非上場株の相続税評価が約60年ぶりに大きく変わろうとしています。
国税庁が示した新ルール案では、これまでの類似業種比準方式などを見直し、会社の直前期末の純資産と今後5年間で見込まれる収益力を基礎として評価する方向が示されています。
この変更が実現すれば、事業承継の考え方も大きく変わります。
これまでは、
自社が大会社か小会社か
類似業種比準方式をどの程度使えるか
純資産価額方式との比較でどちらが有利か
といった評価方式の選択が重要でした。
しかし、新ルールでは会社規模より、会社自身の純資産と収益力がより直接的に株価へ反映される可能性があります。
今回は、経営者が今から何を確認しておくべきか、自社株の現在の評価額、新旧ルールによる試算、後継者と株式移転、2028年を見据えた事業承継計画まで整理します。
まず現在の自社株評価額を確認する
最初に必要なのは、現行制度で自社株がいくらなのかを把握することです。
意外に多いのが、
会社の売上高は知っている
利益も知っている
純資産も分かる
しかし自社株評価額は知らない
というケースです。
非上場株は市場で売買されないため、経営者が日常的に株価を見る機会がありません。
しかし、相続や贈与では株価が税負担を大きく左右します。
現行制度では、会社規模や株主区分などに応じて、類似業種比準方式、純資産価額方式、配当還元方式などを使います。
まず現在の制度で自社株がどの程度の評価額になるのかを確認することが出発点です。
自社株評価額は毎年変わる
非上場株の評価額は、一度計算すればずっと同じというものではありません。
会社の利益が増えれば株価に影響します。
純資産が増えても影響します。
不動産や有価証券の評価額が変わることもあります。
会社規模区分が変われば評価方式も変わる可能性があります。
つまり、自社株評価額は毎年変動します。
事業承継を考えるのであれば、相続直前に初めて評価するのではなく、定期的に株価を確認することが重要です。
新旧ルールによる試算が必要になる
新ルールが具体化した段階で重要になるのが、現行方式と新方式の比較です。
たとえば現行制度では自社株評価額が5億円だったとします。
新ルールで7億円になるなら、2億円の増加です。
一方、新ルールで4億円になるなら、1億円の減少です。
会社によって結果は大きく異なる可能性があります。
高収益で純資産の大きな会社では評価額が上がる可能性があります。
反対に、小規模で収益力の低い会社では評価額が下がる可能性があります。
重要なのは、一般論ではなく自社の場合を試算することです。
新ルールでは決算書がさらに重要になる
新ルール案では、会社の直前期末の純資産と過去の利益が重要になります。
つまり、貸借対照表と損益計算書がこれまで以上に自社株評価へ直結する可能性があります。
確認しておきたいのは、
純資産はいくらあるか
利益剰余金はいくらあるか
現預金はいくらあるか
不動産はいくらあるか
借入金はいくらあるか
過去5年間の利益はいくらか
という点です。
これらは、すべて会社の決算書から把握できます。
事業承継と決算がより強く結びつくことになります。
高収益会社では株価上昇を前提に考える必要がある
毎年大きな利益を出している会社では、新ルールによって株価が高くなる可能性があります。
高収益会社では、利益そのものが収益力として評価されます。
さらに、その利益を会社内部に留保していれば、利益剰余金が増え、純資産も大きくなります。
つまり、
利益が大きい
純資産も大きい
という二重の要因が株価を押し上げる可能性があります。
こうした会社では、事業承継を先送りするほど自社株評価額が高くなることも考えられます。
零細企業では株価が下がる可能性もある
一方、小規模で収益力の低い会社では、新制度によって評価額が下がる可能性があります。
現在は小会社として純資産価額方式の影響を強く受けている会社でも、新ルールでは低い収益力が評価に反映されます。
赤字年度が多い会社では、さらに評価額が下がる可能性があります。
したがって、
制度改正前に急いで贈与したほうがよい
とは一概にいえません。
改正後のほうが有利になる会社もあり得ます。
2028年だけを見て駆け込まない
