非上場株の新しい相続税評価ルール案では、会社の直前期末の純資産に加えて、今後5年間で見込まれる収益力を考慮して株価を算定する方向が示されています。
ここで経営者にとって重要になるのが、毎年の利益と自社株評価の関係です。
非上場株の評価では、評価時点の決算数値が株価に影響するため、相続や贈与を見据えて利益や純資産の動きを意識することがあります。
しかし、新ルール案では過去5年間の平均利益などを利用して将来の収益力を算定する方向です。
そうなれば、株式を移転する直前の1年間だけ利益を減らして株価を下げる方法は、従来以上に効果が限定される可能性があります。
今回は、単年度利益を下げる対策、5年間平均を使う理由、一時的な赤字の影響、そして新ルールが株価圧縮をどのように難しくするのかを整理します。
単年度利益を下げる対策とは何か
会社の利益は毎年一定ではありません。
設備投資をする。
役員退職金を支給する。
広告宣伝を増やす。
修繕を行う。
賞与を増やす。
さまざまな経営判断によって利益は変動します。
そして、非上場株の評価に利益が使われるのであれば、評価直前の利益が小さくなることで自社株評価額が下がる場合があります。
このため、事業承継を予定している会社では、株式を贈与する時期と会社の利益水準が重要になることがあります。
ただし、通常必要な経費を支出することと、税負担を減らすためだけに不自然な取引を行うことは別の問題です。
利益を減らせば会社価値も下がるという考え方
利益が非上場株評価に反映されること自体には合理的な理由があります。
毎年1億円を安定して稼ぐ会社と、毎年1000万円しか稼げない会社では、一般的には前者のほうが高い企業価値を持つと考えられるからです。
問題は、どの期間の利益を使うかです。
もし直前1年間の利益だけを利用すると、たまたまその年に大きな費用が発生しただけで会社価値が大きく変わる可能性があります。
反対に、偶然大きな利益が出た年であれば、本来の収益力以上に高く評価される可能性があります。
そこで複数年の利益を見るという考え方が出てきます。
なぜ5年間を見るのか
新ルール案では、今後5年間で見込まれる収益力について、過去5年間の平均利益などから算定する方向が示されています。
5年間を見る大きな意味は、一時的な利益変動の影響を小さくすることです。
たとえば、ある会社の利益が過去5年間、
3000万円
3200万円
2800万円
3100万円
2900万円
だったとします。
この会社は、おおむね年間3000万円程度の利益を安定して出している会社だと判断できます。
1年間だけを見るより、複数年間を見るほうが会社本来の収益力を把握しやすくなります。
1年だけ利益を下げても平均利益への影響は限定される
たとえば、通常は毎年5000万円の利益を出している会社があるとします。
過去4年間の利益がすべて5000万円で、5年目だけ1000万円になったとします。
5年間の利益は合計2億1000万円です。
平均すると4200万円です。
直前期だけを見れば利益は1000万円ですが、5年間平均では4200万円あります。
つまり、1年間だけ利益を大きく下げても、会社の収益力そのものが1000万円として評価されるわけではありません。
これが5年間平均を利用する重要な効果です。
株式移転の直前だけ利益を減らす方法が効きにくくなる
仮に直前期の利益だけで収益力を判断する制度であれば、
来年自社株を贈与する
今年だけ利益を小さくする
低い利益を基礎に株価を計算する
という行動が生じる可能性があります。
しかし、5年間平均であれば、その効果は薄まります。
過去4年間に高い利益を出していれば、それらも評価に残るからです。
評価時期の直前だけ決算数値を動かしても、会社の長期的な収益力を大きく変えることは難しくなります。
一時的な赤字も5年間の中で平均化される
赤字についても同じことがいえます。
たとえば過去5年間の利益が、
4000万円
4000万円
4000万円
4000万円
マイナス4000万円
だったとします。
最後の年だけを見ると大幅な赤字です。
しかし5年間の合計利益は1億2000万円です。
平均すると年間2400万円の黒字になります。
