「パワハラと言われたらどうしよう」。
近年、多くの管理職がこの不安を抱えています。企業ではパワーハラスメント防止への意識が高まり、厳しい指導を避ける管理職も少なくありません。
しかし、本当に問題なのは、パワハラを恐れるあまり、必要な指導まで行わなくなることです。適切な指導は、従業員の成長を促し、組織の生産性や職場秩序を維持するために欠かせません。重要なのは、「指導をしないこと」ではなく、「適切な方法で指導すること」です。
パワハラを恐れて指導しない職場で起こる問題
管理職が必要な注意や指導を避けるようになると、職場にはさまざまな悪影響が現れます。
まず、従業員が自分の課題や改善点に気付く機会を失います。業務上のミスや非効率な仕事の進め方が改善されず、品質や生産性の低下につながります。特に中小企業では一人ひとりの役割が大きいため、その影響はより深刻になります。
さらに、問題行動を放置すると、「注意されない職場」という空気が生まれ、職場全体の規律やモラルが低下します。真面目に働く従業員ほど不公平感を抱き、モチベーションの低下や離職につながる可能性があります。
指導しないことは会社の法的リスクにもなる
意外に思われるかもしれませんが、指導をしないこと自体が会社の法的リスクになる場合があります。
使用者には、従業員が安全かつ健康に働けるよう配慮する「安全配慮義務」があります。問題行動を繰り返す従業員を会社が放置し、その結果として他の従業員が不利益を受けた場合、安全配慮義務違反として責任を問われる可能性があります。
つまり、「パワハラが怖いから指導しない」という対応が、かえって企業の責任を重くしてしまうこともあるのです。
パワハラと適切な指導の違い
では、どこからがパワハラなのでしょうか。
厚生労働省の指針では、パワハラは次の三つの要素をすべて満たす場合に該当するとされています。
- 優越的な関係を背景として行われること
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること
- 労働者の就業環境が害されること
逆にいえば、業務上必要かつ相当な範囲で行われる指導であれば、従業員が不快に感じたとしても、それだけで直ちにパワハラになるわけではありません。
パワハラになりやすい指導とは
パワハラと判断されやすい典型例として、厚生労働省は六つの類型を示しています。
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
特に実務上問題になりやすいのが精神的な攻撃です。
例えば、
- 「お前はバカだ」
- 「給料泥棒」
- 人前で繰り返し大声で叱責する
- 長時間にわたり人格を否定する発言を続ける
といった行為は、人格を傷つけるものであり、パワハラと判断される可能性が高くなります。
納得感のある指導を行うポイント
適切な指導では、「人格」ではなく「行動」に焦点を当てることが重要です。
例えば、
- 指導の目的を明確にする
- 問題点と改善方法を具体的に伝える
- 指導方法やタイミングに配慮する
- 指導後のフォローを行う
- 日頃からコミュニケーションを取り、信頼関係を築く
- 従業員の個性に応じた指導方法を選ぶ
こうした取り組みによって、従業員は指導を成長の機会として受け止めやすくなります。近年問題となっている「リベンジ退職」の防止という観点からも、日頃のコミュニケーションや納得感のある指導は重要といえるでしょう。
管理職に求められる新しい役割
これからの管理職には、「厳しく叱る人」でも「何も言わない人」でもなく、「成長を支援する人」であることが求められます。
パワハラを避けようとして指導を放棄すれば、従業員も組織も成長できません。一方で、感情的な叱責や人格否定は決して許されません。
大切なのは、相手を尊重しながら、改善すべき行動を具体的に伝え、成長を支援する姿勢です。管理職には、そのバランス感覚がこれまで以上に求められているのです。
結論
パワハラ防止の目的は、「管理職が何も言えない職場」をつくることではありません。安心して働ける環境を整えながら、従業員の成長を支える職場を実現することにあります。
適切な指導は、企業の生産性向上だけでなく、職場の規律や安全配慮義務の履行にもつながります。管理職は「パワハラを恐れる」のではなく、「適切な指導の方法を学ぶ」ことが重要です。その積み重ねが、働きやすく成長できる職場づくりにつながるでしょう。
参考
- 『企業実務』2026年8月号「総務のリスクマネジメント 第20回 パワハラを恐れて必要な指導を避けるリスク」橋本充人弁護士