報道では、2028年1月以降の相続から新ルールを適用することが目指されています。
そのため、制度変更前に自社株を贈与する動きが出る可能性があります。
しかし、適用時期だけを見て判断するのは危険です。
現段階では、制度の詳細がすべて確定しているわけではありません。
係数がいくつになるのか。
利益をどう計算するのか。
赤字年度をどう扱うのか。
持株会社や不動産管理会社に特別な調整があるのか。
少数株主の配当還元方式をどうするのか。
こうした点を確認してから判断する必要があります。
後継者が誰なのかを確認する
税制より先に決めるべきなのが、誰に会社を継がせるかです。
子どもに継がせるのか。
役員に継がせるのか。
従業員に継がせるのか。
第三者へM&Aするのか。
後継者によって株式移転の方法は大きく変わります。
子どもであれば相続や贈与が中心になります。
親族外の役員なら株式売買を組み合わせる場合があります。
第三者承継なら、最終的に株式を売却することも考えられます。
評価制度だけを見て株式を先に移すと、後継者計画との整合性が崩れる可能性があります。
株式を渡すことは経営権を渡すことでもある
自社株は単なる財産ではありません。
議決権があります。
特に過半数の株式を持てば、株主総会で大きな影響力を持つことになります。
そのため、相続税対策として株式を贈与する場合でも、
誰が経営権を持つのか
いつ経営権を移すのか
先代経営者はいつ退任するのか
を同時に考える必要があります。
税金だけを理由に株式を早く移しすぎると、経営権まで意図せず移ってしまうことがあります。
株式を一度に移すか段階的に移すか
事業承継では、株式を一度に移す方法と、段階的に移す方法があります。
一度に移せば、経営権を明確に後継者へ渡すことができます。
一方、税負担が大きくなる可能性があります。
段階的に贈与すれば、税負担を分散できる場合があります。
しかし、旧経営者と後継者が一定期間株式を分けて持つことになります。
このため、税務だけでなく、経営権の安定という観点も必要です。
他の相続人への財産分けも同時に考える
子どもが複数いる場合には、自社株だけを後継者へ渡せば終わりではありません。
会社を継がない子どもとの財産バランスも重要です。
たとえば、
長男には自社株
次男には預金
長女には不動産
というように、財産を分ける方法があります。
しかし、自社株評価額が制度改正によって大きく変われば、相続人間の財産バランスも変わります。
そのため、新制度で株価が変わる場合には遺産分割全体を見直す必要があります。
遺留分にも影響する
後継者に自社株を集中させる場合には、遺留分にも注意が必要です。
自社株評価額が高くなれば、後継者が受け取る財産額も大きくなります。
その結果、他の相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。
事業承継のためには株式を後継者へ集中させたい。
一方、他の相続人の権利にも配慮する必要があります。
株価が大きく変わる制度改正では、このバランスも改めて確認する必要があります。
納税資金を確認する
自社株評価額が高くなれば、最も現実的な問題が納税資金です。
非上場株を10億円相続しても、10億円の現金を受け取るわけではありません。
受け取るのは会社の株式です。
一方、相続税は原則として金銭で納付します。
そのため、
個人の預金
生命保険金
配当
役員報酬
退職金
その他の相続財産
などから納税資金を準備する必要があります。
新ルールによる株価試算と同時に、税額と現金の両方を確認することが重要です。
事業承継税制を利用するか検討する
株価が高くなる会社では、事業承継税制の重要性が増します。
一定の要件を満たす非上場株について、相続税や贈与税の納税猶予を受けられる場合があります。
自社株評価額が高くなっても、直ちに多額の税金を現金で支払わずに済む可能性があります。
ただし、納税猶予には要件があります。
制度利用後の管理も必要です。
将来M&Aを考えている場合などには、通常納税との比較が必要になることもあります。
新評価制度と事業承継税制はセットで検討することが重要です。
