2026年10月1日の酒税改正を機に、大手ビールメーカーが主力ブランドへの投資を一斉に強化しています。
アサヒビールは「スーパードライ」を刷新し、キリンビールも「一番搾り」をリニューアルしました。サッポロビールも「黒ラベル」のマーケティング投資を増やします。
興味深いのは、各社が全く新しいブランドを相次いで立ち上げているのではなく、長年育ててきた主力ブランドを改めて強化していることです。
なぜ今、主力ブランドへの回帰なのでしょうか。
背景には酒税改正だけでなく、人口減少、市場縮小、広告環境の変化など、酒類メーカーを取り巻く構造変化があります。
酒税改正でビールに追い風
今回の酒税改正ではビールが減税される一方、発泡酒や第三のビールは増税となります。
これによってカテゴリー間の価格差が縮小します。
これまで価格を理由に第三のビールを選んでいた消費者の一部が、ビールへ戻る可能性があります。
メーカーからみれば、ビール市場でシェアを伸ばす大きな機会です。
そこで重要になるのが、需要回帰の受け皿となる商品です。
新商品を一から育てるより、すでに高い認知度を持つ主力ブランドを強化する方が、短期間で需要を取り込みやすいと考えられます。
スーパードライを大型刷新
アサヒビールはスーパードライを刷新し、飲み応えを高めました。
さらに販促についても大規模な投資を行います。
松山一雄社長は、スーパードライが初めて大型刷新した2022年に匹敵する規模の投資で販促を強化するとしています。
スーパードライは長年アサヒビールを代表してきた商品です。
そのブランドを酒税改正のタイミングで再び磨き直すことには大きな意味があります。
ビール回帰が起きたとき、消費者に真っ先に思い出してもらえるブランドになれるかどうかが重要だからです。
一番搾りもリニューアル
キリンビールも「一番搾り」をリニューアルしました。
さらに過去最大規模のマーケティングを展開します。
ここでも戦略の中心にあるのは既存の主力ブランドです。
一番搾りという名称を知らない消費者は多くないでしょう。
企業にとって、この認知度は大きな資産です。
新しいブランドを投入する場合、その名前を覚えてもらうところから始めなければなりません。
しかし既存の主力ブランドなら、その必要がありません。
商品そのものを改善し、「以前よりおいしくなった」というメッセージを伝えることに経営資源を集中できます。
黒ラベルも投資を増やす
サッポロビールも主力の「黒ラベル」を強化します。
2026年10月から12月のマーケティング投資を前年同期比20%増やします。
さらに10月末には、黒ラベルを体験できる拠点を自社グループの飲食施設に開設します。
ここで注目したいのが「体験」です。
単にテレビ広告を増やすだけではありません。
実際に商品を飲み、ブランドの世界観を感じてもらう場を作ります。
成熟した市場では、商品の機能だけで差別化することが難しくなります。
そこでブランドにまつわる体験そのものが重要になっているのです。
なぜ新ブランドではないのか
新しい市場環境になれば、新ブランドを投入するという方法もあります。
しかし新ブランドの育成には大きなリスクがあります。
商品の開発費が必要です。
広告宣伝費も必要です。
小売店の売り場を確保しなければなりません。
そして何より、消費者にブランドを覚えてもらうまで時間がかかります。
市場全体が大きく成長している時代であれば、複数の新ブランドに投資する余裕があります。
しかし国内のビール類市場は縮小しています。
大手メーカーのビール類出荷量は約30年間で4割減少しました。
市場が縮小する中では、投資先を絞る必要性が高まります。
そこで既存の強いブランドに経営資源を集中する戦略が合理的になります。
ブランドには長年の蓄積がある
スーパードライや一番搾り、黒ラベルは単なる商品名ではありません。
長年の広告、販売促進、商品改良によって消費者の中にイメージが形成されています。
どのような味なのか。
どのような場面で飲むのか。
どのような人が選ぶのか。
こうしたイメージが積み重なってブランドになります。
この蓄積を一から作るには長い時間が必要です。
酒税改正によってビール市場に追い風が吹くからこそ、各社はすでに持っているブランド資産を最大限活用しようとしていると考えられます。
