中小企業の事業承継というと、誰を次の社長にするのかという問題が注目されます。
しかし、後継者が決まっていても事業承継が進まないことがあります。
その原因の一つが経営者保証です。
会社に多額の借入金があり、現在の社長が個人保証している場合、後継者も新たに保証を求められる可能性があります。
後継者から見ると、会社の経営を引き継ぐだけではありません。
会社が返済できなくなった場合には、自分の財産にも影響が及ぶ可能性があります。
なぜ経営者保証が中小企業の世代交代を難しくするのでしょうか。
経営者保証と事業承継
経営者保証とは、会社が金融機関から借り入れをするときに、経営者個人が会社の債務を保証する仕組みです。
例えば会社に1億円の銀行借入金があり、現在の社長が個人保証しているとします。
社長が高齢になり、息子に会社を引き継ぐことになりました。
社長の交代によって、現在の経営者の保証をどうするのかという問題が発生します。
金融機関との協議によって旧経営者の保証を解除できる場合もあれば、新しい経営者について保証が検討される場合もあります。
つまり社長の交代は、人事上の問題だけではありません。
会社の借入金と保証関係をどうするのかという金融上の問題でもあります。
後継者が保証人になる問題
後継者にとって経営者保証は大きな心理的負担になり得ます。
例えば30代の後継者が会社を引き継ぐとします。
自宅を購入したばかりかもしれません。
小さな子どもがいるかもしれません。
これから長い人生があります。
その人が社長になると同時に、会社の多額の借入金について個人保証を求められたらどうでしょうか。
会社の経営が順調なら問題は表面化しません。
しかし会社が返済できなくなれば、保証契約の内容によっては個人にも返済を求められる可能性があります。
後継者は会社の将来性だけでなく、自分や家族の生活に及ぶリスクまで考える必要があります。
親族なら引き継いで当然とは限らない
創業者からすると、自分の子どもに会社を継いでもらいたいと考えることがあります。
しかし子どもにとっては別の問題です。
会社を引き継ぐことは、社長という肩書を受け取るだけではありません。
従業員の雇用に責任を持ちます。
取引先との関係を維持します。
経営判断の責任を負います。
さらに経営者保証まで求められれば、会社の財務リスクを個人として負う可能性もあります。
親子であっても、この負担を当然に引き受けてもらえるとは限りません。
経営者保証が後継者候補の決断を難しくする理由です。
従業員承継ではさらに大きな問題になる
経営者保証の問題は、親族以外への承継ではさらに分かりやすくなります。
例えば長年勤務してきた優秀な役員に会社を引き継いでもらうとします。
その役員は経営能力が高く、従業員からも信頼されています。
しかし会社には数億円の銀行借入金があります。
新社長になる条件として、その借入金の保証を求められるとすればどうでしょうか。
従業員として働いていた人が突然、会社の巨額債務について個人的なリスクを負うことになります。
経営者になりたいという意欲があっても、保証の問題で辞退する可能性があります。
優秀な後継者がいるのに事業承継できないということが起こり得るわけです。
会社の借金は悪いものとは限らない
ここで注意したいのは、借入金が多い会社だから経営状態が悪いとは限らないことです。
例えば製造業では工場や機械を購入するために大きな資金が必要です。
運送会社ならトラックを購入します。
ホテルなら建物や設備へ投資します。
成長企業なら、新店舗や新工場への投資のため積極的に借り入れることもあります。
つまり会社の借金は、将来の利益を生み出すための資金でもあります。
問題は借金そのものではなく、その返済責任をどこまで後継者個人に負わせるのかです。
旧経営者の保証を残せばよいのか
それなら、新社長には保証させず、前社長の保証だけを残せばよいようにも思えます。
しかし、それも簡単ではありません。
前社長はすでに経営から退いているにもかかわらず、会社の借入金について個人的なリスクを負い続けることになります。
また、前社長が保証人のままだと、新社長との間で経営責任と保証責任が分かれてしまいます。
誰が会社経営のリスクを負っているのかが複雑になる可能性があります。
事業承継では、株式や代表権だけでなく、借入金や保証関係も含めて整理する必要があります。
経営者保証を外すために重要なこと
事業承継時に経営者保証への依存を減らすためには、会社そのものの信用力を高めることが重要です。
例えば会社と経営者個人のお金を明確に分けます。
会社から経営者への貸し付けなどを整理します。
会社の財務基盤を強くします。
正確な決算書を作ります。
金融機関へ経営情報を適切に提供します。
事業計画や返済計画を説明します。
こうした取り組みによって、金融機関が経営者個人ではなく会社そのものの返済能力を評価しやすくなります。
事業承継は社長交代の直前になって考えるのではなく、何年も前から会社の財務や経営体制を整えておくことが重要です。
事業性融資との関係
ここで重要になるのが事業性融資です。
事業性融資では、不動産担保や経営者保証だけではなく、企業の事業内容や将来性を見て融資を判断します。
会社にはどのような技術があるのか。
顧客基盤は安定しているのか。
今後どのくらい売上が伸びるのか。
どのくらいキャッシュフローを生み出せるのか。
こうした会社自身の力を金融機関が評価します。
会社そのものに十分な返済能力があると判断できれば、経営者個人の信用によって補う必要性を小さくできる可能性があります。
企業価値担保権との関係
2026年5月に始まった企業価値担保権も、この問題と深く関係します。
企業価値担保権では、土地や建物など個別の資産だけではなく、事業全体の価値を踏まえて融資します。
技術があります。
ブランドがあります。
顧客基盤があります。
ノウハウがあります。
そして、それらを使って生み出す将来キャッシュフローがあります。
こうした会社自身の企業価値を金融機関が評価することで、不動産担保や経営者保証に過度に依存しない融資を行いやすくすることが期待されます。
これは事業承継にも重要な意味を持ちます。
後継者は経営能力で評価される方向へ
経営者保証への依存が小さくなれば、後継者選びの考え方も変わる可能性があります。
個人資産を多く持っている人だから後継者にする。
会社の借金を保証できる人だから後継者にする。
こうした考え方ではなく、
会社の事業を成長させられるか
従業員をまとめられるか
顧客との関係を維持できるか
新しい事業を生み出せるか
といった経営能力そのものがより重要になります。
会社の信用を社長個人の財産で補うのではなく、会社自身の事業価値によって金融機関から信用を得られるようにすることが、円滑な事業承継にもつながります。
結論
経営者保証が事業承継を難しくする理由は、後継者が会社の経営責任だけでなく、借入金について個人的なリスクまで負う可能性があるためです。
特に多額の借入金を抱える会社では、後継者候補が保証を恐れて承継をためらうことがあります。
親族への承継だけでなく、役員や従業員への承継ではさらに大きな障壁になる可能性があります。
そのため重要なのは、会社の信用力を経営者個人の財産だけに頼らない経営へ変えていくことです。
会社と個人の資産を明確に分け、財務基盤を強化し、経営情報を金融機関へ適切に提供することが求められます。
2026年5月に始まった企業価値担保権も、会社の将来キャッシュフローや技術、ブランド、顧客基盤など事業そのものの価値を評価する方向を後押しします。
経営者保証への依存が小さくなれば、事業承継は「会社の借金を個人で背負える人を探すこと」から、「会社の価値を次の世代へ引き継げる人を探すこと」へ近づいていくでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年9月2日朝刊 小さくても勝てる 企業価値担保に借り入れ 資産に頼らずブランド評価