定年後も働き続ける人が増える一方で、多くの企業では60歳を境に賃金が大きく下がる仕組みが残っています。仕事内容がほとんど変わらないにもかかわらず、給与だけが大幅に減額されるケースも少なくありません。
こうした賃金制度は、働く意欲の低下や人材流出につながるだけでなく、人手不足が深刻化する時代には企業にとっても大きな課題となっています。
近年は「同一労働同一賃金」の考え方が浸透し、年齢ではなく仕事内容や責任に応じて処遇を決める制度への転換が進み始めています。
今回は、職務給への転換、男女間格差、再雇用制度の見直しについて解説します。
定年後に賃金が下がる理由
日本企業では長年、年功序列型賃金が採用されてきました。
この制度では、年齢や勤続年数に応じて賃金が上昇していくため、60歳前後では賃金水準が最も高くなることが一般的でした。
一方、定年後は再雇用制度へ移行し、
・基本給の引き下げ
・賞与の縮小
・役職手当の廃止
などにより、年収が大きく減少するケースがあります。
これは、現役時代の賃金体系を前提とした制度設計が背景にあります。
同一労働同一賃金とは
同一労働同一賃金とは、雇用形態や年齢ではなく、仕事内容や責任、成果に応じて公平な処遇を行うという考え方です。
短時間労働者や有期雇用労働者と正社員との間に不合理な待遇差を設けないことを目的として制度化されました。
この考え方は、再雇用社員にも大きく関係します。
仕事内容や責任がほぼ同じであるにもかかわらず、年齢だけを理由として大幅な賃金差がある場合には、その合理性が問われるケースもあります。
企業には、賃金差の理由を客観的に説明できる制度設計が求められています。
職務給への転換
こうした課題を背景に、近年注目されているのが「職務給」です。
職務給とは、
・担当する仕事
・責任の重さ
・必要な専門性
などに基づいて賃金を決定する仕組みです。
年齢や勤続年数ではなく、担当する職務そのものを基準とするため、再雇用後も仕事内容が変わらなければ、大幅な賃金低下を避けやすくなります。
また、シニア社員だけでなく若手社員にとっても、公平性が高い制度として注目されています。
男女間格差という課題
女性シニアの場合は、さらに別の課題があります。
現役時代に、
・一般職として採用された
・昇進機会が少なかった
・管理職経験を積めなかった
という人も少なくありません。
その結果、定年前の賃金水準自体が男性より低く、その後の再雇用ではさらに賃金が下がる場合があります。
現役時代の男女格差が、定年後にも引き継がれてしまう構造があるのです。
企業が公平な処遇を実現するためには、再雇用制度だけでなく、現役時代からの人材育成や評価制度も含めて見直す必要があります。
再雇用制度の見直し
再雇用制度は、単に雇用を延長するだけでは十分ではありません。
重要なのは、経験や能力を生かせる役割を設計することです。
例えば、
・後進の育成
・専門知識の継承
・業務改善
・品質管理
・社内教育
など、シニア社員ならではの役割を明確にすることで、仕事内容に見合った処遇を実現しやすくなります。
仕事内容が変われば賃金が変わることには合理性がありますが、仕事が変わらない場合には、それに見合う処遇を検討することが重要です。
人的資本経営との関係
人的資本経営では、人材への投資を企業価値の向上につなげることが重視されています。
経験豊富なシニア社員が、賃金への不満から早期退職してしまえば、企業は貴重な知識や技術を失うことになります。
一方で、能力や成果に応じた公平な処遇を行う企業では、
・人材の定着
・技術や知識の継承
・従業員エンゲージメントの向上
・採用力の強化
など、多くの効果が期待できます。
賃金制度の見直しは、人件費の問題だけではなく、企業の競争力を左右する経営課題でもあります。
今後の方向性
今後は、年齢だけを基準にした処遇から、職務や能力を基準とした制度への転換が進むと考えられます。
また、再雇用後もリスキリングやキャリア形成を支援することで、新たな役割に挑戦できる環境を整えることも重要です。
誰もが年齢に関係なく能力を発揮できる職場づくりが、人手不足時代の企業には求められています。
結論
定年後の賃金制度は、年功序列を前提とした仕組みから、職務や能力を重視する制度へと転換期を迎えています。同一労働同一賃金の考え方が広がる中で、仕事内容や責任が同じであれば、年齢だけを理由に大きな待遇差を設けることの妥当性は、これまで以上に問われるようになっています。
また、女性シニアについては、現役時代の男女間格差が定年後にも影響する場合があるため、再雇用制度だけでなく、採用や配置、昇進なども含めた人事制度全体の見直しが重要です。
経験豊富なシニア人材を適切に評価し、公平な処遇を実現することは、人的資本経営を推進し、企業価値を高める重要な取り組みとなるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月6日 朝刊 私見卓見「女性の定年にも目を向けて」
厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」
経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書」