成熟市場では選択と集中が重要になる
ビール市場は、かつてのような大幅な数量成長を期待しにくくなっています。
人口減少と高齢化が進みます。
若い世代の飲酒習慣も変化しています。
健康志向も強まっています。
このような成熟市場では、すべての商品に同じように投資することは難しくなります。
どの商品に広告費を投入するのか。
どのブランドを残すのか。
どの商品を刷新するのか。
経営資源の配分が重要になります。
主力ブランドへの集中は、成熟市場における典型的な選択と集中の戦略ともいえます。
主力ブランドにも刷新が必要
ただし、長年売れているブランドだから何もしなくてもよいわけではありません。
むしろ長寿ブランドほど難しい問題があります。
変えすぎれば既存のファンが離れる可能性があります。
一方、全く変えなければ新しい消費者に選ばれなくなる可能性があります。
そこで企業には、ブランドの核を守りながら商品を進化させることが求められます。
スーパードライの飲み応えを高めることや、一番搾りをリニューアルする動きは、その代表例と考えることができます。
長寿ブランドの経営では「変えないもの」と「変えるもの」の見極めが重要なのです。
税率差からブランド差へ
これまでビール類市場では、税率差が大きな競争要因でした。
ビール。
発泡酒。
第三のビール。
どのカテゴリーの商品を作るかによって酒税負担が変わり、それが価格にも反映されました。
しかし税率差が縮小すれば、この競争軸は弱まります。
そこで重要になるのがブランド差です。
同じような税負担の商品が並んだとき、なぜスーパードライを選ぶのか。
なぜ一番搾りを選ぶのか。
なぜ黒ラベルを選ぶのか。
メーカーは、その理由を消費者に提示しなければなりません。
PBビールとの競争もある
さらに大手メーカーには別の競争相手も登場しています。
小売業のPBビールです。
イオンは「トップバリュ プレミアム生ビール」を350ミリリットル缶162円で販売します。
イトーヨーカ堂やカインズもPBビールを投入しています。
低価格を最優先する消費者にとって、こうした商品は有力な選択肢になります。
大手メーカーがPBと価格だけで競争すれば、収益性が低下する可能性があります。
だからこそ主力ブランドの価値を高め、価格以外の理由で選んでもらう必要があります。
ブランド投資の重要性はむしろ高まっているのです。
商品から体験への競争
今後のブランド戦略では、商品の味だけでなく消費体験も重要になります。
サッポロビールが黒ラベルの体験拠点を開く動きは、その象徴です。
飲食店で飲む。
イベントに参加する。
工場を見学する。
ブランドの歴史を知る。
こうした経験によって、商品への愛着が生まれることがあります。
同じような品質の商品が増えるほど、企業は商品そのものだけでは差別化しにくくなります。
そのためブランドを取り巻く体験まで含めた競争へと広がっていく可能性があります。
結論
2026年の酒税改正を機に、大手ビールメーカーは主力ブランドへの投資を強化しています。
アサヒビールはスーパードライを刷新し、キリンビールは一番搾りをリニューアルしました。
サッポロビールも黒ラベルへのマーケティング投資を増やします。
背景にあるのは単なるビール減税ではありません。
国内市場が縮小する中、新しいブランドを次々に育てるより、すでに消費者との関係を築いている主力ブランドに経営資源を集中する重要性が高まっています。
そして税率差が縮小すれば、企業は税制上の有利不利ではなく、ブランドそのものの魅力で競争しなければなりません。
これまでの約30年間が「どの税区分の商品を作るか」を競う時代だったとすれば、これからは「どのブランドを選んでもらうか」を競う時代です。
スーパードライ、一番搾り、黒ラベルなど長年育てられてきたブランドが、酒税一本化後の市場でどのように進化していくのか。
主力ブランドへの回帰は、日本のビール市場が価格競争から価値競争へ移ることを象徴する動きといえそうです。
参考
日本経済新聞 2026年10月1日朝刊 酒類大手は税改正を機に価格頼み脱却を
日本経済新聞 2026年10月1日朝刊 減税でビール競争激しく