非上場株の相続税評価について、国税庁が新しい評価ルール案を示しています。
報道されている方向では、2027年度の税制改正大綱への反映を経て、2028年1月以降の相続からの適用が目指されています。
そこで、高収益会社や純資産の大きな会社の経営者にとって気になるのが、
新しい評価方法で自社株が高くなるなら、改正前に子どもへ贈与したほうが得なのではないか
という問題です。
確かに、改正前後で自社株評価額が大きく変わる会社では、株式を移転する時期によって贈与税や相続税の負担が変わる可能性があります。
しかし、現段階で改正前の贈与が必ず有利と判断するのは危険です。
新ルールはまだ検討段階であり、最終的な計算式や係数、適用時期などが確定していないからです。
今回は、相続と生前贈与の違いから、改正前後の評価額、駆け込み贈与の注意点、制度確定前に判断するリスクまで整理します。
相続と生前贈与では株式を移す時期が違う
まず、相続と生前贈与の基本的な違いを確認します。
相続では、経営者が亡くなったことによって株式が相続人へ移ります。
いつ相続が発生するかを自分で決めることはできません。
一方、生前贈与では、経営者が生きている間に自社株を後継者へ移すことができます。
そのため、
いつ株式を移転するのか
というタイミングをある程度選択できます。
非上場株の評価制度が大きく変わる場合、この違いが重要になります。
株価が上がる前に贈与するという考え方
事業承継では以前から、
自社株評価額が低いうちに後継者へ株式を移す
という考え方があります。
たとえば現在の自社株評価額が5億円で、将来10億円になると予想されているとします。
5億円の時点で株式を移転する場合と、10億円になってから移転する場合では、税負担の基礎となる評価額が大きく違います。
会社が成長する場合だけではありません。
税制改正によって評価方法が変わり、同じ会社でも評価額が高くなるのであれば、
旧制度のうちに移転する
という考え方が出てくるのは自然です。
新ルールで高収益会社は評価額が上がる可能性がある
今回の新ルール案では、会社の簿価純資産と今後5年間で見込まれる収益力を基礎として評価する方向が示されています。
日本経済新聞の試算では、従業員約90人、売上高50億円超、利益3億円超の製造販売会社について、評価額が現行方式より26パーセント増加しました。
また、純資産の大きな工事会社では、評価額が9600万円から3億円まで上昇するケースも示されています。
こうした会社では、
新ルールになる前に株式を贈与したほうが有利ではないか
という検討が始まる可能性があります。
零細企業では逆の可能性もある
しかし、すべての会社で改正前の贈与が有利になるわけではありません。
日本経済新聞の試算では、小規模で収益力の低い会社について評価額が下がる例も示されています。
従業員7人、売上高1億円の塗装業では評価額が約1割低下しました。
売上高4000万円、従業員1人の事務代行業では、評価額が1800万円から780万円まで下がっています。
このような会社であれば、むしろ新制度になってから株式を移転したほうが評価額が低くなる可能性があります。
したがって、
改正前だから得
改正後だから損
と一律には判断できません。
最初に必要なのは新旧ルールによる試算
重要なのは、自社の場合に評価額がどう変わるのかを確認することです。
たとえば現行制度で自社株評価額が3億円だったとします。
新ルールによる試算が、
5億円
になるのであれば、改正前の株式移転を検討する意味があります。
反対に、
2億円
になるのであれば、急いで移転することが不利になる可能性があります。
つまり、事業承継のタイミングを考える前に、
現行ルールの評価額
新ルールによる想定評価額
の二つを比較する必要があります。
贈与税は相続税より税率構造が厳しい
自社株評価額が上がるからといって、単純に全部贈与すればよいわけではありません。
通常の暦年課税による贈与税は、相続税とは異なる税率構造を持っています。
多額の財産を一度に贈与すれば、高い税率が適用される可能性があります。
たとえば数億円の自社株を一括して後継者へ贈与すれば、多額の贈与税が発生する可能性があります。
そのため、
将来の評価額が上がる
という理由だけで一括贈与すると、かえって現在の贈与税負担が大きくなる場合があります。
評価額だけでなく、税率や控除、利用する制度を含めて比較する必要があります。
相続時精算課税を利用する方法もある
生前贈与では、相続時精算課税を利用する方法もあります。
相続時精算課税では、一定の要件を満たす贈与について、贈与時の負担を抑えながら財産を先に移転し、将来の相続時に精算する仕組みがあります。
自社株のように将来値上がりする可能性がある財産では、贈与時点の価額が重要になる場合があります。
そのため、非上場株評価制度の改正前に相続時精算課税を使うことを検討するケースも考えられます。
ただし、制度選択にはその後の相続税計算まで含めた検討が必要です。
単純に贈与時の税額だけを比較して判断することはできません。
事業承継税制を利用する選択肢もある
自社株の承継では、事業承継税制も重要です。
一定の要件を満たして後継者へ非上場株を贈与した場合、贈与税について納税猶予を受けられる仕組みがあります。
その後、一定の要件のもとで免除につながる場合もあります。
そのため、高収益会社で自社株評価額が大きい場合には、
通常の贈与
相続時精算課税
事業承継税制
将来の相続
などを比較する必要があります。
新ルールで株価が上がるからといって、通常の贈与だけが選択肢ではありません。
駆け込み贈与とは何か
税制改正が予定されると、改正前に取引を行う動きが生じることがあります。
これが一般に駆け込みと呼ばれるものです。
非上場株評価でも、新制度によって株価が上がる会社が多ければ、
2027年中に後継者へ贈与する
という動きが広がる可能性があります。
