけを基準として事業を行うわけではありません。
ROICなどを活用し、資本効率も意識します。
これは非常に重要です。
社会課題を解決できても、事業として持続できなければ社会への価値提供も止まってしまいます。
反対にROICが高くても、自社の存在意義から大きく外れる事業ばかりになれば、パーパス経営とはいえません。
社会的価値と資本効率を同時に見る必要があります。
パーパスだけでもROICだけでも足りない
パーパスだけで事業を評価すると、
「社会に役立っているから続けよう」
となりやすいでしょう。
しかし採算性を無視すれば、企業全体の経営を悪化させる可能性があります。
反対にROICだけで事業を評価すると、
「資本効率が低いからやめよう」
となります。
その結果、将来の成長につながる研究開発や人材育成、社会課題を解決する新規事業まで削減する可能性があります。
どちらか一つでは不十分です。
パーパスによって、
「何のために事業をするのか」
を考え、
ROICによって、
「限られた資本をどのように使うのか」
を考える。
二つの視点を組み合わせることが重要です。
ROICを社員の自分ごとにできるか
ROIC経営では、ROICを財務部門だけの専門用語にしないことも重要です。
例えば営業部門であれば売掛金の回収を早める。
製造部門であれば設備の稼働率を高める。
調達部門であれば過剰在庫を減らす。
事業部門であれば利益率の高い商品構成を考える。
一人ひとりの日常業務が資本効率につながっています。
同じように、パーパスも経営トップだけの言葉にしてはいけません。
社員が、
「自分の仕事は社会にどのような価値を生み出しているのか」
と、
「その価値をどれだけ効率的、持続的に生み出しているのか」
の両方を考えられる状態が理想でしょう。
数字だけで経営しないことも重要
ROICは便利な指標ですが、万能ではありません。
将来の成長性。
技術力。
ブランド。
人材。
顧客との信頼関係。
社会への影響。
こうした価値のすべてをROICだけで表すことはできません。
また、事業ごとのROICを単純比較することにも注意が必要です。
成熟事業と新規事業では投資段階が違います。
新規事業では先行投資によって当初のROICが低くなることも当然あります。
重要なのは数字によって機械的に事業を切ることではありません。
数字を使って、
「なぜこの事業に資本を投入するのか」
を経営者と現場が考えることです。
結論
ROIC経営とは、事業に投入した資本からどれだけ効率的に利益を生み出しているかを意識しながら、経営資源を配分する考え方です。
売上や利益の大きさだけではなく、その利益を生み出すためにどれだけ資本を使っているのかを見るところに特徴があります。
一方、パーパス経営では企業が社会にどのような価値を提供するのかが問われます。
社会的価値と資本効率は、どちらか一方を選ぶものではありません。
社会的価値を長期間生み出すためには、企業として利益を確保し続ける必要があります。
同時に、短期的なROICだけを追い求めて将来への投資を削れば、長期的な企業価値を損なう可能性があります。
パーパスによって、
「何のために資本を使うのか」
を決め、
ROICによって、
「その資本がどれだけ有効に使われているのか」
を確認する。
社会的価値と経済的価値を両立するためには、この二つの視点を組み合わせることが重要です。
パーパス経営を理想論で終わらせず、持続可能な企業経営に変えていく。
そのための重要な物差しの一つがROICではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年8月10日朝刊
エコノミクス トレンド
企業のパーパスを再考する
若林直樹・京都大学教授