持株会社を使っている会社は再点検が必要
すでに持株会社を使って事業承継を行っている企業も注意が必要です。
持株会社では子会社株式が大きな資産になります。
さらに、子会社から配当などを受け取れば収益力にも影響します。
新ルールが純資産と収益力を重視するのであれば、従来想定していた持株会社株式の評価額が変わる可能性があります。
持株会社化を済ませたから事業承継対策は終わりということではありません。
制度変更後の再試算が必要です。
不動産管理会社も再試算が必要になる
不動産管理会社も同様です。
古くから保有する土地には多額の含み益がある場合があります。
借入金返済が進めば純資産も増えます。
賃料収入が安定していれば収益力もあります。
新ルールでこれらがどう評価されるのかによって、自社株評価額が大きく変わる可能性があります。
特に不動産を利用した従来の相続対策が、新制度でも同じ効果を持つとは限りません。
株価を下げることだけが事業承継対策ではない
従来の事業承継では、自社株評価額をいかに下げるかに注目が集まりやすい傾向がありました。
しかし、新制度が企業の経済実態をより直接的に評価する仕組みになれば、短期的な株価圧縮は難しくなる可能性があります。
今後は、
誰に継がせるか
いつ継がせるか
どれだけ株式を渡すか
納税資金をどうするか
他の相続人に何を渡すか
事業承継税制を使うか
という全体設計がより重要になります。
税金より会社を残すことが目的
事業承継の最終目的は、税金を最小にすることではありません。
会社を次の世代へ安定して引き継ぐことです。
税負担を減らすために会社の利益を減らす。
必要な資産まで会社から出す。
無理な組織再編をする。
こうした対策によって会社そのものが弱くなれば、本末転倒です。
会社の成長を維持しながら、税負担と経営権を適切に引き継ぐことが重要です。
2028年を見据えて今から整理しておくもの
制度が最終確定する前でも、経営者が整理できることはあります。
自社株の現行評価額。
過去5年間の利益。
簿価純資産。
利益剰余金。
現預金。
不動産。
借入金。
株主構成。
後継者候補。
他の相続人。
納税資金。
事業承継税制の利用可能性。
これらを整理しておけば、新制度の詳細が固まった段階で迅速に新旧比較を行うことができます。
制度改正が決まってから初めて資料を集めるより、はるかに対応しやすくなります。
結論
非上場株評価の約60年ぶりの改正が実現すれば、事業承継の考え方は大きく変わる可能性があります。
現行制度では、会社規模に応じて類似業種比準方式や純資産価額方式などを使い分けるため、どの評価方式を使えるかが自社株対策の重要なポイントでした。
新ルール案では、会社の簿価純資産と今後5年間で見込まれる収益力を基礎として評価する方向が示されています。
そのため、今後は会社規模より、
どれだけ純資産があるのか
どれだけ利益を生み出しているのか
という会社自身の経済実態が重要になります。
高収益で純資産の大きな会社では評価額が上がる可能性があります。
一方、小規模で収益力の低い会社では評価額が下がる可能性があります。
経営者がまず行うべきなのは、現行制度による自社株評価額を確認し、新ルール確定後に新旧評価額を比較できる準備をすることです。
そのうえで、
後継者
株式移転の時期
経営権
他の相続人
納税資金
事業承継税制
を一体として検討する必要があります。
2028年という適用予定時期だけを見て、急いで株式を贈与することが最善とは限りません。
今回の改正をきっかけに、自社株評価だけではなく、会社を誰に、いつ、どのように引き継ぐのかという事業承継全体を見直すことが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の評価、新ルール案 中小・零細で相続税減
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の相続税、大規模・高収益なら負担増 国税庁案
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の算定方法 企業規模に応じ3方式