しかし、駆け込み贈与には注意が必要です。
税負担だけを見て急いで株式を移すと、会社経営や家族関係で別の問題が生じることがあります。
株式を贈与すると経営権も動く
自社株は単なる金融資産ではありません。
株式には議決権があります。
多くの株式を後継者へ贈与すれば、会社の支配権も後継者へ移る可能性があります。
たとえば創業者がまだ経営の第一線にいるにもかかわらず、税制改正を理由に株式の大部分を後継者へ移したとします。
後継者との関係が良好な間は問題ないかもしれません。
しかし、その後経営方針を巡って対立すれば、創業者が会社をコントロールできなくなる可能性があります。
税務上有利だからという理由だけで、経営権まで急いで移すことには慎重な判断が必要です。
後継者が本当に決まっているかも重要
事業承継では、後継者選びが最も重要な問題の一つです。
長男に継がせる予定だったが、数年後に本人が継がないと言い出すこともあります。
別の子どものほうが経営者に向いていると分かる場合もあります。
親族ではなく従業員や第三者へ会社を譲る方向に変わることもあります。
一度贈与した株式を簡単に元へ戻すことはできません。
そのため、
2028年に制度が変わるから
という理由だけで後継者が固まっていない段階で株式を贈与するのはリスクがあります。
遺留分や他の相続人との関係もある
自社株を特定の後継者へ集中して贈与すると、他の相続人との公平の問題も生じます。
たとえば子どもが二人いて、一人だけが会社を継ぐとします。
経営者が後継者へ数億円の自社株を贈与すれば、もう一人の子どもから見ると大きな財産が一方へ移ったことになります。
将来の相続時には、遺留分などを巡って問題になる可能性があります。
事業承継では、
誰に会社を継がせるか
と
他の相続人にどの財産を渡すか
を一体として考える必要があります。
株価改正だけを見て贈与時期を決めると、この全体設計が崩れることがあります。
制度確定前に判断する最大のリスク
現段階で最も注意したいのは、新しい評価制度がまだ確定していないことです。
報道されているのは新ルール案です。
今後、
純資産を具体的にどう計算するのか
5年間の収益力をどう算定するのか
どの係数を使うのか
赤字会社をどう扱うのか
特殊な会社に別のルールを設けるのか
いつから適用するのか
などが変わる可能性があります。
特に係数は評価額を大きく左右します。
日本経済新聞の試算では0.7を仮定していますが、正式に0.7と決まったわけではありません。
2028年適用予定だけで駆け込むのは危険
報道では2028年1月以降の相続からの適用が目指されています。
しかし、税制改正では最終的な制度内容や施行時期が変更されることがあります。
また、相続と贈与について同じ適用関係になるのか、経過措置が設けられるのかなど、詳細を確認する必要があります。
したがって、
2027年12月までに贈与すれば必ず旧制度
という前提で現段階から不可逆的な取引を進めることには注意が必要です。
最終的な法令や通達、適用時期を確認して判断する必要があります。
今できることは贈与ではなく準備
制度が確定していない段階でも、何もする必要がないわけではありません。
むしろ今の段階で行うべきなのは準備です。
まず、現行制度による自社株評価額を確認します。
次に、新ルール案を使った概算評価を行います。
さらに、
過去5年間の利益
簿価純資産
利益剰余金
不動産
現預金
借入金
株主構成
後継者
納税資金
などを整理します。
これらを把握しておけば、制度が確定した段階で迅速に判断できます。
事業承継は税制改正だけで決めない
最終的に重要なのは、事業承継の目的です。
事業承継の目的は、相続税や贈与税を最小にすることだけではありません。
会社を次の世代へ安定して引き継ぐことです。
税金を大幅に減らせても、後継者選びを誤れば会社経営が不安定になります。
逆に、多少の税負担が増えても、適切な時期に経営権を移転することで会社が成長するなら、そのほうが長期的には合理的な場合があります。
税制は事業承継計画を構成する重要な要素ですが、事業承継そのものの目的ではありません。
結論
新しい非上場株評価制度によって自社株評価額が上昇する会社では、改正前の生前贈与が有利になる可能性があります。
特に高収益会社や純資産の大きな会社では、新ルールによって評価額が上がる可能性があるため、株式移転の時期が重要になります。
一方、小規模で収益力の低い会社では、新制度によって評価額が下がる可能性もあります。
その場合、改正前に急いで贈与すると、かえって高い評価額で株式を移転することになりかねません。
さらに、生前贈与には贈与税だけでなく、
経営権の移転
後継者の確定
他の相続人との調整
遺留分
納税資金
事業承継税制
など多くの問題が関係します。
そして何より、現時点では新ルールの計算式や係数、適用関係などが最終確定していません。
したがって、2028年の制度変更を見込んで直ちに駆け込み贈与を行うのではなく、まず自社株の現行評価額と新ルール案による評価額を試算し、制度確定後に迅速に判断できる準備をしておくことが重要です。
改正前に贈与すれば得なのかという問いに、すべての会社に共通する答えはありません。
重要なのは改正前か改正後かではなく、自社の財務内容、後継者、株主構成、納税資金まで含めて、どの時期に株式を移すことが最も円滑な事業承継につながるのかを判断することです。
参考
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の評価、新ルール案 中小・零細で相続税減
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の相続税、大規模・高収益なら負担増 国税庁案
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の算定方法 企業規模に応じ3方式