一時的な赤字があっても、過去の利益まで消えるわけではありません。
そのため、1年間だけ大きな損失を計上して株価を大幅に下げることは難しくなる可能性があります。
本当に収益力が低下している会社は別
一方、5年間継続して利益が減っている会社では話が違います。
たとえば利益が、
5000万円
4000万円
3000万円
1000万円
マイナス1000万円
と推移している会社です。
この場合、単年度だけ偶然赤字になったのではなく、会社の収益力そのものが低下している可能性があります。
5年間平均を使えば、こうした長期的な業績悪化も徐々に評価へ反映されます。
つまり、5年間平均は単に株価を高くする仕組みではありません。
会社の本当の収益力を安定的に評価するための仕組みと考えることができます。
赤字会社ではマイナス利益も反映される
今回の新ルール案では、利益がマイナスの場合も含めて収益力を考慮する方向が示されています。
これは重要なポイントです。
会社が実際に長期間赤字を続けているのであれば、その会社の将来収益力は低いと考えるのが自然です。
たとえば過去5年間の利益が、
500万円
100万円
マイナス200万円
マイナス500万円
マイナス900万円
であれば、合計はマイナス1000万円です。
平均すると年間マイナス200万円になります。
このような会社では、赤字が収益力の評価を引き下げる方向に働く可能性があります。
一時的な赤字と構造的な赤字を区別しやすくなる
5年間を見るメリットは、一時的な赤字と構造的な赤字を区別しやすくなることです。
たとえば工場の大規模修繕によって1年間だけ赤字になった会社と、競争力を失って5年間赤字が続いている会社では、企業価値は同じではありません。
1年間だけを見ると、どちらも赤字会社です。
しかし5年間の実績を見れば違いが分かります。
複数年の利益を見ることによって、会社の経済実態に近い評価を目指すことができます。
役員退職金を支給した年はどうなるのか
事業承継では、先代経営者の退任に伴って多額の役員退職金を支給することがあります。
役員退職金は適正なものであれば会社の損金となり、その年度の利益を大きく減らす場合があります。
場合によっては赤字になることもあります。
現行制度では、この利益減少が自社株評価に影響することがあります。
しかし、新ルールで5年間平均を見るのであれば、退職金を支給した1年間だけ利益が大幅に減っても、その影響は複数年に平均化されます。
したがって、役員退職金による株価への影響も、収益力の部分では従来とは異なる可能性があります。
退職金には純資産を減らす効果もある
もっとも、役員退職金には利益だけでなく純資産への影響もあります。
会社から実際に現金が流出すれば、会社の資産が減ります。
その結果、純資産も減少します。
新ルールでは純資産と収益力の両方を見る方向です。
そのため、
利益が減る影響
純資産が減る影響
を分けて考える必要があります。
新制度の具体的な計算式が確定しなければ、最終的に株価へどの程度影響するかは判断できません。
設備投資をすれば株価が下がるとは限らない
設備投資についても注意が必要です。
会社が1億円の機械を現金で購入したとします。
現金1億円が減る一方、機械という資産が1億円増えます。
単純に資産が消えるわけではありません。
その後、減価償却によって費用化されていきます。
したがって、
設備投資をすれば利益が減る
だから自社株も必ず下がる
という単純な関係ではありません。
投資した資産が貸借対照表に残ることも考える必要があります。
必要な経費を前倒しすればよいという話でもない
株価を意識して経費を増やす場合にも注意が必要です。
会社にとって本当に必要な広告宣伝、修繕、人材投資などを行うのであれば、それは通常の経営判断です。
しかし、自社株評価を下げることだけを目的に不必要な支出を行えば、会社の現金そのものを失います。
1000万円の税負担を減らすために3000万円の無駄な支出をするのであれば、経済的には合理的ではありません。
税金を減らすことと財産を増やすことは同じではありません。
5年間平均は評価時期の操作を難しくする
5年間平均には、もう一つ重要な意味があります。
評価時期による株価の大きな変動を抑えることです。
1年間の利益だけを見る制度では、
今年贈与する
来年贈与する
という違いだけで評価額が大きく変わる可能性があります。
複数年平均を使えば、年度が一つ変わっても5年間のうち入れ替わるのは基本的に1年分です。
そのため、評価額が急激に変化しにくくなります。
事業承継の時期によって偶然大きな税負担差が生じることを抑える効果も期待できます。
株価圧縮とは何か
株価圧縮とは、相続や贈与の前に自社株評価額を引き下げることを一般に指します。
会社の利益や純資産、株主構成、組織再編など、非上場株の評価に影響するさまざまな要素を利用する方法があります。
もちろん、制度上認められた取引を行うこと自体が直ちに問題になるわけではありません。
しかし、経済合理性の乏しい取引を組み合わせ、実際の会社価値と大きく離れた低い評価額を作り出せるのであれば、課税の公平性が問題になります。
今回の評価制度見直しには、こうした評価額の過度な圧縮を難しくする狙いもあると考えられます。
新ルールでは短期的な対策より長期的な業績が重要になる
新ルール案が実現すれば、自社株評価で重要になる時間軸が変わる可能性があります。
評価直前の1年間だけを見るのではなく、過去5年間の利益を見るからです。
経営者にとっては、
今年の決算をどうするか
だけではなく、
過去5年間どのような利益を出してきたか
が重要になります。
短期間の決算対策より、会社の長期的な収益構造そのものが株価に反映されやすくなるわけです。
それでも決算書は非常に重要になる
5年間平均になるからといって、決算対策や決算管理が意味を失うわけではありません。
むしろ重要性は高まる可能性があります。
新ルール案では、
簿価純資産
過去の利益
が評価の重要な材料になります。
どちらも会社の決算書に表れます。
つまり、毎年の決算が積み重なって将来の自社株評価につながることになります。
事業承継を考える経営者は、相続直前になって初めて自社株を見るのではなく、毎年継続して自社株評価を確認することが重要になります。
税金のために利益を減らす発想から変わる必要がある
会社経営では利益を出すことが基本です。
利益が増えれば会社の純資産も増え、企業価値も高まります。
その結果として自社株評価額が高くなることは、ある意味では自然なことです。
相続税が高くなるから利益を出さないという考え方では、会社の成長を阻害してしまいます。
今後は、
会社価値は適正に評価する
事業承継による税負担は事業承継税制などで対応する
という考え方がより重要になります。
結論
新しい非上場株評価ルール案では、今後5年間で見込まれる収益力について、過去5年間の平均利益などから算定する方向が示されています。
この仕組みが導入されれば、株式を相続や贈与する直前の1年間だけ利益を減らして自社株評価額を下げる方法は、従来以上に効果が限定される可能性があります。
1年間だけ赤字になっても、過去4年間に高い利益を出していれば5年間平均では相当な収益力が残るからです。
一方、5年間にわたって利益が減少している会社や赤字が続いている会社では、その実態が収益力の低下として評価へ反映されやすくなります。
つまり、新ルールが目指しているのは、一時的な決算数値ではなく会社が継続的にどれだけ利益を生み出せるのかを見ることです。
事業承継を考える経営者にとっても、自社株対策の時間軸が変わります。
相続や贈与の直前に決算対策を考えるのではなく、毎年の利益と純資産が数年後の自社株評価につながることを意識する必要があります。
短期的な株価圧縮より、長期的な事業承継計画が重要になる制度改革といえます。
参考
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の評価、新ルール案 中小・零細で相続税減
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の相続税、大規模・高収益なら負担増 国税庁案
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の算定方法 企業規模に応じ3方式